9-70 臥竜覚醒18
鳴動する地上の様子はミーノスを目指していたプラムド達にも伝わっていた。
「地震?」
「おいおい、結構デカいんじゃねぇか?」
「しかも広いわ。見渡す限り全ての場所が揺れてる……」
その様子は空に浮かぶドラゴン達を釘付けにし、プラムドは今を好機と捉えた。
(……既にドラゴンズクレイドルからは十分に離れた。注意が逸れている今こそ……!)
「プラムド」
密かにヘリオンの姿を探していたプラムドの心臓がその声で大きく脈打った。ヘリオンはプラムドが決断するまでの僅かな時間でいつの間にかプラムドの背後に回り込んでいたのだ。
プラムドは視線を密かにスピリオとクインクエットに向けると、両者が微かに頷く。体勢は悪いが、この場で3対1に持ち込めば討ち果たせるはずだと3者の思惑は共通していた。
だが。
「――――」
「っ!?」
ヘリオンが何事かを囁き、プラムドの目が驚愕に見開かれる。プラムドから決行の合図が出されないまま、ヘリオンは自分が率いてきた者達の下へと戻っていった。
「……プラムド、なんでだ?」
「今更命を惜しんだの?」
スピリオとクインクエットはプラムドが臆病風に吹かれて躊躇ったのかと勘ぐったが、プラムドはそれに答えず彼らに命じた。
「……戦闘準備だ。いつでも吐息を吐けるように準備しろ」
「何を言って――」
「いいから従え、時を逸すればそれまでだ!」
小声で怒鳴るプラムドが密かに竜気を高め出したのを感じてスピリオとクインクエットもそれに追従した。
「……? あいつら、何を……」
感覚の鋭いドラゴンの一体が不穏な気配を高めるプラムド達に気付いたが、そこにヘリオンが舞い戻った。
「どうしました?」
「ヘリオン、プラムド達の様子が……!」
「様子?」
ヘリオンが話をよく聞く為にそのドラゴンに近付き、何気なくその頭に手を置き……
ズプリ。
「ギガッ!?」
ドラゴンの頭部にヘリオンの腕がめり込んだ。
のみならず、ヘリオンの手はその内部にある脳をグチャグチャとこね回し、再生出来ないように竜気を吸収し始める。
その竜気の行き先はヘリオンの口内だ。吸収した竜気を全て吐息に変換し、ヘリオンは殆ど死体と化したドラゴンを掴んだまま首をぐるりと回し、力の奔流を吐き出した。……自分が連れてきた隊の一部に向かって。
「え?」
射線上に射た『龍角』を持ったドラゴン3体の頭部が纏めて貫かれて消し飛び、他のドラゴン達が驚愕に固まっている間に大勢は決していた。
プラムド、スピリオ、クインクエットの吐息がヘリオンが率いてきたドラゴン達を更に抉り、知らぬ間に包囲を完成させていたヘリオンの隊の半分が混乱している隊を包囲、次々と吐息を浴びせかける。
事情が分からない者が戦場の半分以上を占めているが、失われていく命だけが真実だ。
「何が、何を……!」
「遅いんですよ!」
されるがままに蹂躙されて行くドラゴンの頸部をヘリオンが噛み付き、一切の手加減なく首を捻って切断する。そうして接触して蓄えた竜気を再び口内で破壊力に変換、恐慌状態に陥っているドラゴンに吐き出す。
遅まきながらプラムドとヘリオンが反旗を翻したと察したプラムドの配下達もそれに加わり、戦闘は更に一方的に形勢を傾けて行った。
掃討戦の様相を呈し始めた戦場で、プラムドは配下のドラゴンに戦闘を任せ、口内に溢れる血を吐き捨てるヘリオンに問い掛けた。
「……まさかとは思ったが、本当にお前が裏切るとは……」
「ん? ああ、ちゃんとメッセージは伝わっていたようですね、結構結構」
「プラムド、どういう事なんだ?」
「私達にも分かるように説明して」
疑問符を浮かべるスピリオとクインクエットがヘリオンを警戒しながらそこに割り込んだが、ヘリオンは口角を吊り上げ、特に気負う事も無くそれに応じる。
「どうもこうも見ての通りです、龍王を裏切ったんですよ。特に頭の悪い凶暴なドラゴンを隊の半分に混ぜ、密かに私の意志に従う残り半分で奇襲して全滅させる。9割方成功を確信していましたが、プラムド達が手伝ってくれたお陰で10割になりました。それだけの事です」
「待て待て、お前は龍王の側近中の側近だろ!?」
「そうよ、そんな事をしなくても十分な地位を掴んでいるはずだわ!!」
「……説明が面倒ですねぇ、プラムド、頭の悪い部下ばかりでは大変だったでしょう? 一連の行動の裏には協力者が居ますね?」
ヘリオンの言い様にスピリオとクインクエットが激昂し掛けるが、プラムドはそれを制してヘリオンに答えた。
「彼らは私に付いて来てくれた得難い仲間だ、侮辱は止めろ。そして協力者は確かにいらっしゃる」
「わざわざ旗色の悪いプラムドに肩入れするなど酔狂な事ですねぇ、ククク……」
皮肉を垂れ流しながら、ヘリオンは自分の思いを語った。
