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9-63 臥竜覚醒11

「……」


龍王はヘリオンの提案を吟味しているのか、思案の気配が伝わって来た。ヘリオンも形だけは恭しく龍王の返答を待ち、この状況で不平を漏らせば更に信頼を損なう事態に繋がるプラムドはそれに倣うより他は無く沈黙を強いられてしまった。


(くっ、最初からそのつもりだったのだな!! どうする、ヘリオンに監視されていては我々では抗う事は……!)


プラムド達とヘリオン達とでは戦力差が大き過ぎる。大将同士でも勝てず、質も数もヘリオン達が上だ。戦っても全滅は避けられないだろう。


唯一の望みは龍王がこの提案を蹴る事だ。全ての意志決定は龍王に委ねられており、ヘリオンにいかに理があろうとも龍王が退ければそれまでである。プラムドにはそれを願う事しかやれる事は無く、断れ断れと祈ったが、現実は非情だった。


「……いいだろう。1日くらいズレ込んでも構わん。プラムドよ、ミーノスを1日で落とせ。手を抜くような事があればその場でヘリオンに処断させるぞ。当然ウィスティリアも自由にはせん」


落胆を態度に出さないようにする為にプラムドは多大な精神力を要求されたが、何とかそれを押し殺して頭を下げた。


「疑いを持たれるのは心外ですが、それは働きで払拭致しましょう。ヘリオン達に暇だからといって手柄を横取りされては業腹ですからな」


危ない発言ではあったが、このぐらいは言わなければかえって疑われかねないと判断したプラムドがそう口にすると、案の定ヘリオンの目が嗜虐の色に染まりスッと細まったが、龍王は楽しげに応えた。


「フッ、よくこれまで牙を隠したものだな……ならば戦場での働きに期待しよう。ヘリオン、プラムドがミーノスを攻めている間は手を出すな。お前の嗜好を満足させる為にプラムドで遊ばせる訳にはいかん、いいな?」


「御意です」


どうやら強気に出たのは正解だったようだ。ヘリオンは表面上は慇懃に頷いているが、内心では舌打ちしている事だろう。龍王の目の届かない場所でプラムドに難癖を付けて処分するつもりだったのかもしれないが、龍王の言質があれば下手な真似は出来ないはずだ。


今のプラムドに出来るのは多少なりとも皆を守る方策を考え、時間を稼ぐ道筋を立てる事だ。最悪ヘリオン達と戦わなければならないにしても、それまでに稼げる時間は多ければ多いほど良いのだから。


知略に長けているとは言えない自分に出来るのはこの程度のものだが、ヘリオン達が居ない分、悠は戦い易くなるだろう。


「ならば解散だ。他の者達の攻略目標は明日のプラムドの結果を待って伝える。下がれ」


「「「はっ!」」」


龍王の命令は下された。人間とドラゴンの命運は、明日決する。




プラムドが一人奮戦している頃、プリムはウィスティリアの牢の中に入り込んでいた。通気口からそっと顔を出して中を窺い、ウィスティリアしか居ない事を確認してそっとその側に寄り添う。


「おじゃましまーす」


「ん? ああ、よく来たなプリム。……今日は随分厳めしい姿だが……?」


「えへへ~、ユウが作ってくれたんだよ!」


鼻先でクルクルと回るプリムにウィスティリアは相好を崩した。話す相手が居ない牢ではこうやって気の置けない会話が出来る相手はとても貴重であった。


「とても強そうだ。中々いい金属かねを使っているようだな」


「おりはるこんとか言ってたよ」


「ほう、オリハルコン……神鋼鉄オリハルコン!?」


声のトーンが上がりそうになるのをウィスティリアは必死に抑制し、まじまじとプリムの鎧を見つめた。ドラゴンにも神鋼鉄の伝説は伝わっており、財宝を好むドラゴンにはそれを所持する者も居るのだ。と言っても微量であり、ウィスティリアも一度しか見た事は無かったが、その目を信じるならプリムの装備は確かに神鋼鉄であるように見えた。


「なんとまぁ……」


水精族ニンフ用の装備に神鋼鉄を使う悠にウィスティリアに呆れにも似た感情が湧き上がった。これだけの量でも人間ならば一生暮らせるだけの財貨になるのではないかと思われたが、信じた相手には礼を尽くすのが悠という人物である。そう言えば自分も屋敷に招かれた後には料理や酒を奉仕して貰ったなと思い出し、ウィスティリアは首を振った。


「ユウらしいと言えばらしいのだろうな。どうやらあいつはプリムの事を心の底から信頼しているようだ」


「ふふん、当然よ! ユウの事は私が助けてあげるんだもん!」


「フフ、頼もしい事だ。……さて、話は尽きないが、今なら見張りもおらんから先にプラムドの部屋に行くがいい。そろそろ父上の下知も終わる頃合いだろう」


名残惜しいが、プリムの目的は情報収集して悠に伝える事だ。邪魔をしては悪いとウィスティリアはプリムを促した。


「うん、じゃあまた帰りにね」


ふわりと浮き上がったプリムはウィスティリアに手を振り、目的地であるプラムドの部屋に向かった。ウィスティリアも尾を軽く振り返し、そんな自分に苦笑する。


「同じドラゴン達よりも水精族に好意を感じるようでは、いよいよ私も変わり者に毒されて来たかな……」


だが、中々悪い気分では無いと、ウィスティリアはプリムの帰還を待って目を閉じた。




「じゃあ明日はプラムド達だけ先に行かなきゃいけないの!?」


「そういう事になってしまったが、逆に言えばユウ殿が戦うのに我々は邪魔にならないという事でもある。そう悲観したものでもなかろう」


憤慨するプリムにプラムドは取りなすようにメリットを語った。自分達の状況は悪いが、悠からすれば悪い事だけでは無いのだ。下手にプラムド達が近くに居ては悠も戦いにくいのである。


