9-71 龍巣突入1
「うらああああああッ!!!」
数百メートルもの水の鞭が束ねた触手の先から伸び、ファルキュラスの動きに従ってドラゴンズクレイドルの表面をしたたかに打ちつける。大量の水で出来た鞭がファルキュラスの膂力で振られれば、それはもはや攻城兵器に等しかった。
山肌に着弾した鞭がめり込み、地面を揺らしながら彫刻がなされていく。地形すら変化させるその威力は悠の『火竜ノ槍』と同等と言えるだろう。
「もしもーーーし!!! 居留守かいアホンダラッ!!!」
水の鞭が変形し、大きな鉤状に固定してファルキュラスは力任せに投擲した。
「『大鉤重水斬』!!!」
20メートル以上ある特大の大鉤が回転しながらドラゴンズクレイドルに突き刺さる。重量、筋力、回転力で高められた威力を存分に発揮し、鞭よりも深く大鉤は山肌に突き刺さった。
どこか内部の空間にまで到達したのか、地形の一部が崩れて内部に崩壊する。大鉤は海気による固定化が解除され、内部に大量の水を流し込んだ。
「アカン、30分もあったらこの場所が更地になってまうわぁ」
くねくねと触手をくねらせ、ファルキュラスは破壊の快感に酔いしれた。このまま放置されればその言葉通りになろうかと思われたが、ファルキュラスに気付いたドラゴン達がようやくこの場に集まり出していた。
「き、貴様何者だ!!」
「ここがドラゴンの住処と知っての暴挙か!?」
「うっさいなぁ……知らんとこんな環境破壊なんかするかい。勝手に住み着いた余所者のクセに、自分らチョッチ厚かましいで?」
ざっと見た所、10匹前後のドラゴンにファルキュラスは挑発的に笑いかけた。多分外で警戒に当たっていたドラゴンだろうが、だとすれば下っ端でしかない。
「ウチの名前なんぞどうでもええわ。これからおらんようになる羽トカゲに言うても意味無いしなぁ。……それより、ちょっとウチと遊んでや!!」
ファルキュラスが何本もの水の鞭を持ち上げ、笑みと共に繰り出された。
「『海蛇鞭』!!」
「なっ!? グハッ!!」
無秩序な軌道を描いて迫る鞭を避けかね、激しく打ち付けられたドラゴンが一体、地面に落下していった。
「ちょ、一発くらい耐えんかい根性無しが!!」
ファルキュラスの怒りは少々酷というものだ。並の魔物ならばバラバラになっていても不思議ではない衝撃であり、ドラゴンだからこそ原形を保てたのである。人間ならば掠っただけで吹き飛んでいる威力であった。
「……ハッ、なんや、偉そうなんは口だけかい。所詮トカゲは空を飛べてもトカゲっちゅー事やな!!」
「ぐ、愚弄するなぁっ!!」
徐々に集まり出すドラゴンの中に吐息を使えるドラゴンも駆けつけ、嘲笑を放つファルキュラスを照準した。溜めの長いそれをファルキュラスは阻止する事も容易だったが、あえてニヤニヤと底意地の悪い笑みを作ったまま発動を待った。
「ガアアアアアッ!!!」
怒りに燃えるドラゴンの、圧縮された暴風の吐息がファルキュラスに発射されるが、ファルキュラスは慌てる事なく鞭を操り、グルグルと渦を巻いて平面の盾を作り出した。
内部に強烈な対流を孕む水の盾はドラゴンの放った暴風を内部で拡散、貫通を許さずに防ぎ切る。
「ば、馬鹿な!?」
「……なんや、ガッカリやな、噂に聞くドラゴンの奥義はこんなモンかい。『海蛇盾』すら破れん程度でウチを殺ろうなんて舐めとるとしか思えんわ。こんなんでええんやったらウチにも出来んで?」
驚愕に打たれるドラゴンを尻目に、ファルキュラスの触手から伸びる鞭が解けて水に戻り、代わりに幾多の触手の先端がドラゴン達に向けられた。その先端に海気の輝きが数十ほども灯ると、ファルキュラスが右手をドラゴン達に掲げた。
