2-9 傷心の子供達
「怪我をしている子は大部屋に纏めて寝て貰っています。結構大きなお部屋でしたから、一人じゃ怖いっていう子達もそこに一緒に」
「そうか、ありがとう。恵が居てくれて本当に助かっている」
「い、いえ、そんな、私なんて何の力も無い子供ですしっ!」
「俺は自分には出来ん事が出来る人間は尊重する事にしている。恵は子供達の面倒をちゃんと見てくれたのだ。感謝するのは当然の事だ」
《ケイ、素直に受け取っておきなさいな。ユウが素直に感謝する事なんてあんまり無いんだから》
「え?あの、この声は・・・も、もしかして、レイラ様、ですか?」
レイラと話した事が無い恵であったが、竜騎士の相棒の竜の事は国の人間として当然知っていた。ましてや悠の相棒たるレイラは救国の立役者であり、竜達を束ねるリーダーでもある。おいそれと扱っていい存在では無いのだ。
《様なんて付けなくていいわ。これから長い付き合いになりそうだし、ね》
しかしレイラは余り持ち上げられるのは好まなかった。あくまで自分は自分の心に従って人間に与したのだ。同士ではあっても、支配者では無いのだから。
「で、でも・・・」
「レイラはあまり堅苦しいのは好かん。気軽に接してやってくれ」
悠にまでそう言われて、恵はようやく納得してレイラに語り掛けた。
「わ、分かりました。ではレイラさんとお呼びしてもいいですか?」
《ええ、いいわよ?よろしくね、ケイ》
「はい、こちらこそ、レイラさん」
そうして和んでいる間に一行は大部屋に辿り着いた。そっと扉を開くと、中からは小さな寝息が聞こえて来る。
「怪我をしている子は一番奥に纏めて寝て貰っています」
小声で話す恵に首だけで返答し、悠は足音を立てずに部屋を進んで行った。龍鉄の靴で木の床などの上を歩けばかなり大きな音が鳴るはずであるのに、自分より静かに歩く悠に、恵は改めてその技量と、そして優しさを再確認したのだった。
無言で子供達の所に辿り着いた悠は、三人の怪我の状態を確認した。
一番見た目に悪いのは、右手と右足を欠損している子供である。見ると手当ても杜撰で、傷口が壊死しかかっていた。
(レイラ、今全員に完全な治癒を行うのは無理だ。現状、命を繋ぐ為に、傷口の洗浄と応急処置を行う)
(了解よ、手早く済ませましょう)
『心通話』で会話して、治療方針を決めると、悠とレイラは早速取り掛かった。子供達はレイラが意識を落とした時から変わらずに少し苦しそうに眠っている。
悠の手が患部に触れ、傷口の洗浄と壊死した組織の除去、患部の癒着を済ませると、心なしか少女の寝息が軽くなった様な気がした。
続いて悠は全身に火傷を負った子供に手を付けた。組織から体液が流出し続けているせいで包帯が茶色く染まり、異臭を放っている。
悠はこのままでは脱水症状と感染症の危険があるとして、全身への応急措置を行う事にした。
(レイラ、全身を覆う様に『再生』を掛けてくれ。今は完璧に治さなくていい。あくまで応急措置だ)
(分かったわ。『再生』)
レイラは首肯と共に『再生』を起動させた。それによって発生した赤い靄が火傷の子供の全身を包み、数秒して晴れると、悠は包帯に手を掛けた。
傷口にくっついていると思った恵は思わず顔を背けそうになったが、包帯は下にある痛んだ皮膚と共に抵抗無く剥がれ、その下には綺麗な、とは言い難いが、新しい皮膚が再生していた。
(凄い・・・こんなに酷い火傷が治るなんて・・・)
恵は驚愕していたが、これでもあくまで応急措置である。綺麗に治すには、もっと慎重に、何度かに分けて治療を継続しなければならなかったが、現状はこれで支障無いはずだ。
包帯を取り去ると、眠っている少年に(包帯を取って初めて性別が判断出来た)毛布を掛けて悠は最後の子供に取り掛かった。ここまで10分ほどしか経過して居ない。
最後の子供――少女だった――は一見すると何の外傷も無い様に見えた。しかしその体は骨が浮き上がり、異常なほどに体重が落ちている。
悠は目視での診察は困難であると悟り、頭に手を乗せると、レイラに精密な診断を任せた。
(レイラ、この子はどういう状態だ?)
(どれどれ・・・・・・・・・この子、精神を酷く傷付けられているわ。そのせいで拒食症を引き起こしてる。異常に痩せているのはそのせいね)
恐らく、とても辛い目にあったせいだろう、痩せているせいで上手く年齢の判別は出来ないが、年頃の少女が戦争の真似事をさせられれば、この様になっても可笑しくは無かった。
(今はこの子には手を付けられんな。心残りだが、一端ここまでとしよう)
(ええ、今この子を癒すには時間も余裕も足りないわ。まずは全員保護してから治療しましょう)
そうして悠とレイラは一端治療を終え、悠と恵は再びそっと部屋を後にした。
部屋の外で悠は恵に今行った治療の結果を伝えた。
「とりあえず、これで命の危険は無いだろう。ただ、最後の少女は・・・精神を病んでいて、現状では手が出せん。拒食症を患っていてる様だから、食物も受け付けん。脱水症状を起こすかもしれんから、水分だけは与える様にしてくれ。全員確保したら治療に取り掛かる」
「な、治せるんですか?心を?」
恵がそう悠に尋ねたのも無理は無い。怪我ならばともかく、心などという目に見えない物をそう簡単に治せるとは思えなかったのだ。そして悠も確約はしなかった。
「必ず治すとは言えん。だが、最善は尽くすと約束する」
「お願いします。・・・あの子、多分私と同じくらいの年の子だと思います。それなのに、あんな・・・背負った時、まるで妹の明くらいしか重さを感じませんでした。これじゃ、あんまりです」
自分と比較出来たのか、涙ぐんで悠に懇願する恵。
《私も頑張るわ。だから恵、貴女も今日はもうお休みなさい。疲れているでしょう?》
「でも・・・いえ、分かりました。明日からも忙しいですもんね。今日は休みます」
まだ手伝うと言おうとした恵だったが、これ以上無理をして自分に何かあったら、結局困るのは悠だと思い至り、思い直して休む事にしたのだ。
「ああ、咲殿に恵の事は頼まれているからな。無理をされては困る」
「あっ、お、お母さんは大丈夫ですか!?」
突然消えた自分達を母はとても心配しているだろうと思った恵は思わず悠に詰め寄って尋ねた。
「ああ、大変心配していらっしゃったが、俺が間に合ったのも咲殿がすぐに軍に報告してくれたからだ。良き母上を持ったな、恵」
「ああ・・・良かった・・・お母さん・・・」
恵はその言葉に安堵したのか、急に体にどっと疲れが戻って来た様な感覚に襲われた。
「ありがとうございます、悠さん。これで安心して眠れます」
丁寧に悠に頭を下げる恵に、手振りで答えて悠は返答した。
「礼には及ばない。それに、そのうち話くらいはさせてやれるかもしれん。それまでは堪えてくれ」
「分かりました!楽しみにしています!!」
そうして恵は安らかな気持ちで床に就いたのだった。
医療知識はそこまで完璧では無いので、多少は目を瞑っていただけると助かります。
いや、医療漫画は大変好きなので嘘くさくならない様にはなっているとは思うんですが・・・