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9-65 臥竜覚醒13

「雪人? ……そうか、通信術式が完成したのだな?」


《先ほどな。ガドラスが作り上げ、『隔界のペンデュラム』を併用して通信を割り込ませた。ちと接続に時間が掛かったが、お前達が通信中だった事が幸いして音声を拾う事が叶ったという訳だ》


宣言通り、雪人は悠との通信網を確立したのだ。それも、タイミングとしては最高の頃合いで。


《声だけは先に拾えていたので多少の話は理解したが……ユウ、詳細な情報を寄越せ。俺も作戦会議に加わってやる》


《相変わらず態度がデケェ野郎だぜ……》


ボソリと呟いたバローの悪態だったが、雪人の耳はしっかりと捉えていた。


《何をブツクサ言っている? ……えー、確かバカヤローとか言う名だったか?》


《バローだバロー!!! ぜってーワザと言ってんだろ!?》


《ふん、当然だ。売られた喧嘩は買う主義でな。相手が卑小非才の原始人でも差別はせんよ。俺は平等主義者だからな》


「下らん喧嘩はやめろ。談笑する為に会話を繋げたのではあるまい。しばらく黙って俺の話を聞け」


険悪なムードになる雪人とバローを掣肘し、悠は詳細を語り始めた。


《……》


悠の話を咀嚼し、何事かを考えていた雪人だったが、ふとハリハリに話を振ってきた。


《ハリハリ、先に情報に触れていたお前達の案を聞かせろ》


《おや、ワタクシ達の案で宜しいので?》


《お前と樹里亜は論理的な思考をしていると悠が言っていたからな。荒唐無稽な案は出すまい。現地に居る者の話は参考になる》


ハリハリと樹里亜の聡明さは雪人も認めているのだ。それは悠のお墨付きがあるからだったが、現地の肌感覚は馬鹿に出来ないと雪人は感じていた。


《ならばお話ししましょう。ワタクシ達の案は潜入です。プラムド殿がドラゴンズクレイドルを出立してから30分ほどしたらユウ殿が内部に侵入し、ウィスティリア殿を解放します。ウィスティリア殿の安全を確保した後、ユウ殿には電撃的に中枢に侵攻して貰い龍王と側近、『龍角ドラゴンホーン』を持ったドラゴンを排除して貰います。その後はプラムド殿と合流し、ヘリオンを排して無力化したドラゴンズクレイドルをウィスティリア殿、プラムド殿の派閥で制圧する。龍王とその側近が居なくなればウィスティリア殿とプラムド殿がその場で一番強いドラゴンとなりますので事態は沈静化するでしょう》


《及第点はくれてやってもいいな》


傲慢な雪人の言いように数名が眉間に皺を寄せたが、口論に発展する前に肩を竦めてハリハリが応えた。


《採点が辛いですねぇ。気に入りませんか?》


《いや、概ね気に入った。悠が一番働かなければならん点が特にいいな》


《《《……》》》


雪人の毒舌に呆気にとられ絶句する仲間達に代わり、悠が口を挟んだ。


「修正案があるならさっさと言え。貴様の口上は情操教育に悪い」


《会話の妙を楽しめんとは人生を半分棒に振っているな。まぁいい、前途ある少年少女も居る事だ、本題に入ろうか》


軽く肩を竦めるだけで悪びれない雪人だったが、瞳は計算高い怜悧な光を灯していた。策を練る雪人に甘さや希望的観測は一切含まれないのだ。


《誰と戦う事になっても俺はそれ自体は心配などしておらん。300近いドラゴンと言っても高位の者は一握りだろう。しかも強者におもねるような雑魚ばかりなら頭を潰せば反抗出来まい。むしろ、この作戦の肝は最初の救出作業とそれに伴う潜入にある。悠、いくら貴様でも発見されずにウィスティリアの下には辿り着けんだろう?》


