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9-80 復興1

《しかし、龍王――アポクリファの力は大したものだったと思うが、お前達はまるで意に介しておらんかったな?》


晴天の洋上でスフィーロが先ほどの戦いを想起しつつ口を開いた。力の大きさで言えば、アポクリファは今のスフィーロを上回っていたのは間違い無いが、悠もレイラも油断はせずともそれを恐れている気配は微塵も感じなかったからだ。


それに対するレイラの返答は何の感慨も含まない事実の指摘だった。


《力の大きさだけで戦いの趨勢が決まる訳無いもの。当たらない大砲なんてただの的よ》


「戦闘とは総合力だ。まず、必ず敵を打倒出来る力を身に着ける事、そして必ず命中させる事に尽きる。その点でアポクリファはまだ最初の条件を満たしたに過ぎん。俺にしてからがまだそのきざはしに立っただけの青二才であろうよ」


悠の言葉に偽りや謙遜は含まれてはいなかった。相対的に見て悠が最強であろうと、絶対的にはそうではないからだ。もし悠が絶対的な最強ならばミザリィやガルファの逃走を許しはしなかっただろう。逃走とは戦闘の一技術であると悠は考えていた。即ち、敵に逃げられるとは目的を達成出来なかったという点において敗北に等しいのだ。


「アポクリファには火力はあるが経験と繊細さ、技術、心構えが足りん。百回やろうが千回やろうが今のままでは戦えば俺が勝つ。だが、あのミザリィという女からは目的の為なら千度の敗北に耐える強かさを感じた。油断しているように見えてギリギリで命を繋いで来る、ああいう相手は厄介だぞ」


自身の経験として悠はスフィーロに語った。悠もそうやって生き延び、目的を果たした者だからだ。圧倒的な龍の軍勢を前に撤退を選択せざるを得なかった苦い経験が悠にもあったのである。


《今の私達に必要なのは敵を逃さない技術ね。もしくは、逃げる敵を追い掛ける技術でもいいけど……》


……レイラと悠だけが知る事だが、後先を考えなければ敵を逃がさない技術は存在する。だが、敵が複数である以上後先を考えずに切れる札では無く、使えるのはアポカリプス戦のような1対1の決戦だけだ。


レイラやスフィーロに『転移テレポート』の権能は無く、現状では敵の奇襲は防げても逃亡は防げない。一番期待が持てるのはハリハリの研究結果であろう。


《敵だけが『転移』を使える現状をどうにかせんとやりたい放題されるだけだな……》


「そろそろ一度、本格的に時間を取るべきかもしれん。エルフ領とドワーフ領に行く前に情報の整理や装備の改良、魔法の研究などに時間を割いて地盤を強化した方が後手に回らずに済むかもな」


《何日か竜気プラーナの回復に当てたいわね。私もスフィーロも結構竜気を消耗したし――》


と、レイラが言葉を切り悠に告げた。


《ユウ、『心通話テレパシー』の通信が……え?》


「どうしたレイラ?」


《それが……アルトとミレニア、サリエル、レフィーリアの全員から通信が入っているのよ。何かあったのかも!》


非常時以外に滅多に通信を行わない者達からも連絡があるとはただの世間話でも無いだろう。しかも同時にとなれば緊急に違いない。


気の利くアルトなら既に自分の水の用意は済ませているだろうと、悠は到着した小島に降り立ち、水桶を用意して通信を繋いだ。


「アルト、俺だ」


《ユウ先生!! 大変です!!》


悠の姿を認めたアルトが開口一番焦った口調で捲し立てようとするが、悠は手を前に出してアルトを制した。


「分かっている、お前や蒼凪が無意味に通信を送って来るとは思わん。だから落ち着いて話せ」


悠の静かな瞳と口調に取り乱していたアルトはハッとして口を噤み、心を落ち着けて語り出した。


《……実は、先ほど大きな地震がありまして、フェルゼンの母様に連絡を取ってみたんです。そうしたら、どうもこの地震はミーノスだけでは無く、ノースハイアやソリューシャにまで及んでいるらしく……まだ確認出来ていませんが、もしかしたらアライアットも……!》


水の画面が分割し、フェルゼンのミレニア、ノースハイアのサリエル、ソリューシャのレフィーリアが現れアルトの言葉を肯定する。こうして画面に現れたという事はやはりアルトに聞いて水を用意していたという事であろう。


《お久しぶりですユウさん。ですが、悠長に挨拶している時間が惜しいので手短に各地の情報を送ります》


いつになく厳しい表情のミレニアを見れば被害が決して軽くない事は一目瞭然であった。


「ああ、頼む」


《まずフェルゼンですが、現在多数の怪我人が出ています。少ないですが死者も……》


《ノースハイアも同じようなものです。ですが、ここは王都ですので災害に備えた備蓄がありますし、まだ王都に留まっていた冒険者の方々にも手伝って貰って家屋の倒壊に巻き込まれた者の救出や応急処置は行えています》


《ソリューシャも同じくです。幸い、我が領地の兵士は兄上が鍛え上げた精兵ですので迅速に街の罹災者を救援に回っています》


どの街も人間社会の中では上位に位置する大きな街の為、何かあった時の備えはそれなりにあるようだが、それより小さい町や村となるとそういう訳にもいかないだろう。そしてまだ戦災からの復興中のアライアットも罹災しているならばただでさえ困窮している民へのトドメの一撃になりかねない。ドラゴンズクレイドルすら同じ規模で揺れているのなら、アライアットはおろかギルド本部のある小国群やエルフ領、ドワーフ領にすら被害が及んでいるかもしれなかった。


