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9-56 臥竜覚醒4

プラムドの口の中でプリムは唾液に濡れながらも、牙の間に針を挟んで必死に体を固定した。


「や~ん、ネバネバするぅ~」


「大丈夫か、水精族ニンフ殿?」


「ひゃっ!?」


喉の奥から轟く声にプリムの体が跳ねる。


「お、驚かさないでよ!」


「す、済まぬ、口の中の音量調節など初めての事なのでな。……このくらいなら大丈夫か?」


「うん、いいよ」


取るに足らない生き物に対しても協力者ならば横柄には接しないのがプラムドの美点である。口の中に飛び込んだ衝撃も舌で支えたのはプラムドであり、その誠意はプリムにも伝わったようだ。


「とりあえず私のねぐらに着くまで大人しくしていてくれ。そこなら水も用意出来るのでな」


「分かったわ」


プリムを口に収めたままプラムドは捕まえてきた魚を置き、誰も居ない事を確認してプリムを口の中から解放した。


「手荒になってしまい悪かった」


「もういいってば。ちょっとお水借りるね」


服の中にしまって唾液から守り通した鞄を置くと水溜めに体を浸し、プリムはほぅと一息吐いた。水精族にとって水は命の源である。


「しかし、あの場所が水精族の住処だとは寡聞にして知らなかった。昔からなのか?」


「まぁね。他にも住処はあるでしょうけど、わたし達が一番大きな部族だと思うよ。海王ネプチューン様のお膝元だもん」


「海王?」


プリムの話す事が初耳の話ばかりで質問を繰り返すプラムドだったが、人心地ついたプリムは自らの使命を思い出し身を乗り出した。


「そんな話は後よ後! それよりあなたの話を聞かせて!」


水溜めから飛び出し、プルプルと体を振って水気を弾いたプリムは鞄の中からメモを取り出して聴取体勢に入った。


「う、うむ……出来れば後で聞かせてくれ。まずは……」


真剣なプリムの表情に、後ろ髪を引かれながらもプラムドは順を追って話し始めたのだった。




「ふんふん、それで?」


「近い内に龍王直々に我々に下命されるとの事らしい。おそらく、いや、間違い無く此度の侵攻についてであろう。側近のヘリオン達と同等とはいかんだろうが、私もその場に呼び出される事になった」


「いつかは分からないの? どこを攻めるとかは?」


「分からぬ。他の3体は聞いているのかもしれんが、私は信用も信頼もされていないからな……」


プリムの質問にプラムドは丁寧に答えていった。派閥の規模に主だった実力者の名前、現状、ドラゴンズクレイドルの何処に誰が居るかなど、渡せる限りの情報をプリムに提示し、プリムもそれを書き留めていく。


それが終盤に差し掛かった頃に、不意にプラムドの居室(と言っても岩をくり抜いたあなぐらと表現すべきものであるが)に来訪者があった。




「プラムド、帰っていますよね?」




一度も訪れた事の無いはずの来訪者にプラムドの体がギクリと固まった。プリムもプラムドの様子から危険な来訪者の気配を察し慌てて地面に散らばるメモを掻き集め、鞄の中に詰めて行く。


「……何用か、ヘリオン殿?」


「用がなければこんな場所を訪れたりするはずがないでしょうが。全く、己の生真面目な性質たちが恨めしく思いますよ」


プラムドの許可も得ずズカズカと中に入って来るヘリオンの視線からプリムを背後に庇い、プラムドはヘリオンと対峙した。


「ちょうど先ほど帰って来るのが見えましたのでね、わざわざ私自らが伝えに来てあげたのですよ?」


自分を尾行していた癖に、それをおくびにも出さずいけしゃあしゃあとのたまうヘリオンの言い草にプラムドの心中に怒りが沸いたが、それを指摘しては自分の行動に後ろ暗さがあると疑念を持たれるかと思い黙って話の先を待つ事にした。


