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9-64 臥竜覚醒12

「帰るのか、プリム?」


「うん、色々話も聞けたから。明日の朝、プラムド達だけミーノスに攻め込むんだって。……ヘリオンの監視付きだけど」


「何?」


プリムから詳しい話を聞いたウィスティリアの牙が怒りで軋る。


「ヘリオンめ……どこまでも我々の邪魔をするつもりか……!」


「プラムドは逃げ回るから大丈夫だって言ってたけど……」


「……」


そんな簡単には行くまいとウィスティリア内心で思った。ドラゴンほど速く長く飛べる生物はそうは居ないだろうが、追う相手もドラゴンなのならばそこにアドバンテージは存在しない。むしろ、実力に劣るプラムド達がヘリオン達から逃げ続けるのは困難を極めるはずだ。


そこまでしてプラムドが時間稼ぎに徹する理由の一つは間違い無く自分の存在だろうとウィスティリアは忸怩たる思いを噛みしめていた。


(私が感情に任せて行動したせいで皆に迷惑を掛けてしまう……私がもっと強ければ、或いは賢ければ他のやりようもあっただろうに……!)


ドラゴンは知性無き獣では無く、独自の言語すら有する知的生命体である。だが、ドラゴンは力を至上とし、その他の知謀や人望、人格は二の次にするという悪習が蔓延っている。ウィスティリアがその愚を悟り誠心誠意訴えた所で、相手に聞く気がなければそれまでなのだ。ましてや自分より強い者達に対抗するに感情や言葉を用いても届かないのである。


(ヘリオンが居ないのなら好機というもの。ルドルベキア、ストロンフェス、それに……父上。その中の誰かはユウに助力して私が討ち果たしてみせるぞ!)


険しい表情から感情が伝わったのか、プリムはウィスティリアに触れ、憂いの眼差しを向けて言った。


「ウィスティリア、ダメだよ……今のウィスティリア、プラムドと同じ顔してる……ちゃんと頼れる人が居るんだから、お願いだからムチャしないで……」


「プリム……」


見つかればただでは済まない潜入をこなしているプリムに我が身を心配され、ウィスティリアはまたしても自分が冷静でいられない事に恥じ入った。上位ドラゴンの誰かを仕留めるなど、今の自分に出来るとは到底思えないし、下手に手出しすれば逆に悠の足を引っ張る事になるだろう。それならまだ大人しく隠れている方が邪魔にならないだけマシである。


「……分かった、やれる事はやるが、無理をして足を引っ張る事はすまい。私もまだ死ぬ訳にはいかないのだからな」


「うん! 大丈夫だよ、ユウは海王ネプチューン様より強いんだモン!!」


と、プリムはそこで自分が早く情報を持ち帰らなければならないと思い出し、鞄から各種回復薬を取り出して飲み始めた。


「んく、んく、ぷはぁ……んーっ! 元気出て来た!!」


ドラゴンの目の前で『龍水ドラゴンウォーター』を飲むのは微妙なシチュエーションだが、プリムは内容物が何かは知らないので、とても美味しい飲み物としか認識していない。美味しくない『魔力回復薬マナポーション』の後だとその味も感涙物だ。


「それじゃわたしは行くね!」


「あ、待ってくれプリム」


通気口に向かおうとするプリムを呼び止め、ウィスティリアは自分にもプラムドに伝えた情報を見せてくれるように頼んだ。


「いいよ~」


プリムは快諾し、針で地面に文字を描いて行く。それが終わるとウィスティリアに手を振って通気口から外へと飛び去って行った。


「ふむ……」


話にあった通り、残されたのはたった一語である。これが何を意味しているのか、ウィスティリアは残り少ない時間の中、頭を悩ませたのだった。




その日の夕刻、プリムは悠の元に帰還を果たした。


「ただいまーーーっ!!!」


「おかえり。今日は昨日より随分と早かったな?」


「へへー、この鎧がスゴいんだよ! これに力を込めて飛ぶと、いつもよりずっと速く飛べるの!!」


多少はくたびれているようだが、昨日よりずっと元気そうなプリムを見ていると準備した物が活用出来たようで悠も安堵した。何だかんだ言って心配なのは悠にも変わりはないのだ。