「お返しや、『蒼海渦連砲』!!!」
光が弾け、渦を巻く水鉄砲がドラゴンとドラゴンズクレイドルに次々と発射された。ドラゴンの吐息に匹敵するその奔流は鱗を貫通し、数体のドラゴンを戦闘不能に追い込んだ。回避された物もドラゴンズクレイドルに突き刺さり、更なる破壊をもたらす。
「ば、化け物め!!」
「勝てん相手は化け物呼ばわりかい? そんな逃げ腰でよう吠えたモンやなぁ!?」
ファルキュラスの挑発はドラゴン達のプライドを大いに傷付けたが、低位ドラゴンではファルキュラスの相手は荷が重いと認めざるを得なかった。それほどまでにファルキュラスの戦闘能力は圧倒的に過ぎたのだ。
歯軋りするドラゴン達だったが、その間にも続々と増援が到着し加速度的に数を増大させていった。そしてその中には……
「たかが魔物の分際でドラゴンの本拠地にカチコミたぁ舐めた真似しやがって……」
背後から迫る怒りのオーラを感じ、ファルキュラスを睨みつけていたドラゴン達が慌てて左右に分かれた。そこから現れたのは他のドラゴンより二回りは大きな体躯から暴力的な威圧感を放つ、くすんだ赤の鱗を持つドラゴン、ルドルベキアであった。
「てっきりプラムドのジジイがトチ狂って特攻でも仕掛けて来やがったのかと思ったが……まぁいい、最近ザコ相手で飽き飽きしてた所だ、オレが遊んでやらぁっ!!!」
ルドルベキアを中心に巻き起こった炎に炙られ、取り巻きのドラゴン達が悲鳴を上げて逃げ惑う。低位ドラゴンの耐火能力を大幅に超える熱量に、ルドルベキアの姿がゆらゆらと揺らめいていた。
「悪いけど、遊びに来たんはウチの方や。客人はちゃんともてなさんと遊びで死ぬ羽目になんで!!」
対するファルキュラスも周囲の海水を巻き上げて迎撃体制に入る。ルドルベキアの操る炎から、その実力が口だけではないと感じ取ったのだ。
「抜かせ!!」
立ち上る炎が幾つもの火球に纏まり、ファルキュラスに向かって疾走を開始した。一発一発が人間の操る『火球』とは比較にならない威力であり、更には存在の根元を傷付けるドラゴンの能力も乗せられた神殺しの炎をまともに食らえばファルキュラスといえどもダメージは避けられない。
それでもファルキュラスに動揺は無かった。
「トロいんじゃボケ!!」
『蒼海渦連砲』でルドルベキアの火球を次々と撃ち落とし、余力を示すかのように遠巻きにしていたドラゴン数体を巻き込んでファルキュラスは悪意を全面に押し出した笑顔を見せた。
「こんなモンかい。ドラゴンやなんや言うても大した事あらへんなぁ。そんなか弱い火じゃ魚も焼けんわ」
「テメェ……消し炭にしてやる!!!」
「大口叩くと大恥掻くで!! 纏めてかかってこんかいクソトカゲ共!!!」
(さて、こっからが正念場やな……)
首尾よくドラゴンズクレイドルの戦力の大半を引き寄せ、破壊に酔いそうになる感情を理性で制し、ファルキュラスは時間稼ぎの為の戦いに没頭するのだった。
「ファルは派手にやっているようだな」
《本気でやるって言うだけの事はあるわ。多分、今のファルキュラスはⅧ(エイス)のドラゴンかそれ以上の力があるわよ》
《どうやらルドルベキアも迎撃に出たようだ。となると、危険なのはストロンフェスと龍王だな。ストロンフェスは片時も龍王の側を離れん》
殆どのドラゴンがファルキュラス撃退に飛び去ったのを確認し、悠は通気口を匍匐前進で進んでいた。通る為の道では無いので非常に窮屈だが、そんな事で弱音を吐く男ではない。
