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9-59 臥竜覚醒7

「くー……」


《あらあら、さっきまであんなにはしゃいでたのに寝ちゃったわ。やっぱり疲れてたのね》


《無理もない、何もかも初めての事ばかりだっただろう。恐ろしいドラゴン達が闊歩する中、プリムはよくやったぞ》


「ああ、想像以上にプリムは頑張ってくれたよ。俺達も気張らんといかんな」


大いに食べ、飲み、そして語ったプリムは悠の作った防具を身に纏ったまま夢の世界へと旅立っていた。意外な事にプリムは悠の作った無骨な防具類を殊の外喜び、早速装備させて貰っては騎士になったつもりで殺陣よろしくはしゃぎ回り、そして轟沈したのだった。まだ少年の心を失っていないのかもしれない。


悠の手はプリムの報告を聞いて再び動き出していた。水精族ニンフが使う瓶などを借りた悠はそこに『高位治癒薬ハイポーション』、『魔力回復薬マナポーション』、『龍水ドラゴンウォーター』を詰め直し、鞄の中に収めたのだ。これで今度の潜入は今回の潜入よりも若干楽になるだろう。


「だが、ハリハリの予想通りになったな。そのまま推移するとすれば、他の3国にそれぞれヘリオン、ルドルベキア、ストロンフェスらが送られると考えるのが妥当か?」


《わざわざプラムドをミーノスにって言うくらいなら、他の国にはそれ以外をという裏の意味に取れるわね》


《逆に考えるなら、ミーノスの警戒は要らんという事だが?》


「プラムドに派閥の者達を抑えられるならな」


プラムドは悠の力を知っているはずなので、ミーノスを攻めろと言われたからといって唯々諾々とそれに従ったりはしないだろう。そんな真似をすれば、悠はドラゴンを滅ぼす以外の選択肢を取れなくなってしまう。ただ、表面上従うフリは必要だ。


「ここから先はハリハリや樹里亜も交えて意見交換といこうか。アルトを介してだから少々時間を食うが……」


《あ、それなんだけどさ、ちょっと思い付いた事があるのよ。試してみてもいい?》


「構わんが……?」


《じゃあ桶に水を張って海王ネプチューンの腕輪に竜気プラーナを通してくれる? ファルとの通信機能と『心通話テレパシー』を組み合わせて蓬莱からの映像通信みたいに出来ないか、ずっと考えてたのよね》


ただ一方的に情報を伝えるだけならば『心通話』で十分だが、意見交換という事であれば多人数と同時会話出来なければ不都合であり、レイラは前々から『隔界のペンデュラム』の機能を再現出来ないか研究していたのだ。


しかし、解析特化では無いレイラには、その場にある訳でもない天界の呪物の解析は荷が重過ぎ諦めざるを得なかったのが、ここに来て近しい機能を持った魔道具と巡り合い、その熱が再燃したのだった。


《そんなに難しい話じゃないのよ、対象をファルからアルトに変更して、アルトを中継機アンテナにして繋げばいいんだから。中継機になれるアルト、ソーナ、シャロン、サイサリスの誰かが居ないと無理だけど……》


レイラは方角を慎重に確認し、桶の水を介して新たな通信魔法を試みた。




「うぐっ……あー、お茶が傷に染みます……」


「そうですか、その痛みを教訓にするといいですよ」


「嗚呼、お茶は熱いのにジュリア殿は冷たいなぁ……」


寝る前のお茶を啜りながら、ハリハリは痛む口内に涙を滲ませていた。昼の折檻の痛みはまだ体の節々に残っており、他の者達のハリハリに向ける視線は冷たい。


それはアルトですら例外では無かった。


「はぁ……ワタクシだって本当に反省しているのですよ? それなのにアルト殿ったら、さっきお風呂に誘ったら「一人で入ります」って……はぁ……」


「アルトだって年頃の男の子なんですから、気のある女の子の前で全裸に剥かれたらそりゃ怒りますよ。何でもかんでも許して貰えると思わない事ですね」


「猛省します……」


アルトに拒絶された事に割と本気で凹んでいるらしいハリハリに、樹里亜はそろそろ許してあげようかという気分になった。ハリハリとてアルトと自分の裸体を晒したくてわざとあんな真似をした訳でもあるまい。……多分。


