9-76 龍巣突入6
アポクリファがもっと早く空間制御に目覚め、その技術を錬磨していたなら尻尾との空間連結を断ち切ってすぐに回避行動を取る事も出来ただろう。しかし、長年培って来た身体感覚がそれを邪魔してしまった。
「しまっ――」
回避しようとしてつんのめったアポクリファに悠の竜砲がその身を貫かんと迫るが、刹那、光の粒がその間に割り込み、ドラゴンの姿を形作った。
「ストロンフェス!?」
「『極光壁』!!」
竜砲を遮る光の盾が形成され、竜砲と拮抗する。ストロンフェスの『龍角』の強い光から察するに、アポクリファと同じく無理矢理『龍角』に魂を流し込んで力を底上げしているようだった。割り込みに使った移動術もこれまでのストロンフェスでは使えなかった技術である。
だが、それでも。
バシュッ!!!
「あぐっ!?」
光の盾を吹き飛ばし、竜砲がストロンフェスに突き刺さる。悠の放った竜砲はアポクリファを仕留める為に放ったものであり、格下のストロンフェスでは防ぎ切るには荷が重過ぎた。体を貫通しなかったのがせめてもの慰めだろうか。
「よくやったストロンフェス!!」
身を挺して自分を庇ったストロンフェスにアポクリファは賛辞を送り――その体をブラインドに、アポクリファの吐息がストロンフェスを貫く。
空間を切り裂くアポクリファの吐息は黒い一条の線となって悠に迫り、悠はその場から横っ飛びに身を投げた。悠の着地と同時にストロンフェスの体がドサリと崩れ落ち、貫かれた胸と口から大量に出血。どう見ても致命傷だ。
「チッ、かわしたか……」
「う……ぁ……」
忌々しげに吐き捨てるアポクリファは命懸けで自分を救った瀕死のストロンフェスの呻き声にも見向きもせず、その酷薄さにスフィーロは存在しない眉間に皺を寄せる気持ちで糾弾を口にした。
《……アポクリファ、貴様、ストロンフェスに申し訳ないとは思わんのか?》
「何? ……ああ、だからよくやったと褒めてやったではないか、使い捨ての盾としてな。俺の配下が俺の為に命を懸けるのは当然の事、ストロンフェスも役に立てて喜んでいるだろう。そんななりになってボケたかスフィーロ?」
何の疑問も無さそうに答えたアポクリファの態度にスフィーロは深刻な怒りを覚えていた。サイサリスという愛する者を得たスフィーロにとってアポクリファの薄情さは許されざる醜悪さであった。
《雄の風上にも置けん屑が!!!》
「落ち着けスフィーロ。アポクリファの目には最強という幻想しか映っておらん。それに、俺は別にアポクリファだけを相手にしているつもりは無い。ストロンフェスが割り込んだなら倒すだけだ。だが……」
《女を盾にして悪びれない甲斐性無しは見るに耐えないわ。寿命で死ぬなんて高尚な死に方、絶対にさせないわよ!》
激昂していなくても、悠もレイラもスフィーロと気持ちは同じだった。ストロンフェスは倒さねばならない相手だったが、忠誠を尽くした結果がこれでは浮かばれまい。
「下らん!! そんな甘さを抱えたまま最強に手が届くかッ!!!」
アポクリファが再び吐息の発射体勢に入り、即座に吐き出した。
「食らえ、『無限縛牢陣』!!!」
それと同時に悠の周囲の空間に幾つもの黒い穴が空き、咄嗟に回避した悠の背後に吸い込まれた吐息は別の穴から飛び出して悠に向かって飛び、また回避しても別の穴に吸い込まれて飛び出し執拗に悠を攻め立てた。その様子は檻に捕らわれた獲物の如くだ。
規則性の無いランダムな方向から迫る吐息にさしもの悠も追い込またれたと見え、アポクリファは自分の勝利を確信した。使える竜気の大半を注ぎ込んだ大技だったが、触れれば消滅という牢獄に悠を閉じ込めたのだ。後は嬲り殺しにしてやれば野望に手が届く。自分が死ぬまでの短い間だが、精々足掻いて楽しませて貰わなければ。
そんな歪んだ思いで胸を満たし、逃げ惑う悠にアポクリファが哄笑を浴びせかけた。
「ハッハッハ、そらそらどうした!? 最強だなんだと言っておいてこれで終わりではないか!!! やはり無名のドラゴンなど恐るるに足らん、我が一族こそが最強の――」
「『竜気解放・弐』」
