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9-60 臥竜覚醒8

「えー…………聞きたい事は沢山ありますが、今は置いておきましょう。いえ、凄く気になるんですけどね?」


《そうしてくれ。話すと長い上に関係が薄いからな》


関係無い事象はバッサリと捨て置く悠の報告に最初に思考が追い付いたのはハリハリであった。それでもこめかみを両手で揉み解して思考のチャンネルを切り替えなければならなかったが。


「……とりあえず今の所はワタクシの予想通りです。プラムド殿がミーノス攻略という貧乏くじを引かされるとは思っていましたし」


「重要なのは決行日ですね。残りの3体に散られると対処出来ません。プラムドさん達を遠ざけて、龍王と側近だけを上手く倒せれば当面の侵攻は防ぐ事が出来るでしょう。問題は……」


続いて立ち直った樹里亜がハリハリと頷き合う。


「ええ、問題は謎の女の仕掛けがこれだけだとは思えないという事です。これまでの例を紐解くまでも無く、必ずや何かしらの悪意が織り込まれていると見た方が良いでしょう。『変化メタモルフォーゼ』はそれ自体が悪用可能な物でしたが、あくまでも純粋な魔法です。となると『龍角ドラゴンホーン』に凶悪な仕掛けがあるとワタクシは睨んでいます」


「同感です」


頭脳担当たるハリハリと樹里亜の思考の進め方をアルトは頭に刻み込んでいた。正しい情報に基づいて理論的に思考を進めればここまでの洞察は可能なのだ。


《俺もその路線で間違ってはいないと思う。おそらく、『龍角』を持っているドラゴンは完全な敵となるだろう。幸いにもその数は少ないが、プラムド達には改めて注意を勧告しておこう》


「ユウ殿、プラムド殿の一派と協力して共に戦う事は出来ませんか?」


悠の力をハリハリは疑ってはいないが使える駒の少なさは如何ともし難く、そう提案した。


だが、悠はその提案に首を振る。


《プラムドの一派はそれほど高位のドラゴンは含まれておらん上に数も少ない。戦えば大部分はすり潰されて死ぬだろう。それに、プラムドが協力してくれるからといって配下のドラゴン達までこちらに好意的だなどと思わん方が良かろう。計画を明かせば他にも協力者を得られるかもしれんが、卑小な人間の手を借りるのを良しとしないドラゴンの方がずっと多いぞ》


「だろうな。私も何も知らぬ時はそう思っていた。かといってユウの力を事前に示す機会もないのだ、悪いがプラムドとウィスティリア以外には何も言わん方がスムーズに事が運ぶだろう。龍王側に漏れればプラムド達は粛正されかねん」


ドラゴンは皆一様に誇り高い種族である。それはひとえに種族としての強さに裏打ちされたものだが、だからこそ他者の施しを素直には受け取れないという事でもあった。人間に手助けを頼むくらいなら滅びた方がまし、或いは龍王を戴く方がましと考える離反者は必ず現れるはずだ。プラムドはあくまで例外的なドラゴンであり、基準としては考えられない。


《俺はドラゴンに恩を売りたいから助力する訳では無いからな。プラムドやウィスティリアの様なドラゴンは得難い存在で、最たる目的は例の女の意図を挫く事だ。俺個人が疎まれる事には何の支障も無いし、気に食わなければ襲えばいい。……無論、反撃はするが》


「ユウ殿の実力を見て尚向かって来るような頭の悪いドラゴンなんて――」


笑い飛ばそうとしたハリハリの視線がサイサリスにぶつかり、口元を凍らせた。――サイサリスはスフィーロの敵討ちの為に悠と再戦を試みた唯一のドラゴンである。


「……なぁハリハリ、骨とは案外簡単に砕けると知っているか? 私は頭の悪いドラゴンなのでついつい力加減を間違ってしまうのだがなぁ……」


いっそ妖艶にすら見える仕草でハリハリの細い首に手を回したサイサリスだが、瞳の中心に燃える光は烈しく、腕にはハリハリが動こうとしても微動だにしない膂力が込められていた。