「でも、悠先生が居ない時で良かったじゃないですか。もし居る時だったら私達の折檻どころじゃ無かったですよ?」


「こ、怖い事言わないで下さいよ。もしユウ殿が居たらワタクシ、は……」


震えてお茶に視線を下ろしたハリハリは、不意にそこに映る自分の像が崩れ、違う人物にすり替わるのを見てビシリと固まった。


《ハリハリ》


「ヒエッ!? ぅあっつーーーーーい!!!」


カップの中に映り込んだ悠が突然自分の名を呼んだ事に気が動転したハリハリは思わずカップを取りこぼし、中身を自分の膝にブチ撒けて椅子から転げ落ち悶絶した。


「ひぎいいいいいっ!! ひー、ひー、ゆゆゆユウ殿が、ユウ殿がああああああッ!!!」


「ど、どうしたんですか!?」


「か、カップの中にユウ殿が!!!」


ゴロゴロと転がるハリハリを見て樹里亜の脳内に赤信号が灯る。不味い、いくら折檻とはいえ頭に衝撃を与え過ぎたのかもしれないと思ったのだ。『高位治癒薬』で治るだろうか?


「ハリハリ先生、気をしっかりもって下さい。悠先生はそんなに小さくありません!」


「し、信じて下さいジュリア殿!! さっきまでこのカップの中に居たんですよ!!! そしてワタクシの名を……!」


そう言って空のカップを見せて来るハリハリを見て樹里亜はいよいよ猶予が無いと感じ、肩に手を乗せて床に寝かせた。


「……大丈夫です、ハリハリ先生はちょっと頭がおかしくなっただけですから。恵!! 『高位治癒薬』を持って来て!!」


「だーかーらー違うんですってばぁ!!!」


「一体何事?」


厨房に居た恵も広間の異変に気付き、手を拭きながらやって来た。そこではお茶で濡れた服を着たまま樹里亜に肩を押さえられるハリハリというよく分からない光景が広がっている。


「ハリハリ先生がおかしくなったの!!」


「え? ……それっていつも通り――」


「ひ、酷いケイ殿!!! この認識の齟齬が種族間の戦争を生むのだとワタクシは声を大にして訴えていきたいです!!!」


差別だ人権侵害だとギャーギャー騒ぐハリハリをどうしたものかと樹里亜と恵は持て余したが、そこに半裸で髪を濡らしたままのアルトが駆け込んで来て叫んだ。


「み、皆さん、ユウ先生から通信です!!! ハリハリ先生は『水幕ウォータースクリーン』を……って、何をしているんですか?」


……事実を知ったハリハリが大いにむくれた事は時間の関係上割愛させて貰おう。




「ほほう、海王ですか……確か、ワタクシが生まれる前からのお伽噺で聞いた事がありますね。海洋の支配者として君臨していたと言われ、近年の目撃例が皆無な事から大海蛇リヴァイアサンこそが海王なのだという説が支配的でしたが……しかも代替わりしているとは、何とも興味が尽きません。是非一度お会いしたいものですね!」


《長寿のエルフであるハリハリすら知らんのなら、その存在を知っているのは水精族ニンフ達だけなのだろうな。お陰で盾が壊れた》


ハリハリの『水幕』に映る悠は自分の小手を鞄から取り出し、盾が展開したまま仕舞えなくなった事を明かした。ファルキュラスの攻撃は熾烈を極め、稼働機構を持つ盾が歪んでしまったのだ。


「なんと!? 真龍鉄の盾をですか!?」


《中々とんでもない強さだったぞ。しかもまだ本気では無かったしな。存在が知れていれば世界五強の一角を占めているはずだ》


「「「……」」」


悠がこれほど誰かの力量を手放しに褒めるなど早々ある事では無く、他の者達なら瞬殺されていてもおかしくは無いと思うと全員が言葉を失った。


《まぁ、ファルの事は今は良かろう。それよりもこれらの情報を元にどう動くべきかを相談しようと思って連絡したのだ。どうだ?》


悠の言葉に思考が回り始めるまでにしばしの時を擁したのは仕方の無い事であっただろう。

ハリハリの扱いがドンドン下がっている気がしますが、後々挽回しますから!!

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