眼前の光景にアポクリファの思考が空白に満ち、言葉が途切れた。恐る恐る戦いの趨勢を見守っていたドラゴン達など泡を吹いて失神する者まで出る始末である。入り口で見ていたウィスティリアすら手にしたプリムと共に一歩二歩と後ずさった。広間を覆いつくさんとしていたアポクリファの竜気が、急速に出力を増したレイラの竜気に吹き払われていく。
「『裂光牙』」
交差した手の平でアポクリファの吐息を受け止めた悠が左右に腕を振り抜くと、それはアッサリと左右に引き裂かれ、あらぬ方向に飛んで壁を貫いていく。
アポクリファの集中が切れた為か、空間に空いた穴も薄れ、消え去って言った。
《……だから言ったじゃない、戦闘経験も技術も全然足りないって。ご大層に使ってたけど、アポカリプスはこの程度片手間で使うわよ? 覚えたての技で私達を殺そうなんて、甘いどころの騒ぎじゃないわね》
「せっかく強くなったらしいが、貴様にはそれを練磨する時間は無い。詰まらん見世物が終わったなら幕を閉じるべきだな」
「な、何故、俺の……渾身の一撃が……」
《我らの内に空間に干渉出来る者は居らんが、吐息は物理的なものだ。それならばレイラほどの物質体干渉力があればそれを引き裂く事など造作もない。……アポクリファ、貴様は敵対すべきでは無い者を敵に回したのだ》
レイラもスフィーロも空間を自ら操作したり跳躍したりする能力は持っていない(厳密に言えばレイラの『虚数拠点は空間収納術に当たるが、レイラの自前の能力では無い)。だから空間を超越した攻撃や移動は出来ないが、物理的な現象として現れているものであれば物質体制御で干渉する事は可能である。空間に空いた穴や吐息ならば塞いだり防いだりするのは『竜気解放』を経たレイラならば容易な事だ。
「冥土の土産に目に焼き付けておけ。これが、真正のⅩ(テンス)の竜の力だ」
悠の右手と左手に光が灯る。片方は物質体制御の光であり、もう片方は精神体制御の光だった。その2つが悠の合掌で一つの大きな光となり、全身を覆った。
《『融合奥義』準備完了。いつでもいけるわ。もうアポクリファの魂は尽き掛けてるから『参』は必要ないわね》
「ああ、これで決める」
「あ……あ、あ……」
レベルの違う制御力にアポクリファがよろめいた。或いは慄いたのかもしれない。間近に感じる圧倒的な力と自分の心から湧き上がる絶望感は、解き放たれたはずの過去の記憶でアポクリファを呪縛していた。
(ば、化け物……! あいつと同じ化け物だ!!!)
全身が光に包まれる悠の背後に在りし日のアポカリプスを見たアポクリファは自分に残された全ての竜気をつぎ込んで口内で練り上げた。もう死は避けられない身だ、逃亡など無意味以下の下策と振り切り、最期に残された龍王のプライドに縋ったアポクリファに照準を合わせて悠が舞う。
「邪龍死すべし。心身破砕、『竜ノ狂奔』!」
「させるかぁっ!!! 『龍ノ爪牙』!!!」
飛び蹴りの体勢で肉薄する悠にアポクリファの口から絶対破壊の黒剣が伸びた。先に当たれば勝ち目はあると踏んだアポクリファの願い通り、悠の足が巨大な黒剣に触れ――一瞬で『龍ノ爪牙』を砕いてアポクリファの胸元に着弾、そのまま体を貫通し、幾多の臓器と共に背中から飛び出した。
「ゴエッ!?」
即座に上ってきた血と肉片を吐き出すアポクリファを尻目に悠は血塗れの姿で地面に着地。同時にアポクリファの体が着弾点の胸を中心に上下に分断され、臓腑と血を撒き散らして地面に崩れ落ちた。
「ば……馬鹿な……」
「残念だがお前では短時間で完全な『竜ノ爪牙』は不可能だ。それが出来ていれば防ぐくらいは出来たかもしれんがな」
《そしてもうあなたには傷を癒すほどの竜気は残っていないわ。どうみても戦闘特化のドラゴンみたいだしね、回復は苦手でしょ?》
《せめてお前を愛しく想う健気な雌を先に逝って待つ事だ》
アポクリファは言い返そうとして再びせり上がってきた血を吐き出した。言葉を紡ごうとして果たせず、流れ出す血が死の影を色濃く染め上げていく。
勝敗は、決した。
《まだや!!!》
勝ちました。……が?




