9-81 復興2
ミーノスに到着した悠は早速王宮へと赴いたが、王宮内は殺気立った雰囲気で兵士が行き交っており、事態の深刻さを感じさせた。当然ながら街の中も似たようなもので、城に到るまでに損壊した家屋の数は全ての指を使っても数え切れない数であった。
ルーファウスとローランの執務室に向かった悠は長蛇の列を成す文官武官に優先して通され、招き入れたローランは開口一番諸手を上げて嘆息した。
「参った、本当に参ったよ……。家屋倒壊や一部損壊は数知れず、流通も遠からず滞るだろう。しかも全国で同時多発的に被災したから容易に手伝う事も手伝って貰う事も出来やしない。あぁクソ!!」
珍しく乱暴に机を叩き、品の無い愚痴を漏らす程度にはローランも参っていた。途切れなくもたらされる凶報と先の見えない状況、それにフェルゼンに残しているミレニアや家族も心配に違いない。だからと言ってここでローランが抜ければたちまちミーノスは機能不全を起こして混乱が拡大してしまうので、離れる事は出来なかった。誰もローランの代わりは務まらないのだ。
被害報告に苛立つローランに代わり、ルーファウスが悠に語り出した。
「ユウ、ここに来たという事はある程度状況は把握している事と思う。今回の地震で被害の無い場所は存在しないと言っていい。これでもまだミーノスはマシな方だが、王都から離れるほどに状況は悪くなっているようだ……そこでユウには出来る限り各国に飛び、物資の補給と配給を頼みたい。資金はある程度ミーノスで持とう、だからユウはまずギルド本部に行き、新型の『冒険鞄』を借りられるだけ借りて来てくれ。その際、食糧や医薬品も手に入るだけ手に入れて欲しいが……あちらもここと状況は変わらないようだし、どれだけ集められるかは分からないがとにかく頼む」
「他の国の状況はどうだ?」
悠の言葉にルーファウスは力無く首を振った。
「正直に言って悪いよ。特にアライアットは危機的状況にあると言っていい。宰相のマルコ殿と静神教のオリビア殿が奮闘しているが、個人の力でどうにかなる状況では無いんだ。あそこはまだ流通も復旧してはいないし、このままでは遠からず民が飢える事になると思う。何とかしなければ餓死者も出るだろう」
「時間も人手も物資も足りない。不幸中の幸いとして季節が春になったお陰で凍死者は出にくいが、治安の悪化も懸念されている。メロウズにも各地の監視を強める様に要請したけど、どこまで効果があるか……。困窮した者達に理性ある行動を求めるのは難しいからね。だから一刻も早く復興を目指さなくてはならないんだ」
現在、国力で最も劣るアライアットが一番厳しいのは当然だが、ミーノスも他国にばかり心を砕いてはいられない状況であった。たとえ金があっても物資が無ければただの金属の塊でしかないのだ。
「フェルゼンにはアルト達を送っておいたから心配は要らんだろう、ミレニア達も無事だ」
「っ! ……ありがとう、ユウ……」
悠の言葉でローランの顔に浮かんでいた焦燥感が安堵に切り替わった。一人の家庭人としての落ち着きを取り戻せば、表れるのは大国の能吏としての意志である。
ローランは素早く書類にペンを走らせると、それを悠に差し出した。
「君の行動の一切はミーノスが保証する。財務への指示やギルド本部への帯出要請もあるから持って行くといい。交渉権も付帯するから、ある程度はユウの裁量で判断してくれ。それと、フェルゼンでアランかミレニアにこれを見せれば私の個人的な資産を自由に使える手筈になっているから、他国への支援に当てて欲しい。せっかく築き上げた良好な関係を保つ為なら金を惜しむつもりはないからね」
「分かった、有効に活用させて貰おう」
並列処理が可能になったローランは広い視野を取り戻し、次々と書類を認めた。ルーファウスが悠に小さく目礼すると、悠も小さく頷く。
「ところで学校は大丈夫か?」
「あそこは一番被害が少なかった場所だよ。地盤もしっかりしているし、教師陣も素早く対応してくれたからね。……でも、しばらくは授業どころじゃないかな」
「ならば有効に活用すべきだ。高等学校の生徒は街で奉仕活動に、校庭や鍛練場は家を失った住人の避難場所に使えるはずだからな。野外実習で使ったテントがあるだろう?」
「おお、それはいい考えだ! 人手不足と住居不足を同時に補えるという訳か!!」
目から鱗という体で手を叩くルーファウスの顔が綻んだ。兵士や大人ほど働けなくても、多少手助けになれば浮いた人手を別の場所に振り分ける事も出来るのだ。
「それと、アライアットに送っている兵士を復旧作業に従事させれば現地で信頼を得られるだろう。どの道ここに戻すには時間が掛かり過ぎるなら、連携の強化に使った方が良かろう」
「そうか……いや、助言に感謝するよ、ユウ。我々には他国と連携するという経験が浅くてどうするべきかと思っていたけど、これで多少の目処は立ちそうだ!」
悠の意見を受け、ローランが新たに書類を認めた。
「こっちはバーナード王に頼むよ。兵士運用の許可と特別手当てについて記してあるから、現地の兵士は復旧作業に当たらせてくれ」
「心得た」
短く答えた悠はすぐに部屋を後にし、ルーファウスとローランはその背中を見送った。
「小揺るぎもしないか……。英雄は背中で語る、と」
「我々とは潜った修羅場の数も質も違うという事だろうね。……全く、我が身を省みると情けない」
人としての経験値の差を思い、ローランは自嘲気味に呟いたが、ピシャリと頬を叩いて気合いを入れ直した。
「いつまでもユウにおんぶ抱っこではいけないね。ルーファウス、これは戦いでは無いが、為政者としての我々の修羅場だよ。もう一踏ん張りしよう」
「ああ、ミーノスは私達が守るんだ」
強く頷き合い、2人は再び作業に没頭していったのだった。
事が決まれば急ぐのみと、悠は風のようにミーノスを駆け抜け、一つ思い当たる事があってまず自分の屋敷へと向かった。
「どうやら数日の間はのんびりと竜気の回復に努めるなどという贅沢は許されんな」
《それどころか徹夜確定ね》
《仕方あるまい。別に我らが手を貸さずともなるようになるだろうが、お前達の事だ、見捨てるつもりはないのだろう?》
「それでこそユウよね!」
懐に隠れていたプリムが這い出し、物知り顔で胸を張った。別に見られても構わないのだが、通常は人前に滅多に姿を現す事の無い妖精が悠と一緒に居る事に対する説明をしている時間を惜しんだのだ。
「でも、どうして一度帰る事にしたの?」
「どうせアライアットにも行く事になるのなら同道した方が手間が省ける人物が居るからだ。こうなったからには一刻も早くアライアットの冒険者ギルドを機能させねばならん」
悠が言っているのはアルベルト夫妻とその子供達の事だ。そろそろ夫妻もギルド本部に到達している頃であり、彼らを運ぶには『虚数拠点』に収納するのが最も効率的かつ安全だからこそ一度回収に向かったのである。
事情を知らないプリムには上手く理解に及ばないようだったが、レイラが何人も連れて空を飛ぶのは大変だから乗り物を取りに行くのだと説明するとようやく頷いた。
「へえ、楽しみだなぁ、ユウのお家!!」
《あとで皆にも紹介するわ。きっと歓迎してくれるわよ》
「うん!!」
ものの数分で屋敷に辿り着いた悠は、何日ぶりかの屋敷の土を踏んだのだった。




