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9-69 臥竜覚醒17

ファルキュラスのもたらした破壊はドラゴンズクレイドル内部にも多大な混乱を引き起こした。


「な、何が起こりやがった!?」


「……何者かがドラゴンズクレイドルの山頂に攻撃を加えたようだな……」


「敵襲!? バカな、ドラゴンの居住地に直接攻撃を加えるなど魔族ですら……!」


「それよりも――ぬう!?」


ルドルベキアやストロンフェスすらその例外では無く、比較的冷静さを保っている龍王が再び口を開きかけた時、更なる揺れがドラゴンズクレイドルを襲った。


いや、それは単なる揺れなどという生易しい表現では無く、正しく激震と表するべきだ。


敵の攻撃が苛烈さを増したのかと思われたが、その揺れはドラゴンズクレイドルだけでは無く、世界各地を襲っていた。




「うおおっ!?」


「きゃあっ!?」


「みんな!! 机の下に隠れて!!」


屋敷で地震に襲われた待機組は樹里亜の号令の下、足をもつれさせながらも机の下に滑り込んでいく。が、まだ鍛え足りないソフィアローゼが途中で転倒してしまった。


「いたっ!?」


「危ねえ!!」


「おっと」


折り悪く飾ってあった花瓶がソフィアローゼの頭目掛けて落下したが、机の下から飛び出したバローが覆い被さって庇う……のに関係無くハリハリの魔法が花瓶を止め、中の水だけがバローに降り注いだ。


「だあっ!?」


「おっと失礼、『風蛇ウィンドスネイク』では液体まで止められないのですよ。ヤハハ、水も滴るいい男という表現があるらしいですが知ってます?」


「知るか!! 詰めが甘ぇんだよお前は!!」


《一定以上の揺れを感知。内部の安全を優先、衝撃を緩和します》


葵のアナウンスが流れ、屋敷の揺れが半分程度に軽減された。それでもやはり地面が揺れている感覚は気持ちのいい物では無く、机の下から出て来る者は居ない。


「しかし、ビックリしましたね。こんな時に地震とは……」


「震度6強くらいあったかな。この世界で地震なんていうものに遭ったのは初めてだわ」


「フェルゼンやミーノスは大丈夫かなぁ」


大きな地震ではあったが、全員に地震の経験があり、すぐに葵が軽減したのでそこまで深く考える者は居なかった。……この時は、まだ。




そして海中で岩壁に身を潜めていた悠は大きな危険に晒されていた。


《ユウ、不味いわ、水が引き始めてる!!》


「いかんな、津波が来るぞ」


音を立てて水位が下がり、首を出して浮かんでいた悠の胸元から腰へと海面のラインが下りて行った。そして更に水位が下がるのを見ていた悠の目の前の海面から小さな影が一つ飛び出す。


「わっわっわっ!?」


引っ張られるのに抵抗して飛び出したのは、小島で待っているはずのプリムであった。急に背後に引っ張られたのでつい神鋼鉄オリハルコンに力を込め過ぎて飛び出してしまったのだ。


「プリム?」


「あ……」


悠と目が合うと、プリムは服の裾をギュッと握って体を強張らせた。こっそり付いて行くはずだったのに、こんな序盤で当の悠に見つかり怒られると思ったからだ。


「ご、ごめんなさい、ユウ、でも、わたし……!」


「話は後だ、今ここに居ると不味い」


「わあっ!?」


宙に浮かぶプリムを掴み、悠はやむをえず垂直の岩壁を急いで登り始めた。水精族ニンフのプリムは津波なら大丈夫かもしれないが、人間である悠はこんな岩場で津波に遭おうものなら命に関わる。


《ユウ、『竜騎士』になった方がいいんじゃない?》


「駄目だ、まだファルの方にドラゴン達が引き寄せられておらん。登り切り、適当に距離を離した場所でやり過ごす」


《この先に林があったはずだ! そこなら上空からは発見されにくいだろう、飛び込め!!》


「応」


かなり高い切り立った崖を登り切り、スフィーロの言う林を発見した悠は迷わずそこに駆け込んだが、上空にドラゴンが居た事に舌打ちした。


「いかんな、見つかるかもしれん」


《そうならないように祈るしかないわ!》


幸いそのドラゴンは悠に背を向けていたので肉眼では見られなかったはずだが、ドラゴンにとって目は最大の情報受容器官では無く察知出来るほどの範囲に入れば発見は避けられまい。だからと言って生身で津波に呑まれてしまえば悠とて負傷は免れないだろう。


