2-11 猛き戦場の風1
明くる日も悠はまだ暗闇に近い朝の5時きっかりに目を覚ました。実働時間自体は短かったので、体には疲労も無い。
「おはよう、レイラ、葵」
《おはよう、ユウ、アオイ》
《おはようございます、我が主、レイラ様》
悠が焦る様な状況ですぐに飛び出していかなかったのは、道案内に使う為のベロウが夜では土地勘が働かないからだ。闇雲に飛び回っても時間と竜気を浪費するばかりであっただろう。それに屋敷に残していた子供達の状態も確認せねばならなかったからだ。
悠は身嗜みを整える為に葵に風呂の場所を尋ねた。
「葵、風呂はどこだ?」
《浴場は屋敷一階の一番右奥です。今お沸かしします》
「助かる」
そう言って悠は戦場に向かうという事で、昨日に引き続き軍服にする事にした。どうせ着装して行くのだからそう見えるものでは無いが、着慣れているし、何より気持ちが引き締まるからだ。ラフな格好は帰って来てから着替えればいいだろう。
悠は風呂が沸くまでと思い、屋敷の庭に出て日課の運動をこなし始めた。子供達を起こさない様に、声は出さずにゆっくりと型をなぞる。その動きにはブレが無く、見ている者が居れば、まるで居ないはずの相手がそこに居る様な錯覚を受けたであろう。
一通りを終えると、まだ暗闇に近かった空がいつの間にか白んで来ていた。
屋敷に戻っても、子供達はまだ誰も起きてはいない様だった。
悠は軍服を片手に浴場へと向かい、汗を吸った服を脱ぐと、そのまま浴場へと入っていった。
そこは確かに浴場というに相応しい広さを持っていた。しかもちゃんと男女に分かれた作りで、この男女混合の大所帯にはありがたい。男風呂だけでも10人はまとめて楽に入れそうだ。
悠は手早く体を洗い――この備え付けの洗剤もナナが用意したのだろうかなどと考えつつ――、この日の一番風呂に足を踏み入れた。
残念ながら悠の好みより少々温いが、それは葵に言えばすぐに改善されるだろう。
《ユウ、今日はどういう予定で動くの?》
しばし湯船に浸かって沈思する悠にレイラが尋ねた。
「まずは戦場へ行く。そこで子供達を助け出して、怪我をしているなら治療し、ここに連れて帰る。その後は・・・子供達を集めて一度状況を語らなければなるまい。あのベロウとかいう輩にこの世界の知識を問い質すのもある。それと、当分食べていく食料はあるが、無限では無い。何か調達する伝手を探さなければな」
《こういうのを山積しているって言うのかしらね?》
「軌道に乗るまでは仕方なかろうよ。恵がいるだけでそれでも随分助かっている」
悠は言葉以上に恵には感謝していた。自分もそんなに余裕は無いだろうに、良く悠を助けてくれている。自分ではあの様に細やかには出来まいと悠も分かっているのだ。
《せめてあちらと連絡が取れる様になるまでには軌道に乗せたいわね。あ、そうだ、『心通話』も毎日試さないといけないのよね?》
「ああ、それくらいは今やってしまおう。相手は・・・真が一番繋がりやすいんだったな」
《ええ、元の世界とのパスは私に通じているわ。それを頼りに話しかけてみましょう》
そう言うと悠とレイラは真に向けて『心通話』を試みた。
(真、真、聞こえるか?俺だ、神崎だ。何か聞こえたら応答を頼む)
悠はそう語りかけたが、当然の様に相手からの返答は無い。
その後二度ほど試して繋がらないと悟ると、悠はそこで『心通話』を切り上げた。
「さすがに一度目で通じたりはしないな」
《それはそうよ。でも続けていればそのうち繋がる様になるらしいから、諦めずにこれからも続けて行きましょう?》
「ああ、そうだな」
そんな事を二人が確認しあっている頃、千葉家の浴場では――
「ハッ、今悠様が私の事を考えた気配がしましたわ!悠様ーーーー!!、私はここですわよーーーー!!!」
「お前は風呂で突然何の奇声を上げているんだ!!熱が脳に入ったのか!?」
違う人間が(毒)電波を受信していた。
悠はそこまで確認すると風呂から上がった。そういえばどこから水を引いているのだろうかと思っていると、突然男風呂に何者かが突撃してきた、が、悠は特に取り乱さなかった。それが明であるとすぐに分かったからだ。
「とうちゃーーーく!!あれ?ゆうおにいちゃん?おはよーーー!!」
「ああ、おはよう、明。ところでこっちは男風呂だぞ?」
「ありゃ~?えへ、まちがえちゃった!」
そこに不幸な参入者が現れた。彼女の名誉の為に言うが、誓ってわざとでは無い。
「もう、明、こっちは男の人が入るお風呂よ。もし誰かが入っていたらどう、す、る・・・」
そしてそこに風呂上りの全裸の悠を見つけた恵は、語尾が段々と尻すぼみになって行き、やがて完全に硬直した。
悠は静かな視線で恵の目を見返した。
明は楽しそうにバスタオルを掲げて脱衣所を走り回っている。
悠は隠さない。恵は動かない。明はそもそも何も考えていない。
「ねぇねぇ、ゆうおにいちゃんもいっしょにはいろ?」
「すまん、明。俺はもう今日は入ってしまったから、また今度な」
「そうかー、じゃあまたこんどはいろうね!あ、おねえちゃんもいっしょにはいる?」
自分に話が振られてようやく恵は意識だけ天界に召された状態から現世に復帰した。そして、叫んだ。
「ひ、き、きゃぁぁぁぁああああ!!!!!」
――風呂場が離れた場所にあって良かったと思う悠であった。
重くなる前のほのぼのパート1。




