9-73 龍巣突入3
「この先か?」
「ああ、後は一本道だ。……外に出ている者達を抜かせば、精鋭が集められているはずだ」
《この気配……》
20体ほどのドラゴンを打ち倒し悠達は一際大きな通路を疾駆していたが、龍王の力を肌で感じた悠とレイラには一種の既視感に近い物が脳裏を過ぎっていた。
《どうしたレイラ?》
《……》
「……己が目で確かめるしかあるまい。ウィスティリア、プリム、戦闘が始まったら絶対に近寄るなよ」
悠の口調が一段と厳しいものに変わり、それ以上問えずに2人は口を噤んだ。幾多の修羅場を潜り抜けた悠が絶対を口にする時、それは命に直結する事態を高い確率で想定している時である。
もやは遮る者の居ない通路をひた走り、遂に広間が奥に見え始めると悠は背後の2人を手で制し――一気に飛び込んだ。
「む?」
「何奴!?」
声だけが聞こえる龍王とストロンフェスは流石に高位ドラゴンの反応速度で悠の侵入に気付いたが、それ以外の10体ほどの『龍角』を持つドラゴン達はその身に鉄拳が下るまで反応する事は叶わなかった。
「グボッ!?」
「ギヒッ!?」
硬さと鋭さを併せ持った悠の手が名刀の切れ味でドラゴンの首を斬り飛ばし、破城槌の重さでその頭蓋を抉り取る。
そのまま死体と化したドラゴンの体を駆け、防御姿勢に入ろうとしたドラゴンの首を足でホールド、急激な錐揉みで首をもぎ取り、宙を舞う首を一番近いドラゴンに投げつける。
超速で迫るそれを辛くも首を捻って回避するドラゴンだったが、自分の胸部にひたりと冷たい手の感触を感じた瞬間に体内で異様な衝撃が発生、逆流した血液と内容物が大量に口から吐き出された。
突然の殺戮劇に強者たるドラゴン達すら金縛りに遭い、そのまま殲滅は時間の問題かと思われたが、悠が次のドラゴンに襲い掛かる刹那、眩い光条が悠に向けて放たれた。
バシュッ!!!
寸前に横に飛んだ悠の眼前に居たドラゴンを貫通し、そのまま壁を深く抉り取ったのはストロンフェスの口から吐き出された吐息であった。仲間の体をブラインドにしての攻撃は非情極まるが、悠の足を止めた事は確かだ。
「ふむ……奇襲としてはこのくらいのものか」
「貴様何者だ!!!」
距離を置いていてもビリビリと大気を震動させるストロンフェスに、悠はいつでも動ける体勢を維持したまま名乗りを挙げた。
「ウィスティリアに伝言を頼んだはずだがな。俺の名は神埼 悠、『竜騎士』だ。人間に徒なすドラゴン達よ、再三の警告にも関わらず侵略を止めぬ貴様らを滅ぼしに来た。……降伏しろと言っても聞く耳はあるまい。存分に戦って、散れ」
「世迷言を!!!」
ストロンフェスが再び吐息を吐くべく溜めを行おうとした瞬間、悠の手から放たれた投げナイフがストロンフェスの顔に飛んでいた。だが、所詮人間の武器では傷付くまいと吐息の溜めを優先した結果、それはストロンフェスの鱗を易々と貫通、驚愕でストロンフェスは吐息の照準を誤り、それは悠を包囲しようとしていたドラゴン2体を纏めて吹き飛ばした。
「ぐっ……グガアアアアアアアアッ!!!!!」
「敵の力量も計れん、戦闘の経験も薄い、そんな付け焼刃の力が俺に通じるかよ」
ストロンフェスはルドルベキアと並んでドラゴンズクレイドルでナンバー2に位置する強者である。だが、戦闘は火力だけで決まる物ではない。それをどの局面でどのように使うかは使用者のセンスであり、経験が物を言うのだ。悠が見るにストロンフェスは火力という意味では強いが、それを扱う強者との戦闘経験が圧倒的に不足していた。子供が突然マシンガンを持たされても十全に扱えるはずもないのだ。
眉間を貫いた投げナイフの痛みに七転八倒して悶えるストロンフェスや瞬く間に数を減らされて腰の引けている周囲のドラゴン達は脅威にはならないと判断した悠はこの場に姿を見せていない最後のドラゴンに語り掛けた。
「姿を見せろ、龍王とやら。まさか手下がやられてる間に逃げる算段でもしているのか?」
「……」
沈黙は爆発する寸前の威圧感に満ちていた。痛みにうずくまるストロンフェスすらそのプレッシャーに畏怖を覚え体を小刻みに震えさせ、他のドラゴン達は呼吸すらか細くなった。
ズン。
巨大な質量の移動に地面が震える。一歩一歩を踏みしめる足音は力感に満ち、畏怖に震えながらもドラゴン達の目に希望が灯った。恐怖の象徴でありながらも、やはり龍王はドラゴンの支柱的存在なのだ。
