9-61 臥竜覚醒9
翌朝、プリムはテントの中で目を覚ました。
「んむ……ふぁぁ……」
「起きたかプリム?」
「ん……おはよ、ユウ」
「ああ、おはよう」
朝食の用意をする悠と朝の挨拶を交わし、プリムは枕元に置かれている自分専用の装備品の数々を見て顔を綻ばせた。やはりカッコイイ。
「ねぇユウ、後で鎧をつけてね」
「あまり早くから着けていると疲れるぞ?」
「大丈夫、だってこの鎧、見た目よりずっと軽いんだモン」
既にプリムのモチベーションはマックスのようだ。やる気が無いよりはずっといいだろうと悠も頷いた。
朝食を済ませ、足甲を自分で身に着けたプリムは小手と胸甲を悠に結んで貰っていた。
「んふふ~♪」
《動いちゃダメよプリム。……うん、いい感じね》
最後にヒュージロータスの葉で作ったマントを羽織らせ、細い糸を胸元で縛れば完全武装のプリムの完成であった。
神鋼鉄の針を抜き颯爽と構えれば、縮尺は違えど軽装の騎士に見えなくもない。
「んふ、ふふふふふ」
瓶に映る自分の晴れ姿を惚れ惚れと見つめて悦に浸るプリムを見ていると毒気が抜かれるようだ。陰謀策謀が入り乱れる世間と切り離されて生活して来た水精族は純粋さを失っていないのだろうか。
感慨を自分の胸に留め、悠はプリムに語り掛けた。
「プリム、昨日は説明している時間が無かったが、その神鋼鉄の装備は魔力……プリム達の場合は海気を込めると更なる力を引き出す事が出来るぞ」
「へえ! じゃあ試すわ!!」
悠の補足を聞いたプリムは早速身に着けた鎧と針に海気を通すが、それは魔力を通した時とは違った反応を引き出した。
「わっ!? 青くなった!!」
魔力を通した時は白く発光していた神鋼鉄が海気を通すと薄い青に染まったのだ。悠にも初見の現象なので判断は付かなかったが、とにかく試してみるしかないとプリムに指示を送った。
「プリム、遠くを貫くつもりで針を突き出してみろ」
「うん? えーっと……はあっ!!!」
戦闘の心得の無いプリムのがむしゃらな突きだったが、神鋼鉄はしっかりと効力を発揮し、針の先から青い刺突が伸び、プリムの視線の先にあった瓶の横手を見事に貫いた。
「わあっ!!! 何コレスゴイ!!!」
《水属性の力を帯びてたみたい。海気には最初から水の属性があるのかもしれないわ》
「どうやらそのようだ」
プリムの刺突の後を指でなぞると、悠の指にひやりとした感触があった。どうやら濡れているようだ。
「無色の魔力を込めた時は単純な破壊エネルギーに変換されていたが、特定属性の魔力やそれに類する力を込めた時はその属性の力として変換される特性があるのだろうな。海気はたまたま水属性を帯びていたからそれが色濃く出たのだろうが……魔力を特定属性に変える術を俺は知らん、またハリハリにでも聞いてみるか。上手くすれば戦闘の幅が広がりそうだ」
《伝説に謳われる金属っていうだけの事はあるのね》
神鋼鉄の新たな特性を垣間見た悠だったが、今はプリムにそれを教えて活用して貰うくらいである。
「プリム、その力は海気を消耗するから注意して使ってくれ」
「うん!! でも凄いね、ユウは何でも作れちゃうんだ!!」
「……まぁ、そこそこに長生きしているからな」
一万年をそこそこで済ませていいのかどうかは不明だが、手作業の習熟にもある程度の時間を割いた悠である、工作兵の真似事くらいは軽いものだ。
「今日聞いて来て欲しい事を言うからメモを取ってくれるか?」
「うん、いつでもどうぞ」
プリムが鞄からメモと筆記道具にしている炭の欠片を取り出して身構えると、悠は箇条書きにその事柄を挙げていった。
「まずは決行日時、それと『龍角』を持つドラゴンが何体居るか、そして最後に……」
悠は昨日拾った巻物を開き、プリムに掲げて見せた。しかし、それを見てもプリムは首を傾げ、悠に質問する。
「……ゴメン、ユウ、わたしその字読めないわ……何て書いてあるの?」
「いや、読めなくても構わない」
恥を忍んで聞いたプリムに悠は良く分からない答えを返した。当然プリムは益々首を傾げるが、悠は首を振った。
