9-66 臥竜覚醒14
「ん?」
ファルキュラスの頭部の触手が何かを感じ取ってピクリと震えた。
「……ははぁ、これはアレやな、ユウやんからの愛の通信やな? フフ、困ってウチに頼りたなったんかな~」
ファルキュラスが自分の身を包む水に干渉し、自分の眼前の空間に円形のスクリーンを作り出した。水を制御する事に優れる海気の使い手である海王には余技と言えるレベルの物だ。
微妙に混線しているような気がしたが、さしたる問題ではあるまい。水浴びの途中であったが、水に身を沈めたまま、ファルキュラスは妖艶に微笑み、スクリーンに向かって手をかざしながら通信を繋ぎ開口一番言ってのけた。
「あはん、ウチの裸が見とうなったんかユウやん? ムラムラして襲いたなったんならいつでも……あ?」
「《《……》》」
しなを作るファルキュラスを見る目、目、目。スクリーンは3分割され、無表情の悠、眉を顰める雪人、これ以上ないくらい真剣な表情で画面一杯に広がるハリハリ&バロー。予想外の映像に一糸纏わぬファルキュラスの思考が空白になった。
《……おい悠、この痴女は何だ? お前もアーヴェルカインでようやく禁欲をやめたのか?》
「断じて違う」
《おいハリハリ、もっとそっち詰めろや!》
《ば、バロー殿、押さないで下さい!! ワタクシはあくまで学術的な好奇心からでやましい所など一切――ごげっ!?》
何か硬い物で殴られる音がして、ハリハリとバローが画面からフェードアウトした。その際に飛び込んで来た映像は女性陣が男性陣の目を塞ぐ事で対処する。
《何だよ朱音、何も見えねーじゃん》
《見るなって事よ!》
《あの、神楽ちゃん、指の隙間を閉じて? 全然隠れてないから……》
《あはは~、見える~?》
《み、ミリー、お、押さえ過ぎだぞ……俺の目ん玉が潰れる……!》
《大丈夫です、後でユウ兄さんに治して貰えます》
《アルトー、見た見た?》
《みみみ見てない!! 僕は全然見てないから!!!》
「全員静まれ。ファルは服を着ろ、というか裸なのに映像を繋ぐな」
《あ、アハハ、ちょ、ちょい待ち!!》
テンパったファルキュラスはスクリーンを手で叩き、映像を乱している間に水から上がって急いで衣服を身に着けた。といってもファルキュラスの衣服は非常に布面積が少ないのだが、裸よりはマシなはずだ。
(あれ? 良く考えたらウチが悪いんか?)
容易には答えの出ない問いであった。
「では改めて。彼女が海王のファルキュラスだ」
《お初さんやで。……ほほぅ、中々エエ男揃ってるやん?》
「後にしろ。今はそんな時間は無い」
雪人やハリハリを見て触手……もとい、食指を動かすファルキュラスだったが、悠は子供達の手前、会話の方向性を修正した。
……ちなみに、アルトが引っかからなかったのは例によって女の子と思われたからであり、さり気なく決め顔で自己アピールしてスルーされているバローとは次元が違うと記しておく。
《何やの、急ぎの用事でもあるんかいな?》
「ああ、実は……」
明日の予定を語る悠の言葉にファルキュラスはしばし耳を傾け、それが終わると口を開いた。
《つまり、ウチに羽トカゲと戦えっちゅーんかい?》
「しばらく目を引いてくれればそれで構わんが、多少の戦闘はあるだろう」
《タダでとは言わん。何かしら要求があるのならそこに居る悠が叶える》
安請け合いする雪人の台詞にファルキュラスの目が光った。
《ほぅ……ええんかユウやん、ウチの要求は安ぅないで?》
ファルキュラスの隠しようもない欲情のに最初に気付いたのは、その道に一番詳しい雪人であった。
《……悠、ちょっと2人だけで相談を――》
「断る」
《却下します!》
《絶対駄目》
しかし、悠と志津香は経験から、蒼凪は乙女の超感覚で雪人の提案を拒絶した。
(チッ、先に悠と2人だけで話しておくべきだったか?)