「……フッ、そう構えなくても結構、突然叩きのめしたりしませんよ。話というのは他でもありません、龍王様の下知は明日の正午からと決まりました。まぁ、プラムドに発言権などありませんが、直々にお言葉を賜る機会などもう一生無いかもしれませんから、精々行儀よくしておくのですね。プラムドの非礼のせいで下の者達まで迷惑を被っては可哀想でしょう?」


嘲るような口調のヘリオンからはそんな情けがあるとは微塵も感じ取る事は出来なかったが、自分の非礼の責任が他の者にも波及するという部分だけは確実に履行するだろうと思えたので、プラムドは頭を下げた。


「ご指摘痛み入る、十分に注意しよう」


「それと、もう単独で出歩くのは控えなさい。……無駄に勘ぐられますよ?」


むしろ感付いていると言わんばかりのヘリオンの口調だったが、プラムドも精神力を奮い立たせ、平静を装って答えた。


「忠告感謝する。勘ぐられて痛い腹など無いが、軽率だったかもしれん」


「ふむ……素直ですが、いつの間にか一皮剥けたようですね。以前は私と対峙すればオドオドと挙動不審になったものですが。立場が成長を促したという事でしょうか」


いつヘリオンが気分を害して攻撃を加えてくるかと戦々恐々としながらも一歩も引かないプラムドにヘリオンは部屋を見回し、更に念を入れて背後を確認してから笑顔で語りかけた。


「……本当は内緒なんですが、ご褒美にいい事を教えてあげますよ。明日の下知の内容の一部です」


「む?」


一体どういう風の吹き回しであろうかとプラムドは訝しんだが、ヘリオンが親切心でこんな事を言い出すとも思えず、おそらく悪い知らせだろうと身構えた。


「そんなに警戒しなくてもいいですよ。むしろ、プラムドにとっては願ったり叶ったりかもしれません。……これまでの偵察の結果、人族領域で最も強く抵抗が予測される場所はミーノスという国であると断定しました。お前がやたらと恐れるユウという冒険者も居ますし、裏切り者のサイサリスはともかく、あのスフィーロやダイダラスが敗れたとなればそこそこ戦える人族が居るのでしょう。ですから、ミーノスの攻略はお前達に譲ってあげます。ほぅら、嬉しい知らせでしょう?」


やはり悪い知らせだったかとプラムドは内心で嘆息した。スフィーロやダイダラスほどの高位のドラゴンが討たれたというのなら、同格以下の自分達は誰が死んでもおかしくはない。その中でも先陣を切らなければならない自分の死亡率が最も高い事は想像に難くなかった。


悠は味方だが、仕方無くとはいえ実際にミーノスを攻めたなら本気でドラゴンの排除に動くだろう。そうなれば全滅は必至である。


だが、不平など鳴らせる立場では無い事もプラムドは重々承知しており、口に出しては恭しく述べた。


「忠誠を示す機会を与えて頂き有り難く思います。必ずや人族を平らげ、勝利を献上するとしましょう」


「精々励みなさい、ここで生きていきたいのならね。それと、ここで聞いた事は誰にも漏らしてはなりませんよ。私はお前には期待しているのですから。……もし信頼を裏切るような真似をしたら……」


ヘリオンの笑みが消え、ドラゴン本来の暴力的な殺気がプラムドに向けられると、プラムドの背後から「ひぅっ!?」と蚊の鳴くような悲鳴が漏れたが、プラムドは尾を地面に擦ってその音を掻き消した。


「誓って誰にも漏らしません。明日も素知らぬままで通しましょう、それで宜しいか?」


「……いいでしょう、私も忙しいのでこれで失礼しますよ。今晩の内に下の者達をよく纏めておきなさい。今生の別れになるかもしれませんしねぇ……クックックッ」


幸いにもヘリオンには聞こえなかったようで、最後に皮肉げに背後のプラムドに目を細めて出て行った。


じっとヘリオンの気配を探り、感知外まで出てからもしばらく待ってから、プラムドはようやく息を吐いたのだった。

粘着質な悪役は厭らしいですね。

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