「この辺りで半分だよ」
「うむ」
悠の鼻先ではプリムが先導役を務めていた。と言っても一本道なので案内は必要ないのだが。
《この辺りから感知が鈍ってるわ。魔銀の鉱脈があるせいね》
魔銀は魔力や竜気を通さないので、それらを用いた情報収集は使用出来なくなるのだ。もっとも、鉱脈の状態なので完全に塞がれている訳でもないが。
「プリム、先行してウィスティリアの様子を見て来てくれんか? この状況で見張りが居るとも思えんが、念の為にな」
「いいよ!」
役割があるのはプリムにとって嬉しい事なので、早速プリムは奥に向かって飛び出した。悠の体で塞がれているので風が通る事も無く、プリムはすぐにウィスティリアの下に辿り着いた。
一応念には念を入れ、通気口の影から中を窺い、ウィスティリアだけが居る事を確認して姿を現す。
「ウィスティリア!」
「お、来たな。……しかし、ちょっと派手にやり過ぎてはいないか? あまりにも揺れるので崩落するかと思ったぞ?」
「最初の一回のすぐ後に地震があったの。海王様が揺らしたんじゃないよ?」
「そうか……タイミングがいいのか悪いのか分からんな」
自然現象では文句も言えず、ウィスティリアは苦笑した。星も今日のこの日に震えているのかもしれないなどと感傷染みた感想を抱いたが、口に出すのは恥ずかしいので代わりに現実的な話題をプリムに振った。
「それで、ユウは?」
「通気口の途中で待ってるよ。わたしは偵察なの!」
「流石に慎重だな。だが、大丈夫だ、こんな時に私に構っている暇は無いらしく、誰も近くには居らんよ」
「じゃあ呼んでくるね」
と、プリムが通気口に入ろうとした時、ファルキュラスの攻撃であろう震動が伝わり、牢の中が揺れ……
ビキッ!
何かが割れる音がその場の2人の耳に届く。
「……今の音、何?」
「分からん、が、もしかしたら……」
ウィスティリアが予測を口にする前に、通気口からカラカラと小石が転がり落ち、それは次第に数を増やして悠が急いだ様子で穴から飛び出した。その直後。
ゴガッ!!!
通気口の中から破砕音が響き、石と砂埃が噴き出した。
「ど、どうしたのユウ!?」
慌てて悠に飛びつくプリムを制し、悠は砂埃を払いながら答えた。
「地震で魔銀の鉱脈と通常の岩盤が剥離して内部が崩壊した。おそらく地震でダメージを受けていたのだろうが、もうここは埋まってしまって使えん」
「やはりそうか」
「えっ!? じ、じゃあもう帰れないの!?」
不安そうに見上げるプリムだったが、悠は不安を治めるようにプリムの頭を指で撫でた。
「なに、帰りは違う道を使えばいいだけだ」
「そ、そっか、そうだよね!」
プリムに堂々と帰ればいいと示し、悠はウィスティリアに向き直った。
「久しぶりだなウィスティリア。思ったよりも元気そうで何よりだ」
「フ、緊張の欠片も無いな。だがそれでこそユウだ」
ドラゴンの本拠地に単身忍び込んで誇る様子も無い悠にウィスティリアは笑いかけた。相変わらず無表情だが、普段通りというのが何よりも頼もしい。
「だが話している暇はあまり無さそうだな。プリム、予定変更だ。ウィスティリアから離れるな」
「うん!!」
通気口が塞がってしまった以上、プリムとウィスティリアをそこから逃がす案は破棄せざるを得ない。ならばプリムはウィスティリアと一緒に居て貰うのが一番安全だろう。
敵の本拠地に足を踏み入れた悠は目的地を透かして見るように目を細めた。
ファルが無双しているのにはちゃんと理由がありますが、書くタイミングがあればその時に。