「では疲れている所を悪いが、早速聞いて来た事を教えてくれるか?」


「モチロン! えとね……」


プリムが持ち帰った情報を悠は一つずつ頭の中に刻み込んだ。決行日時、『龍角ドラゴンホーン』持ちのドラゴンの数、そしてプラムドに伝えた情報の結果などだ。


「ふむ……」


《全員同時に侵攻開始するのかと思っていたけど、プラムドにとっては不運な事ね……》


《しかし、攻め込む側の我々からすればまたと無い好機であろう。過信は出来んが、邪魔者は少ない方がやりやすいのだからな》


プリムの情報だと、『龍角』を持っているドラゴンは全部で30体ほどらしい。そしてヘリオン達を除いた殆ど全てがドラゴンズクレイドルで待機するという事だった。


それでも300近い数のドラゴンがドラゴンズクレイドルに残っている計算であり、警戒の目はそれほど粗くなってはいないだろう。


「……まずはハリハリに連絡を取るか」


悠は桶に水を張ると、先にアルトに呼び掛けた。


「アルト、聞こえるか?」


《……あ、ユウ先生。『水幕ウォータースクリーン』を用意しますか?》


「頼む」


《少々お待ち下さい》


短く連絡を終え、アルトからの返信を待ち、悠は桶の水に干渉を始めた。それはすぐに効果を発揮し、水面に屋敷の者達の姿が映し出される。バローやビリー達も帰還したらしく、外に出ていたメンバーは勢揃いしていた。


《お疲れ様です。情報収集は上手く行きましたか?》


「上々だ」


悠は情報を簡潔に纏め、ハリハリに伝えて行く。プラムドだけが先行するという情報にハリハリは少し眉を顰めたが、すぐに自分の考えを修正した。


《まぁ、予測通りに事が運ばないのは当然有り得る事です。しかし……》


ハリハリを一番悩ませたのは昨夜もたらされた巻物スクロールの一件である。昼に悠が島を見回ってみると同じ物を幾つか発見する事が出来た。


《……おそらく、その巻物をバラ撒いた者はユウ殿がそこに居ると確信している訳ではありませんね。それに近い物は抱いているのでしょうが》


「だろうな。それに、書いてある事もたった一語だ。それも読み解けなくても構わないという意図を感じる。他のドラゴンに発見された時の為の備えだろう」


《ならばそれはあまり気にしない方がいいでしょう。プラムド殿が上手くやってくれる事に期待するしかありません》


ハリハリの言葉に悠は頷いた。不確定情報に踊らされて作戦に組み込むのは危険であり、あくまで当初の目的に沿って行動すべきだった。


《では、明日の作戦を決めましょうか》


《基本的に潜入作戦でしょうね。幾らか数が減っているとはいえ、まともに全部を相手にすると時間が掛かります。それに、ウィスティリアさんの救出もありますし》


「ドラゴンが人質を使うとも思えんが、窮すれば何をするか分からん。先に解放しておいた方がやりやすいのは確かだ。戦闘の余波でドラゴンズクレイドルが無事に残るかも分からんしな……」


悠以外の者が言えば大げさな冗句として聞き流されていたかもしれないが、悠を深く知る者ほどその言葉をそのままの意味で受け取った。まだ誰も悠が本気で戦う所を見た者は居らず、ただ一人それを知るレイラは慎ましく沈黙を守り異論を唱えない。


と、不意に水面の映像が乱れた。


「何だ?」


《あれ、どうしましたユウ殿?》




《……神妙な顔をして面白そうな話をしているではないか。俺も混ぜて貰おうか》




乱れた水面が収まると、その半分を占領して不敵な表情が像を結ぶ。


全世界で誰よりもドラゴンを手玉に取った男は表情に笑みすら浮かべ、大仰に腕を開いて言った。


《全く、情報が揃ったのなら俺に連絡せんか。この真田 雪人をおいてドラゴンを殺す策を練るのに適格な人間などおらんだろうに》


悪戯を成功させた子供の様に無邪気に、そして残酷に雪人は嘯くのだった。

あけましておめでとうございます。今年一発目の投稿には何とか出したいと思っていた雪人が間に合いました。


本年も宜しくお願い致しますね。

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