しかし、プリムの怒りは収まらなかった。


「プラムド達は大変じゃない!! ……やっぱりユウに言って先にプラムド達を助けて貰って――」


「いや、それはいかん。ユウ殿の目標はあくまで龍王とその側近達だ、軽重を取り違えてしまっては意味が無い」


プラムドは厳しい口調でプリムに言って聞かせた。悠が助力してくれれば非常に助かるが、ドラゴンは『心通話テレパシー』が使えるのだ。一瞬でヘリオン達を殺し尽くせないのなら、誰かからドラゴンズクレイドルに連絡が行きそれが伝わってしまうだろう。その時、全員が悠を狙ってくれればいいが、全面的な人間界への侵攻を招けばもはや悠にも対処は不可能である。


それに、プラムドの離反が知られればウィスティリアがどんな目に遭わされるかと思えば、プラムドには自分達の救出を優先してくれとはとても言えなかった。


そういう理由を語って聞かせると、プリムは渋々とではあるが、ようやく矛を収めた。


「むぅぅ~……!」


「大丈夫だ、我々もすぐにやられたりはせん。ドラゴンには翼があるのだから、しばらくの間は飛び回って逃げる事は出来るさ」


本当はそんなに簡単な事では無いが、こうでも言わなければプリムは納得しないだろう。逃げ回って稼げる時間は精々一時間か二時間か……。それでも、その時間は貴重な時間になるはずである。


「ともかく、ユウ殿には我らの方は助力無用と伝えてくれ。何もかもユウ殿に頼り切るようではどの道ドラゴンに先はない。この難局は出来る限り自分達の力で乗り切らねば」


「……分かった、ユウにはそう伝えておくわ。でも、ホントにちゃんと逃げてね?」


「ああ、勿論だとも」


プラムドはプリムに答えながら、自らの死の覚悟を固めていた。差し違えてでもヘリオンだけは自分がどうにかせねばなるまい。ヘリオンさえどうにかなれば他の者達は生きる目が出て来るはずだ。


「それと、ユウが聞いてきて欲しいって言ってた事を教えて欲しいの。決行日時は分かったけど、『龍角』を持ってるドラゴンがどのくらい居るのかと……」


針を取り出したプリムはメモを見返しながら地面に文字を書き写した。


「よいしょ、よいしょ……っと。ふぅ……これをプラムドに見て貰ってくれって。わたしには何の事だか分からないけど……」


「うん?」


地面に書かれた文字を見てプラムドは首を捻った。読めるようで読めないその字をしばらくじっと見つめていたプラムドはプリムにもう少し尋ねてみる事にした。


「……ユウ殿はこの文字について何か仰っておいでだったかな」


「ん~……あっ、確か昨日の晩に空から落ちて来た巻物スクロールに書いてあったって言ってたよ。あと、ユウにも確証は無いとか……」


「ふむ……」


文字自体は見覚えのあるものだ。だが、このままでは意味不明であった。


プラムドの頭に悠から伝えられた文字がクルクルと踊り……不意にプラムドは目を見開いた。


「なっ!?」


「わっ!? ど、どうしたの!?」


「い、いや……そんな、まさかそんな事が……! これはユウ殿が確証を持てないという意味も頷けるが……しかし……」


プリムの質問にも気付かないくらい、プラムドは大きな衝撃を受けているようだった。プラムドは悠もおそらく同じ衝撃を受けたからこそ確証が無いと言ったのだろうと悟り懊悩した。


「ねえ、プラムドってば!!」


「……プリム殿、ユウ殿には情報は確かに受け取ったと返答しておいてくれ。あくまで自分達は予定通り動く事にする。ヘリオン達を我々が引きつけている間にこちらを頼むと」


「ユウもプラムドも訳のわかんない事言って!! わたしにも分かるように教えてよ!!」


「済まないが時が無いのだ、それに全く意味の無い事になるかもしれん。だからこそユウ殿も私に見せるだけでいいと仰ったのだろう。情報は重要だが、読み違えると取り返しの付かない事になるからだ。明日になれば全てが分かるはず」


やはり意味の読み取れないプラムドの言葉だったが、その真剣さに押されてプリムは頷いた。


「わ、分かったわよ……ユウに伝えればいいのね?」


「ああ、それと……」


プリムにその他の情報を伝え、途中まで送ってからプラムドは足早に仲間達の所へ向かった。先ほどの情報をスピリオやクインクエットに伝えるべきか悩んだが、やはり自分の心の内に留めておこうと決め、明朝に備える事にしたのだった。

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