「この通りにメモしてプラムドに見せてやってくれ。俺にもまだ確証は無いのだ。昨日の晩に島に落ちて来た巻物だからな」
「何の事なのか分からないけど……とにかくプラムドに見せればいいのね?」
「ああ、それだけでいい」
意味が分からなくても見せればいいというのならプリムにも問題は無いので、プリムは自分のメモにその巻物に書かれている一語をそのまま写し取った。
「こうして、こうして……出来た!」
「よし。昨日はプラムドに便乗出来たが、今日は行きも帰りも自分だけになる。海気が尽きたら鞄の中の青い薬を飲んでくれ。疲れて動けなくなったら桃色の薬を、怪我をしたら緑色の薬を飲むんだぞ?」
「りょうかい!!」
針を斜め前に掲げて騎士風に返事をするプリムに悠は頷いたが、レイラが一言付け足しの提案をした。
《ユウ、せめて行きの途中まででいいから送ってあげたらどうかしら? 水精族は海の中ではそんなに海気を消耗しないでしょうけど、それでも多少の節約になるはずよ。『魔力回復薬』だって有限なのだから》
《少々過保護な気はするが……ユウなら海面に顔を出さずにかなりの距離を泳げるだろうし、いいのでは無いか? 海王の腕輪があれば途中で魔物に襲われる事も無いのだろう?》
レイラは海気の残量よりもプリムが心配だから提案したのだという事は明白だったが、スフィーロもそんなレイラの心情を思いやって賛成したので悠も一考し、やがて頷いた。
「……そうだな、帰りの事を考えれば温存出来る内は温存した方がいいか……。プリム、途中まで送らせてくれるか?」
「うん、いいよ!」
悠と一緒という事が何よりも嬉しいプリムであった。
「あはははは、らくちーん!!」
潜水で海中を進む悠の腰に括られた手製の籠の中でプリムは歓声を上げた。
それというのも、悠の泳ぐ速さが人間離れしているせいだ。プリムも水中ならばかなりの速度で移動出来るのだが、誰かに引っ張って貰って移動するのは初めての経験だった。おそらく、20ノット(約37キロ)は出ているのでは無いだろうか?
「水練は心肺を鍛えるのに効果的だったからな」
手で口を押さえ、ややくぐもった声で悠は答えた。口の中の空気を上手く使い、水中で音を伝播させる会話法である。つくづく多芸な男だ。
《この速度なら結局対岸まで送る事になるな》
小島とドラゴンズクレイドル本島までの距離は精々10キロ前後であり、15分ほどもあれば悠ならば泳ぎ切るだろう。念の為、腰にはホース状の魔物の皮が巻き付けられており、海面に顔を出さずとも呼吸出来るように準備もしてあった。
海中ではたまに魔物の姿も見かけるのだが、ファルキュラスのくれた腕輪のお陰で悠を敵と認識しない……というよりは悠の側に近寄って来ようとすらしなかった。どのような原理かは不明だが、強いて言えば竜気を拡散した時の魔物の忌避効果に近いと悠には思えた。もしかしたらファルキュラスと同格の相手ならば襲って来るのかもしれない。
そんな事を考えている間に悠の目に海面にそそり立つ岩壁が見え始めた。対岸に着いたのだ。
悠は岩壁に手を付くと、プリムの入った籠の口を開き、中からプリムを解放した。
「プリム、俺にしてやれる事はここまでだ。後は頼んだぞ?」
「任せてよ!! ちゃーんとお仕事してくるからね!!」
悠の顔をペチペチと叩き、その鼻先にちょんと口を付けたプリムは、元気を補充したとばかりに少し照れた笑みで悠の側から離れていった。
その姿が海面に上がって見えなくなるまで見送り、悠は腰に巻いてあったホースもどきを伸ばして肺の空気を入れ換えた。
「さて、長居は無用だ。腕輪の効果も確認出来た事だし帰るとするか」
《本当は待っていてあげたいくらいだけど……私達が見つかったら意味無いし、プリムなら大丈夫よね?》
《ああ、体の大きさに見合わぬ行動力のある娘だ。心配は要らん》
慰めにも太鼓判にも聞こえるスフィーロの言葉だったが、どちらからも異論は出なかったのだった。