「私は最初にあの女が色々な手土産を持って龍王を篭絡した時からこの事態を予測していました。しかし、そこで対立しても後々すり潰されるだけだと分かっていましたからね。だから最初から龍王に忠誠を誓ったフリをしてその側近に収まり、密かに信頼出来る者達を掻き集める事にしたのです。ついでに、死ななければ治らない馬鹿を最高のタイミングで殲滅してやる為に半分は救いようのない者達を集めました。そういう者達を集めていれば、疑いの目で見られる事もありません。お嬢様やプラムドに絡んだのも疑われない為の一環でしたが、過ぎた事はもういいでしょう」
ヘリオンの言葉にプラムド達が衝撃を受け口を凍らせている間にもヘリオンの独白は続いた。
「死んだグリネッラは小心者ですが馬鹿ではありません。私は人間の中にもドラゴンと互角かそれ以上に渡り合える存在が居ると確信していました。ですからこうしてプラムド達と合流し、更に人間の戦闘力の高い者達を集めればドラゴンズクレイドルに勝てないまでも大きな痛手を与える事が出来ると考えました。状況から察するに、プラムドの協力者は人間でしょうし、サイサリスもその人間と一緒に居るのでしょう? ならば私がバラ撒いたメッセージも読み解けるだろうと思ったのです。鏡文字で書いた私の名前で裏切りの符丁と捉えれくれれば……別に読み取れなくても、事後にプラムドを説得出来るとは思っていましたしね。ちなみに、あの小島に居ると当たりを付けたのは、尾行したプラムドが行きも帰りもあの島の上を通ったからです。バレないようにしたかったのならもう少し行動には注意なさい?」
「……そう言えば、こうして我らだけが先行する事になったのは……」
プラムドが昨日の事を思い出すと、ヘリオンの笑みが深くなった。
「全てはこの時の為です。プラムド、スピリオ、クインクエット、サイサリス、そして私の子飼いの者達や『龍殺し』とその仲間の力を結集すれば、互角とは言えないまでもドラゴンズクレイドルの侵攻の意図をある程度挫く事は可能でしょう。龍王を倒すのは難しいでしょうが、ルドルベキアやストロンフェスを排除出来れば龍王とて無闇に領域を広げる事は叶いません。ドラゴンが減り過ぎればちょっかいを出して来る魔族の侵攻を招きますから」
ここまでの経緯が全てヘリオンの掌の上で進んでいたのだと思い知り、プラムドは眩暈を覚えた。ヘリオンはプラムドが考えていたよりも遥かに優れた知性を持ち、深慮遠謀に沿って行動していたのだ。ただの嫌味なインテリもどきと侮っていた事をプラムドは恥じた。
だが、大きな疑問がある。
「……何故だ、何故誤解を省みずにこんな大それた事を?」
「それをあなたが問いますか、プラムド?」
プラムドの質問をそのまま差し戻すようにヘリオンは答えた。
「私はねぇ、もっと自由に生きたいんですよ。誰かの使いっ走りで戦う事だけに明け暮れるのなんて真っ平です。人族が終われば次はエルフを、その次はドワーフ、獣人、最後に魔族……考えただけで気が滅入ります。わざわざ世界など征服しなくても、ドラゴンはその心に翼を持って好きな時に好きな場所へ行けばいいんです。結果として戦う時もあるでしょうが、その時は堂々と戦えばいい。それがドラゴンの生き様では無いのですか?」
ヘリオンの言葉にプラムドは質問の言葉を失った。それはプラムドの理想に近いドラゴンの生き方だったからだ。
「残念ながらお嬢様はお助け出来ないでしょう。私はこれからプラムドと一緒に人族領域へ赴き協力者を募らなければなりません。何せ時間がありませんからねぇ、早速案内して下さい」
プラムドに与えらえた猶予期間はたった一日だ。ヘリオンとしては今日中に協力者を集め、ミーノスを陥落させたと偽りドラゴンズクレイドルに奇襲を掛けたいのだった。
だが、プラムドにもヘリオンの思惑を超える策が既に発動していた。
「いや、その必要は無い。我らは今すぐドラゴンズクレイドルに戻るべきだ。……何故なら、ドラゴンズクレイドルは既に攻略中だからだ」
「……は?」
予想外のプラムドの発言の意図を図りかね、今度はヘリオンが特大の疑問符をその顔に浮かべていた。
「力を至上とするならば、更なる力によって滅びるのも覚悟せねばならんという事だ」
おそらく帰るまでには終わっているだろうと半ば確信しながら、プラムドは翼を羽ばたかせた。
「私の事情は帰り道で話そう。それを聞いてからでも判断は出来るはずだ」
「あっ、待ちなさいプラムド!」
先頭を切って飛び去るプラムドに追い縋りながら、プラムド達はドラゴンズクレイドルへの帰路を急いだのだった。
ヘリオン行動開始。対ドラゴンでは多少のランクのハンデを覆せるほどヘリオンの固有能力は強力です。