「甚大な範囲だな……」


《おかしいわ……こんな広範囲に同じ規模で揺れるなんて普通じゃ有り得ない! 内陸も外縁も火山帯も関係無い地震なんて、まるで……》




――星が震えているみたい――




レイラの台詞にその場の者達は一様に押し黙った。悠以外の者達はそのスケールに圧倒されていたのだが、悠とレイラにだけはこの地震が何に由来するのか、朧気ながらも察しがついた。


(レイラ、これは……)


(多分、私も同じ事を考えているわ、ユウ……これは多分予兆なんじゃないかしら? 遠からず世界が滅びる事をこの星に住まう者達に突き付ける警告音アラート……)


遍く生物達はこの地震で多少の被害を受けただろうが、あくまでそれ以上の物としては捉えていないだろう。だが、悠とレイラはこの地震から破滅の匂いを嗅ぎ取っていた。


(今晩の内に蓬莱と連絡を繋いでおくべきだな。天界の者達ならば残り時間にある程度察しがつくかもしれん)


(この事は一般人には伏せておいた方がいいわね。自暴自棄になって、せっかく立ち直って来た世界を滅茶苦茶にされちゃ堪らないわ)


(ああ。だがまずは被害の確認と救援を行わねば。食糧に医薬品、住居に救助と、物も人も足りていないに違いない。ここは手分けしてやるしかないな)


(私達はまずミーノスに行きましょう。あそこならもう情報収集をしているはずだし、被害の度合いも分かるはずよ)


素早くレイラと相談を纏めた悠はアルトと視線を合わせて口を開いた。


「アルト、お前は智樹とハリハリを連れてフェルゼンに行け。ハリハリはミレニアの補佐として被害の拡大を抑え、智樹は現場で救助作業、他の者は俺の指示があるまで屋敷で待機だ。俺はミーノスで被害の状況を確認してからそこに戻り各地に飛ぶ」


《で、でもユウ先生はドラゴンへの対処が……!》


「案ずるな、ドラゴンズクレイドルは既に攻略済みだ」


《っ! さ、流石はユウ先生!!》


心苦しそうにしていたアルトの表情がパッと晴れて笑顔が浮かんだ。本当は一刻でも早く故郷に向かいたかったのだが、悠がドラゴンと死力を尽くして戦っている中で自分勝手に行動するのが躊躇われていたのだ。母であるミレニアも許しはすまいが、こうしてお墨付きを貰ったのならばあとは行動あるのみだ。


《ユウ殿、ハジメ殿も連れて行って宜しいですか? ミーノスで情報収集している間だけで構いませんから》


「分かった、思う様にしてくれ」


始の力は土属性への干渉であり、こういう場合最も有用である事は容易に想像出来たので、悠はハリハリの提案を受け入れた。


「サリエル、王都はカザエルが居れば大丈夫だ、指示に従え。俺の手が必要な時はすぐに連絡を」


《はいっ!》


「レフィーリア、ソリューシャはお前と兵士が居れば大丈夫だろう。ただ、周辺の町や村はそうもいかん、被害の把握を迅速に進めてくれ。何かあればお前もすぐに連絡を」


《分かりました》


サリエルとレフィーリアが頷き、悠は最後にアルトの後ろに居た恵を呼んだ。


「恵、今そこにある材料で作れるだけの料理を作ってくれ。味よりも量と腹持ちの良さ、それと冷めても食べられる物であれば尚いいな」


《了解です!》


場所によっては食事にも苦労しているだろうと予想し、恵に食事の用意を言付けると、悠は一同に視線を戻した。


「皆が一丸になって乗り切るべき時だ。幸いにも今は国と国が断絶していた時代では無い、共に手を携え、復興を目指す事を期待する」


悠の言葉に頷く一同を確認し、悠は通信を切った。


「プリム、済まんが俺はすぐに帰らねばならん。ファルに伝えておいてくれるか?」


「もう帰っちゃうの……?」


「ああ、目と鼻の先まで来ておいて無礼ではあるが、怪我人は急を要する者も居るかもしれん。後日また改めて挨拶に伺う事にしよう」


「……」


プリムは悠を引き止めたい気持ちが膨れ上がり、それは涙となって瞳を濡らしたが、今朝も勝手をして付いて行った事を思い出してぐっと口に出すのを堪えた。我儘ばかりで悠を困らせてはいけないと、代わりに無理矢理笑顔を浮かべて見せる。


「わ、分かった! 行ってらっしゃい、ユウ!!」


「ファルとプリムには本当に世話になった。また会おう」




《そういうのは顔を見て言うもんや。不義理な男は刺されんで?》




と、背後の水桶から突然ファルキュラスの声が悠の耳に届いた。映像は繋いでおらず声だけなのは何か理由があるのかもしれないが、それには触れずファルキュラスの声が続けられた。


《プリム、あんたユウやんと一緒に行きや。暇になったんにこっちに来んようやったら尻蹴飛ばしてやるんや。責任は重大やで?》


「え!? い、いいの?」


《遊びに行かすんやない、仕事やシゴト。ええなユウやん?》


《ユウ、連れて行ってあげましょうよ。プリムにはプリムにしか出来ない事がきっとあるわ》


ファルキュラスは厳しく言っているようでその内心は明白であったし、レイラは喜びを隠しもしなかったのでスフィーロはこっそりと《全く甘い事だな》と溜息を吐いたが反対はせず、悠の心も決まった。


「……勝手に危険な事をしては駄目だぞ?」


「もうしない、もうしないから!!」


「ならば……」


悠はブルブルと首を振るプリムの前に指を指し出した。


「よろしくな、プリム」


「よろしくね、ユウ!!」


異なる種族同士でサイズの違う握手を交わし、プリムは幸せそうに笑った。

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