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9-58 臥竜覚醒6

《遅いわね、プリム……》


「……」


《レイラ、先ほどから同じ事ばかり言っているぞ。もう少し落ち着いたらどうだ?》


何度目になるか分からないレイラの嘆息をやや呆れた口調でスフィーロが窘めた。送り出した以上は待つしかないのだが、常に最前線で戦い続けて来たレイラにとってそれは苦痛以外の何物でも無いのだった。


《分かってるわよ。でも、あんなに小さいのよ? ドラゴンなんて掠っただけで死んじゃうかもしれないじゃない……》


「体の大小ではあるまい」


何事かの作業に没頭していた悠が視線を手元に固定したまま口を開いた。


「プリムは小さくても他人の為に奮い起こせる本当の勇気を持っている。俺達に出来るのは、信じて待つ事だ」


《その待った結果を色々知っているから心配なのよ。蓬莱での最後の戦いやアルトだって……》


レイラは過去の記憶に胸を痛めていた。蓬莱では悠をアポカリプスの前に消耗無く立たせる為に多数の将兵が鮮血で舗装された道を作り、アルトは悠の救助を信じて絶望的な時間稼ぎを買って出た。結果、彼らは傷付き倒れ、或いはもう二度と帰らない者も居た。


「プラムドやウィスティリアがむざむざプリムを犠牲にする事は無いだろう。もし危険があれば何らかの措置を講じるはずだ。もしくは発見されるのを覚悟の上で『心通話テレパシー』を飛ばすかもしれん」


悠は小さな金属片を折り曲げ、穴を開けて細い紐を通した。糸の材料はローランから貰ったケイブクロウラーの糸で出来たマントを解し、縒り直して作った物だ。


その隣にはヒュージロータスという、人間が乗っても沈まないし破れないと言われる強靭な植物の葉を切り抜いたものが置かれていた。そちらも既に紐が通してあり、サイズは違うが悠が何をしているのかは明白だった。


《……ユウだって心配だからそうやってプリムの装備を作ってるんでしょ?》


レイラの指摘通り、悠が作っているのはプリム用の装備である。神鋼鉄オリハルコンを龍鉄で挟んで布で包み、音が鳴らないようにして叩いて伸ばし、龍鉄のナイフで切り取って小手ガントレット足甲グリーブ胸甲ブレストプレートとして成形しているのだ。プリムの体のサイズはレイラに聞けばミリ単位以下の詳細なデータを得る事が出来た。


「無論心配だが、最低でももう一回はプリムに行って貰わなくてはならんのだ。今回は間に合わなかったが、出来る限り安全面に気を払うのは頼む側としては当然の配慮だろう」


防御力が皆無に近いプリムの身を守る為であるが、これが役に立つかどうかはプリムの帰還次第である。それでも悠の手が休まる事は無かった。


「他人にどれだけ強さを讃えられようと、所詮俺も一人の人間だ。体が2つある訳でも腕が4本ある訳でも無いし、協力してくれる者がいれば素直に有り難く思う。それに、いくら小さくて可愛らしかろうがプリムは確固とした人格を持つ生命であって、それは尊重されねばならないものだ。プリムは愛玩動物では無いのだからな」


悠はプリムが可愛らしいから一緒に居る訳では無く、悠の手助けをしたいという意志を尊重して一緒に居るのである。また、アルトの時はアルトが自分の思想に染まってしまい、実力以上の無理を自身に課したからこそ後悔したのだった。


《なまじ戦う力が無い方が潜入に専念出来よう。何でも自分達でやろうとするのはお前達の短所だと再三言われているではないか。ユウが自制しているのだから、相棒たるレイラもそれを見習うべきだと思うぞ》


ガラでもないと思いつつもスフィーロは繰り返しレイラの自制を促した。ここで動いてはそれこそプリムの気持ちが無駄になってしまうからだ。


レイラはしばらく葛藤していたが、やがてその言葉を受け入れた。


《…………ごめんなさい、ここで私が愚痴を吐いていてもどうしようも無いわね》


「レイラの気持ちは分かっている。お前は俺より情が深い竜だ。そういうレイラだからこそ俺も救われているさ」


《ううん、本当はユウだってすぐにでも助けに行きたいに決まっているのに我が儘を言っちゃったわ。スフィーロもごめんね》


《いや……我も故郷の事情に巻き込んで申し訳無く思っている。だが、より多くの同胞を救う為にもう少しだけ堪えてくれ》


スフィーロもこの状況が後ろめたいのだ。悠とレイラだけならばサッサとドラゴンズクレイドルに突入して交渉なり戦闘なりで話は済んでいただろうに、自分やサイサリスと関わりを持ったがゆえに策を弄する必要が生じ今に至るのだから。