徐々に近付いてくる音を前に、悠の手がレイラのペンダントを握った。体が自然と『龍騎士』の力を求めたのだ。
広間の光が届き、龍王を足元から照らし出すが、それは光を食らい尽くす漆黒に染まる。悠とレイラの心中に湧き上がるのは人生で最強の敵の似姿だ。
「やはり……」
《いえ、あいつのはずが無いわ。だってあいつは私達が……》
龍王の歩みに沿ってその全身が露わになった。
体を覆う鱗は全て漆黒。他のドラゴンとは一線を画する体躯。両肩と頭部に埋まる透き通る様な『龍角』。そして死を振り撒かんと欲する不吉で強大な竜気。
その姿を見て悠は――
「間違い無い。貴様、アポカリプスの係累だな?」
かつて最も悠を苦しめた『終末の大龍』、アポカリプスと瓜二つの姿に、悠の言葉が突き刺さった。
龍王の姿に衝撃を受けた悠とレイラだったが、当の龍王の方が衝撃の度合いとしては遥かに上回っていた。
「なん……だと!? 何故卑小な人間風情が我が父の名を知る!?」
《……なるほど、子供が居たのね……親子揃って他人様の世界に迷惑を振り撒いてる所までそっくりだわ。似なくていい所ばかり似ちゃって……》
信じ難い偶然だが、この世界に来た事で本来交わるはずのないアポカリプスの子と悠は邂逅を果たしたらしい。向こうは悠達の事を知らないだろうが、悠とレイラは文字通りそれを体に刻み付けていた。
「何を言っている!? 俺の質問に答えろ!!!」
「上から物を言われて答えなければならん義理などあるか、馬鹿め」
「この龍王アポクリファを侮るか!!!」
アポクリファの体から鱗が溶け出したかのように漆黒の竜気が迸り、物理的な圧力すら伴って広間を席巻した。生き残ったドラゴン達の虚勢を張る気力すら吹き飛ばし、必死に体を引き摺るようにして後退する様は腰を抜かした人間と何ら変わりは無かった。
《情けない……仮にもドラゴンなら強がりの一つも言ってみなさいよ》
「急速に力だけを手に入れても物の役に立たんな。それを扱う技量と、何より揺れぬ精神が無くてはランクなど関係無いという事だ。死ぬまで震えていろ」
この場に居るドラゴン達は能力的には決して弱い訳ではない。最低でもⅤ(フィフス)のランクを持ち、攻撃がまともにクリーンヒットすれば悠を殺せる可能性が高い最精鋭達だ。だが、彼らはその力を手軽に、何の苦労も無く手に入れた。……手に入れてしまった。その結果として残ったのは、ただ力が大きいだけの雑兵であった。自分より強い相手と戦う事を諦め、安易なパワーアップに飛びついた彼らの戦う為の牙は抜け落ちてしまったのだ。
勝つ為に考える事も無く技術を研鑽する為に鍛錬を積むでもない。もう彼らはドラゴンであってドラゴンでは無く、ファルキュラス流に言うならば惨めな羽トカゲだった。
《何という事だ……これが誇り高いドラゴンの成れ果てか!?》
同胞達の醜態にスフィーロは深い怒りを覚えていた。ドラゴンの誇りである強さとは一体何だったのか? ただ漫然と力だけを求める日々に違和感を抱いていたスフィーロはその答えを見つけつつあった。
「その声は……スフィーロ!? 貴様もドラゴンを裏切ったのか!!!」
《ドラゴンを、そしてその誇りを裏切ったのは龍王……いや、アポクリファ、貴様だ!!! 貴様が手に入れてバラ撒いた『龍角』がドラゴンの決定的な弱体化を招いたのだ!!! 我は決して貴様を許さぬぞ!!!》
「ほざけ!!!」
振り上げ、振り下ろされたアポクリファの爪先から黒い斬撃が奔る。ヒストリアの『自在奈落』似ているが、それよりも遥かに速く、そして力強く地面のドラゴンの死体を輪切りにしつつ悠へと迫った。
だが、悠はそれを予期した動きで回避。黒爪は止まらず壁を抉ってどこまでも進んでいった。
「アポカリプスの子が似たような力を持っているな」
《あくまで似てるだけだけどね。……こいつも結局その程度よ》
悠とレイラはどこまでも冷静であった。予見出来る攻撃に恐怖など微塵も感じず、悠の手がペンダントを掲げ上へと伸びていく。
「先ほどの質問に答えよう。お前の父であるアポカリプスは俺が殺した。父子共々人に害悪しか為さんのなら、今再びその命を貰い受ける。……変身!」
悠の発言に衝撃を受ける龍王が思考を凍らせ、それが解凍される頃には既にこの場にただの人間は存在しなかった。
龍王=アポクリファです。詳しい戦闘能力は次回に。