別に減る物では無いし、一晩遊ぶくらい良かろうにというのが雪人の意見だったが、恋する乙女の許容出来る範囲を大幅に逸脱している上、そんな男娼のような真似を悠が受けるはずも無いと早々に諦めた。
《じゃあ悠に出来る範囲でという事で良かろう。絶対にやって貰わなければならん訳でも無いのだからな》
《ちぇっ。まぁええわ、ユウやんとは約束があるさかいな。それに、惚れた男には打算抜きで愛して欲しいやん?》
ファルキュラスのウィンクに女性陣の機嫌が坂道を転がり落ちるように悪化していくが、悠は内容には反応せずに問い掛けた。
「それは手伝って貰えると思っていいのか?」
《ええで。ウチが離れるとここの結界が維持出来へんからこの間は難しい言うたけど、もう万一に備えて隠す必要も無いんなら別にええやろ。でも、どの程度本気出せばええの? あの山吹っ飛ばすんか?》
《それだとウィスティリア殿も吹き飛んでしまいますねぇ……》
本気か否か分かり辛いが、まるで気負った気配の無いファルキュラスの口調からハリハリは本気だろうと考え自重を促した。どうぞと言って本当にドラゴンズクレイドルを吹き飛ばされても困るのだ。
「適度に攻撃し、後はドラゴン共を引きつけておいてくれればいい。殺す必要は無いが、しつこいようなら自己判断に任せる」
《はいな。ふふふ、ウチまだ本気出した事一回しか無いんや、楽しみになってきたなぁ》
《で、ですが、仮にも海洋の支配者で管理者でもある海王がこちらに肩入れしてもいいのですか? 何となく中立で居なければいけないような気がするんですが……?》
《他の種族やったら不味いかもしれんけど、あいつらは構へんよ。だって、元々この世界の生き物や無いんやもん》
《そうなんですか?》
アルトの問いにファルキュラスは気さくに応えた。
《そうやで、元々は外の世界から来た奴らや。おかんも世界を滅茶苦茶にするようやったら滅ぼすつもりやったみたいやけど、一つの大陸で大人しゅうしとるみたいやから見逃しとったんや。でも、他の場所でまで無茶するんやったら遠慮はいらんなぁ》
「それはスフィーロに聞いた事がある。もっとも、殆どのドラゴンはこの世界で生まれた者達に世代交代しているらしいが」
《我もそこまで古い存在では無いが、龍王だけはその世代の生き残りだったはずだ》
「おそらく、レイラと故郷を同じくする真のドラゴンと言えるだろう」
ともかく、とファルキュラスが柏手を打った。
《ユウやんはまたこの島に他の種族が来れる様にするって約束してくれたんや、ウチもちょっとだけ手伝うのが筋ってもんやろ》
「恩に着る」
《水臭い事言いなや、ウチとユウやんの仲やないの》
《あの……イチャイチャするの止めて下さい、さっきから空気が悪いんですよ……》
悠への好意を隠しもしないファルキュラスの言動に女性陣の我慢はそろそろ限界のようで、ピリピリとした空気に怯えながらハリハリは先を促した。
《さ、話の詳細を詰めるか。侵入路はウィスティリアの牢に繋がる通気口で良かろう。陽動を起こす地点は――》
そんな空気を察していて気にしない雪人はやはり強心臓の持ち主だ。背後の亜梨紗や志津香の恨めしそうな表情には目もくれず、必要な情報だけを組み立てていった。
(ワタクシも相当図太いつもりでしたが、ユキヒト殿には全く及びませんね……)
そういう自覚があるのに自由奔放に振る舞っているハリハリも相当な物だが、声に出していないので誰にも指摘される事は無かった。
《ウィスティリアは邪魔になるから『変化』を使わせて通気口から脱出させろ。後は全速で龍王の間を目指せばいい。悠、説得など無駄な事はするなよ?》
「分かっている。ドラゴンには再三に渡り警告をして来たが聞き入れられなかったのだ、この期に及んで言葉でどうにかなるとは俺も思っておらん」
《温い戦闘ばかりで平和ボケしているかと思ったが、鋭気は損なっていないようだな。……悠、この作戦が終わったらもう一度連絡を寄越すから夜は空けておけ。お前にとって朗報か凶報かは俄かに判断出来んが、一つ大きな知らせがある。それについて意見を聞きたいのでな》
「分かった、連絡を待つ」
《じゃ、また明日な~》
《何か不慮の事態があれば連絡して下さいね》
順に像が薄れ、桶の水面はただの水に戻っていった。