だが、偶然であろうとも奇跡的に繋がった縁で助けたいと思える者達を助けられるなら、スフィーロもそれに縋りたいのである。そう思える程度にはスフィーロも変わり始めていたし、変えたのは恐ろしいほどの力を持ちながらも、力を至上としない悠とレイラだろう。


「よし、こんなものか。……やはりカロンやカリスの様にはいかんな」


一通り作り上げた装備を見て、悠は客観的な評価を下した。一応体裁は整えたが、やはり本職のカロン達が作り出す実用性とデザインの融合とは程遠いと言わざるを得ない。


《今は身を守れるという事が急務なのだ、無骨であろうとも実用性を優先すべきだろう。……むしろよくその指でこれだけ細かい仕事をしてのけるな。ドワーフどもにも引けを取らんのでは無いか?》


「軍人だからな。多少の道具くらいは自分でどうにかせんと務まらんよ」


指で硬度を確認しつつ、悠は出来上がった品々を並べて置いてみた。薄くしたとはいえ神鋼鉄の防具である、ドラゴンの攻撃は防げなくても、多少の気休めにはなってくれるはずだ。ヒュージロータスはマントに使って貰えばいい。


と、そこで悠は微かな気配を感じ取り、ふと顔を上げた。


《ユウ?》


「静かに」


気配の出所を探る為に外に出た悠は目を閉じ、耳を澄ませて辺りを窺ったが、聞こえるのは木々のざわめきや波の音ばかりで、生物の気配は……




「…………ぅ……」




ここ数日で聞き馴染んだ小さな協力者の息遣いを捉えた瞬間、悠は闇夜を切り裂いて駆け出していた。


今のレイラやスフィーロにもプリムは発見困難であり、探すのは悠の目と耳が頼りだ。素早く、しかし見落とし無くとは如何にも厳しいが、五感を研ぎ澄ました悠は確実に音の発生源へと迫っていった。


――そして月明かりの下。手にした針を杖にして歩くプリムを遂に発見し、一息入れた。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……こんなの、へっちゃら、だもんね……らくしょーよ、らくしょー……ぐす……」


自分に言い聞かせるように歩くプリムは疲れてはいるようだったが、強く前を見据えて進むその姿から弱さなどは感じ取れなかった。滲む視界を手で擦り、しっかりと一歩を刻んでいくプリムに2匹の竜は存在しない頭を垂れた。


《……どうやら、我々が考えるよりよほどプリムは根性があったようだな》


《そうね……認めるわ、私はプリムを甘く見てたみたい。あんなに頑張っているのに……》


「自省するのは後で良かろう。今はプリムを労おうではないか」


悠の意見に反対する者は誰も居なかった。


「プリム」


「うひゃっ! ゆ、ユウ!? な、なんでこんな所に!?」


「なに、そろそろ帰ってくる頃かと思ってな」


プリムはきっと弱々しい様子は見せたくないだろうと思い、悠は咄嗟に嘘を吐いた。カルマが下がったかもしれないが、誰かを思いやって吐く嘘で下がるのなら下がればいい。そんな事よりもプリムの気持ちの方が万倍も大事だと悠には思えたのだ。


「そ、そうなんだ……わ、私も散歩しながら帰ろうと思ってさ! だって月が綺麗なんだもの!」


案の定、プリムは手にした針を勇ましく突き上げて元気にアピールしたが足は疲労で震えていた。人間と歩幅が違うプリムには島の外周から歩いたのだとすれば相当な距離だっただろう。飛んでいない事を考えれば海気マリーンも尽きていると思われた。


「それはちょうどいい所に出くわしたな。帰って飯にしよう、美味い物を沢山用意してあるぞ?」


「甘いものってある!?」


「菓子は無いが、その代わりに甘い果実があるから好きなのを食べるといい」


「やったーーーっ!!!」


疲労もどこかへ行ってしまったと言わんばかりに喜びを露わにするプリムを悠はさり気なく手の平に導いた。こうして運べばテントまではすぐだ。


(……やっぱり絶対私よりユウの方が甘いわよ)


(そうか?)


(ああ)(うん)


(そうか……)


その評価を「甘んじて」受け止め、悠は手の上で盛んに捲し立てるプリムを連れて帰還したのだった。

高級品マントを解いたり神鋼鉄オリハルコンで防具を作ったりしている時点で悠としては甘々な対応だと思いますが、いかがか(笑)

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