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9-72 龍巣突入2

《ウィスティリアとプリムはここに居た方がいいかもね》


「そうだな、出来れば今の内にドラゴンズクレイドルから離したいが……」


「待て、私は戦うぞ!?」


険しい表情で宣言するウィスティリアだったが、悠は首を振って踵を返し、鍾乳石の様に行く手を阻む檻に手をかけた。


「側近3体の内、一番戦闘力で劣るヘリオンに敵わなかったウィスティリアを連れては行けん。プラムドに頼まれている故、相討ち覚悟で戦われても迷惑だ。責任感があるのは結構だが、冷静に力量を計れない味方など足手まといでしかない」


「っ!」


痛烈な拒絶にウィスティリアは怒りを覚えたが、隣で聞いていたプリムはようやく悠が自分に厳しく言い募った意味を理解していた。


(そっかぁ……ユウはわたし達を危険な目に遭わせないために……)


自分に言われた時は頭に血が上ってしまってただただ悲しかったが、客観的に聞いてみれば悠がウィスティリアの身を案じているのは明らかだった。悠は本当に任せられる者にしか物事を頼まず、常に冷静に力量を計り、それに満たないなら厳しい言葉を使ってでも制止するのだ。ファルキュラスに陽動を頼んだのは、ファルキュラスにその力があるからであった。


それを悟ると、プリムの口からは自然と説得の言葉が漏れていた。


「ウィスティリア、我慢しよ? ……本当はわたしもユウと一緒に戦いたいけど、わたし達が危険な目に遭ったらユウはきっと庇うわ。そしたら勝てるはずの戦いも負けちゃうかもしれない。ウィスティリアは庇わなくていいって言うかもしれないけど、それでウィスティリアが死んだらみんな悲しむんじゃないの? ここで死ぬのがウィスティリアがやらなきゃならない事なの?」


「プリム……」


小さなプリムに諭され、ウィスティリアは自分がやらなければならない事は何なのか、もう一度深く考えた。死力を尽くして戦う事は出来るが、果たしてそれが自分がやるべき事だろうか? 真にドラゴンズクレイドルのためになる事とは一体何だろうか?


「私がすべき事は……」


心の中の想いを形にするべく、ウィスティリアは呟いた。


「……同胞の愚挙を止め、ドラゴンのあるべき姿を取り戻す事だ。ドラゴンは決してただの無頼漢の集まりではない、誇り高き大空の覇者なのだ。力に酔って数を頼みに狼藉を働くなど、ただの魔物モンスターの生き方でしかない。速やかに龍王を除き、ドラゴンの秩序を取り戻すのに尽力するのが私のすべき事……だと思う」


「ウィスティリア……!」


理性的な言葉を紡ぐウィスティリアにプリムが喜色を露わにし、ウィスティリアも小さく笑った。


「龍王やその取り巻きと戦いたいというのは私の我儘だった。……済まんなプリム、私は視野狭窄になっていたようだ」


「ううん、わたしも自分が言われた時はカーッとなっちゃって……ウィスティリアに偉そうな事言えないの。でも、ユウだってもうちょっと言葉を足してくれてもいいと思うな!」


「それは同感だ」


《言われてるわよ、ユウ?》


「返す言葉も無いな」


気遣う為に言葉を尽くすのも相手によりけりだ。ウィスティリアのような責任感と自尊心の強いタイプの相手は特に気遣われるのを嫌うだろう。プリムのように献身的なタイプも同様で、誠意が伝わるとより献身的になってしまう可能性を否めないからあえて冷たい言葉を使ったのだが、悠もプリムの献身の度合いを見誤っていたようだった。この上何か言ってもしょうがないので、まさに返す言葉も無いのだ。


魔銀を含有する堅い石檻を殴って破壊しつつ、悠は現実的な提案を行った。


「ウィスティリア、『変化メタモルフォーゼ』を使ってついて来てくれ。下手にここで別れて取り囲まれては危険だからな。プリムと一緒に居ればウィスティリアなら気配を隠せるはずだ」


『変化』はドラゴンの竜気プラーナの放出を抑えてくれる効果があるので、プリムの持つ隠蔽効果と重複させれば肉眼で発見されない限りは隠れて行動出来るのだ。在り方の違う悠との相違点だが、使えるものは有効に活用するべきだった。


「そこまで付いていって戦うなと?」


「プリムを守ってやって欲しいと言っている。協力してくれたプリムを逃げ場の無い場所で一人にしてお前は平気か?」


「む……」


ウィスティリアとプリムの間には既に信頼関係と言えるものが成立しており、プリムを危険に晒すのはウィスティリアも好まざる所である。痛い所を突いてくる悠の言葉だったが、立場を入れ替えれば先ほどの悠とウィスティリアも似たようなものであり、ウィスティリアは渋々と引き下がった。