津波がただの波だと考えるのは大きな間違いである。数千、数億、或いはそれ以上の奔流に人間が呑まれれば衝撃だけで即死しかねず、流木や岩石が混じっていれば容易に人間の体など引き裂いてしまう。たった1メートルの津波でも人間は転倒を余儀無くされるのだ。


駆けながら背後に視線を飛ばした悠は揺れに同調して立ち上がる波濤が最低でも20メートルを越えていると見積もった。半分は岩壁に弾かれるとしても、残り半分は余裕で陸地を蹂躙しそうだ。


揺れが収まった大地を駆け林に飛び込んだ悠は津波が岩壁を叩く大音響を背後に感じつつ奥へ奥へと進み、一際大きな樹木に飛び付いた。


するすると巨木を登り、津波から隠れる位置でしっかりと枝を掴んだ瞬間、津波が悠に追い付く。


「きゃっ!?」


津波の勢いに押されて巨木が傾ぐが、薙ぎ倒された木々よりもよく衝撃に耐え、何とかその場に踏み留まった。


悠の目は上空のドラゴンに向けられ、こちらを捉えているかと窺っていたが、ドラゴンはやがてファルキュラスが陽動を行っている地点へと飛び去っていった。


「……どうやら見つからずに済んだようだな……」


《プリムのお陰みたい。触れているユウにも隠蔽効果が僅かながら発揮されて気配を隠してくれたのよ》


力の流れが見えるレイラにはプリムの気配を遮断する首飾りの効果が僅かに自分達にも効果を及ぼしているのが見て取れた。普段の状態なら気付かれていたかもしれないが、流石にドラゴン達もこの緊急事態で警戒の目が粗くなっている事が功を奏したといえよう。


再び遠くから重低音が響き、ファルキュラスが陽動を再開したのが伝わって来た。それに伴い、ドラゴンズクレイドルからも多数のドラゴンが飛び立ち、ファルキュラスが暴れているであろう地点に向けて殺到して行くのが感じられた。


《この地震を引き起こしたのがファルキュラスだと思われてるのかもしれないわね》


「海王様は強いけどそんな事が出来るって聞いた事ないよ?」


《だろうな。我は土の属性を強く持っているが、今のは純然たる自然現象だった。少々範囲が広いのが不可解ではあるが、海王の力ではあるまい》


「だがそう思われているなら利用出来る。ドラゴンは大きく手を割いてファルキュラスに詰め寄るだろう。内部が手薄になるなら俺達には好機だ」


そこで悠は握っていたプリムに視線を合わせた。勝手に付いて来たのだという事を思い出したプリムは悠の手の中でばつの悪そうな顔で俯く。


「……ここまで来てしまったのはしょうがあるまい。それに、プリムのお陰で発見されなかったのも事実だ。ウィスティリアの所までは一緒に行こう」


「いいの!?」


途端に喜色を前面に出すプリムに悠は頷いた。


「だが、そこからはウィスティリアと一緒にドラゴンズクレイドルから離れるんだ。内部では僅かな隠蔽効果では意味を成さん。いいな?」


「……うん、分かった」


プリムもこれ以上の我儘は言えないとよく理解していた。それでも、ほんの少しでも悠の役に立てた事はプリムを誇らしい気持ちにさせたのだった。


断続的に続く破壊音とドラゴンの咆哮から陽動はまだ続いているようだ。足元の水が引き、歩けるようになったのを見計らって悠は地面に降り立った。


「では行こう。もしかしたら第二波があるかもしれん」


《これ以上の足止めは御免ね、行きましょう》


《うむ、陽動が効いている内に急ぐぞ》


「じゃあしゅっぱーつ!」


供にプリムを加えた悠は再び水たまりの残る地面を疾走し、一路ウィスティリアの下へと急いだのだった。

もっと各地の状況も書きたかったのですが、文章が膨らみ過ぎるので後ほど事後を。

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