「ぐぇぇ……し、失言でした……」


《そういう事だ。俺への怒りが恐怖を上回ればその限りでは無い。もっとも、龍王や側近の者達にスフィーロほどの人望があればの話だがな》


「今は事後の事を考えてもしょうがないですよ。ドラゴンに疎まれても野放しには出来ないんですから。プラムドさん達はやはり避難して貰っておくのが賢明だと思います。なるべく不確定要素は省くべきです」


恨み辛みを恐れて行動を躊躇うような軟弱な思考とは無縁の悠は樹里亜の言葉に頷いた。ドラゴンに干渉するのは目的を果たす為であり、ただのお節介では無いのだ。


《最悪、プラムド達以外とは殺し合いになるかもしれん。ならば最低限の個体数は逃がしておいた方が良かろう》


「手向かう者に情けは要らん。闘争とはそういうものだ」


サイサリスも全てのドラゴンを助ける事を悠に望んではいなかった。戦うならば死を覚悟するのは当然の心構えなのだ。


「プラムドさん達を安全な場所に遠ざけ、悠先生が龍王と側近を優先して倒す。策としてはシンプルですが、せめて『龍角』持ちの数は把握しておいた方がいいのでは?」


「そうだな……決行日時と並べて聞いておこうか」


「今日の所はそんなものでは無いでしょうか。詳細は明日情報を得たら詰めるという事で」


ハリハリがそう締めると、他の者達も頷き合った。


《ではまた情報が入り次第連絡する。アルトは俺から連絡が来たらハリハリに伝えて『水幕』を張って貰ってくれ》


「了解しました!」


悠がアルトに頷くと、『水幕』に映る悠の像がぼやけ、元の静水面を取り戻す。




コン。




「……む?」


ちょうどその時、何かが地面に当たる音が微かに悠の耳に届いた。気配を断ち、慎重に外に出た悠はその正体を突き止めるべく音のした方へと歩を進め、そこに落ちていたこの場には不釣り合いな品を拾い上げる。


《何かしら?》


「丸めた書類の様にも見えるが……?」


《誰がこんな物を……ユウ、迂闊に開くなよ、もしかしたら罠かもしれん》


「分かっている」


無人島であるはずのこの小島に突然こんな物が落ちて来るはずが無い。ここに悠が居る事を知っているのはプラムドとウィスティリア、それに仲間達だけであり、もし悠に連絡を取りたいのならば『心通話』を使うはずである。手紙をわざわざ届けるような真似はするまい。


使い捨ての魔道具の一形態である巻物スクロールならば発動状態にしておき、次に開いた者に効果を及ぼすという罠としての使い道があるので、まずは慎重に調べるべきだった。


《……魔力マナやそれに類する力は感じないけど……》


《だが、ここで開封するのも憚られるぞ? どこか安全な場所で確認すべきだ》


「うむ……」


悠は夜空を見上げながら頷いた。これをもたらした者の姿が見えないかと思ったのだが、悠の視力でも闇夜に何者の姿も発見する事は出来ず、地上に視点を移し思考を切り替えた。


「……ここでこうしていても始まらんな。一度地下に潜ろう、ファルの結界ならば大抵の事は隠蔽出来るはずだ」


もし高度な隠蔽が為されていて巻物を開いた瞬間、大きな光や音が出るようでは隠密行動に支障を来すと考えた悠はこの島で最も安全な場所で確認する事に決め、万一の為にぐっすりと眠りこけるプリムも起こさないように連れて地下を目指した。


途中で同じような巻物がもう一つ落ちているのを発見し、それも回収した悠は海王の腕輪で地下への入り口を操作し、手早くその巻物の中身を出迎えた海王と一緒に確認したのだが、そこに書いてあったのはたった一語だけであった。


――しかし、その一語に含まれる意味には、今回の騒動の根幹を揺るがすほどの巨大なメッセージが込められていたのである……。

内容はしばし秘密です。

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