「……分かった」


《自分に出来る事をやって目的を達成しようという話だ、そう不満そうにするな。ウィスティリアに何かあれば我もサイサリスから咎めを受ける》


「あのスフィーロが尻に敷かれたものだな。だが、それが最良か……」


ウィスティリアが『変化』を使用し姿を人型に切り替え、裸身を紫の竜鱗を変化させた鎧で覆った。


「わっ!? ドラゴンってそんな事出来るんだ!」


「それなりに高位の者だけだがな」


部分的に局部を隠す程度の鎧はウィスティリアの美貌と相まって非常に扇情的であったが、たとえ裸のままでも心を乱す悠では無く、準備が出来たと判断して頷いた。


「行くぞ」


「ああ、ケリをつけに行こう」


「うん!」


俄かに結成された他種族連合隊は龍王に向けて進軍を開始した。




当然だがドラゴンズクレイドルの内部は広い。数百ものドラゴンの巣窟が狭いはずが無く、通路もドラゴンに合わせた巨大な物だ。そこを高速で移動しようとなればとにかく走るしか無いのである。


『竜騎士』化はあえて自粛し、ギリギリまで接敵する。『竜騎士』になれば膨大な竜気が拡散し、せっかく外に引き付けたドラゴン達を引き寄せてしまうかもしれないからだ。それではファルキュラスに陽動を頼んだ意味が無い。


《そこを左だ!》


スフィーロの指示に超反応し、地面から火花を起こしながら悠は左に折れた。大まかな位置は悠にも感じられるが、詳しい道を知るスフィーロのナビゲーションがあれば最速の手順で辿り着けるはずだ。


《前方にドラゴン一体ランクⅢ! 止まらず撃破!》


「応」


「……あ?」


突然現れた悠にドラゴンはまともな反応が出来ず、やたらと強力な竜気に『変化』でこんな姿になる奴は居ただろうかという疑問が最期の思考になった。


バチュ!!!


相手の自失を確信した悠が何の小細工も無くドラゴンに迫り、飛竜と化してドラゴンの頭部を蹴り貫いた。


果実が砕け散るような濡れた炸裂音と首無しの体を残し、それを一顧だにせず悠は駆け抜ける。


「……ドラゴンを文字通り一蹴か……『龍殺ドラゴンスレイヤーし』の称号もユウの前では霞むな」


「数よりも質だろう。低位龍を狩っても戦力的には大勢に影響せんよ」


悠にとってこの程度の相手に功を誇るなど気恥ずかしいレベルである。別に『龍騎士』では無くても『竜器使い』で狩り損なう者は居ないだろうし、言い方は悪いが単なる伝令潰し以上の意味はないのだ。


「それに今ので分かったが、どうやら『変化』に予想外の効果があった」


「何? ……いや、何も感じないが……?」


悠の言葉にウィスティリアは走りながら自分の体を顧みるが、悠が言うような特殊な発見出来ずに首を捻った。しかし、悠が言いたいのは別の意味だ。


「魔法的な効果の話では無いぞ。俺が言っているのは心理的効果だ」


「しんりてきこーか?」


「ああ。例えばウィスティリア、以前ならドラゴンズクレイドルに人間が闊歩していたらお前はどうした?」


「それは……多分、見つけた瞬間に殺すか、最低でも捕らえて……あっ!」


悠の言わんとする所が理解出来たウィスティリアが声を上げる。


「なるほど、そういう事か!!」


「え? え?? どういう事? どういう事??」


ただ一人置いてけぼりにされたプリムがウィスティリアにしがみついたまま尋ねると、ウィスティリアは例を入れ替えてプリムに説明した。


「プリム、もし水精族ニンフにドラゴンに変身出来る魔法があり、それが普通に使われていたらプリムは自分の街でドラゴンを見かけても仲間の誰かが変身した姿だと思わないか?」


「ん? …………あっ、あーーーっ!!! 分かった、分かったよ!!!」


ウィスティリアの説明でプリムにも悠の言った心理的効果が理解出来たようだ。


過去のドラゴンズクレイドルで内部に人間が入り込んだ例は食料として以外に存在しない。しかし、現在のドラゴンズクレイドルには『変化』の魔法があり、それが一般的になると状況は一変する。内部で人間が歩いていても、「ああ、誰かが『変化』を使っているんだな」という誤解が生じるのだ。詳しく調べればただの人間であればその内バレるだろうが、都合のいい事に悠はレイラを相棒とする『竜騎士』であり、ドラゴンが『変化』を使用した時の人間と非常に反応が近しいのだ。竜気を持つ人間などドラゴンの想像の外であり、高確率で悠を仲間の誰かだと誤認するだろう。


「全ては情報が不足しているせいだ。ウィスティリアの報告を一笑に付し、人間がドラゴンズクレイドルに攻め込んでくるなどと全く考えていないせいで警戒という言葉は知っていても実践出来んのだ」


「その通りだ。それに、サイサリスもそうだったが、ドラゴンは人間の時の容姿などどうでもいいと思っている。その上、普通のドラゴンでは高位ドラゴンはただ漠然と強いと感じているだけだ。プラムドですらユウと龍王の力の差は分かるまい。多分、さっきのドラゴンはユウをルドルベキア辺りと勘違いしているのだろう。ルドルベキアは弱い人間の姿を嫌って殆ど『変化』を使った事が無いから、その姿を知っている者は極端に少ない」


「朗報だな、もし複数と交戦になってもある程度は演技すれば意表を付けそうだ」


『変化』の恒常化による対人間警戒網の鈍化など誰にも思い付きはしなかった事態であろう。しかし、たった一度のこの機会に利用しない手は無いと、悠はますます足を速め、道中に行き会った不運なドラゴンを屠り続けるのだった。

木を隠すには森の中、とは少々異なりますが、似たような物ですね。

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