「厳しいだろうな。気配を絶とうと、ドラゴンは目や耳だけで認識している訳では無いのだから、可能な限り近付いた後は奇襲するしかあるまい」


雪人の指摘に悠は正直に答えた。希望的観測で動かないのは軍の同僚である悠も同じである。


《しかしそれでは一抹の不安が残る。ウィスティリアの安全に気を払いたいなら更に策をもう一段練り込まねばならん》


《……陽動、ですか?》


《良く分かっているじゃないか》


樹里亜の呟きに反応した雪人が左右非対称の笑みを樹里亜に向けた。外連味のある笑みだが、朗らかに笑うよりもこの男の魅力を引き出すようで、樹里亜は少し顔を赤らめて視線を逸らした。


《で、ですが、陽動といってもそれをこなす人材がありません。実力的にも厳しいですし、今からドラゴンズクレイドルに向かえるのはサイサリスさんくらいです。それでも、サイサリスさんだけでは……》


《そこに居る者達を使うなどと考えてはおらんよ。サイサリスにしても実力を底上げしたドラゴン数体と余裕で渡り合える実力はあるまい。もっと頭を柔軟にするべきだな》


実力不足と指摘されたサイサリスの目に獰猛な光が宿ったが、サイサリスが激発する前にハリハリがポンと手を打った。


《読めましたよ! ユキヒト殿はあの方にそれをさせようと言うのですね?》


《察してくれて助かる。使える物は何でも使うのが俺の流儀でな》


固有名詞を含まない2人の会話に他の者達は疑問符を浮かべたが、アルトが律儀に挙手して質問を述べた。


《……あの、お2人は誰の事を仰っているのですか? この場に居る方々では無いと言うのなら、シャロンさんやギルザードさん、ヒストリアさんでも無いんですよね?》


屋敷の住人でドラゴンにも勝ると言えばこの3人である。しかし、雪人はこの場の者では無いと明言していたし、そうなるとアルトには候補が思い浮かばなかった。


《君も少々頭が固いな。常に最新の情報に触れられる立場に居るのだからもっと広い視野を持つべきだ》


《す、すみません……》


雪人に諭されたアルトは必死に頭を回転させた。厳しい口調ではあったが、雪人はちゃんとアルトにヒントを出してくれている。最新の情報というからには、最近協力してくれるようになった者に任せるという事だ。アルトは雪人の言葉を正確に受け取っていた。


最近仲間になったと言えば誰だろうか?


まず思い浮かぶのはアルベルトとイライザだ。しかし、いくら人間の英雄であっても2人に陽動が出来るとは思えずアルトは脳内で却下した。ならばと何気なく悠の方を見たアルトは、その肩に留まるプリムが目に入った瞬間、答えが脳裏に浮かび上がった。


《あっ!? ま、まさか……》


《多分今アルト殿が考えている方で合っていますよ。最近、ユウ殿を手こずらせた強者が居ましたよねぇ……今こうして水を介して通信出来るのもそのお方の助力だと聞きました。つまり……》


海王ネプチューン。生身の悠と互角に戦えるだけの力があるのだろう? ならばドラゴン相手に陽動くらいは出来るはずだ。しかも居場所が近い上、何かあったら海の中に逃げ込めばいい。関係も良好ならば陽動を任せるにこれ以上の適格者はおらんと俺は考えるが?》


それは全員の盲点であった。こうして水精族ニンフのプリムの協力を得ているのだから、不可能と断ずる根拠は何も無いのだ。


「ファルはそう簡単にあの場所を離れられんと言っていたからな、そうとんとん拍子で話は進まんかもしれんぞ」


《しかし、困った時には連絡して来いとも仰っていたのですよね? ならば聞くだけ聞いてみる価値はあると思います。ちょうど良いですから、今聞いてみませんか? その腕輪があれば海王殿と通信が出来るのですよね?》


《一人で説得するよりも俺達が居た方が他の方面から糸口が探れるかもしれん。とりあえず繋いでみろ。世界の管理者とは俺も興味がある》


ハリハリと雪人に畳み掛けられ、悠はプリムに視線を送った。


「いいんじゃない? 海王様は案外簡単に引き受けてくれるかも」


「水精族のプリムがそう言うならやってみるか……」


主である海王に気楽に頼み事をしてはプリムが気分を害するのでは無いかと思ったのだが、そんな気配は微塵も感じなかったので悠は海王に直接連絡を取って話す事にした。


海王の腕輪を操作し、その本来の機能を呼び覚まして悠は海王に呼び掛けたのだった。

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