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9-54 臥竜覚醒2

「フフフ、プラムドの一世一代の啖呵か。それは是非ともその場で聞いてみたかったものだな?」


「か、からかうのはお止め下さいウィスティリア様。今思い返しても体が震えます……」


食事の差し入れという名目でウィスティリアの下を訪れたプラムドは大きな溜息を吐き出した。ウィスティリアやレイラの信頼に応えなければと激情に身を任せてはみたが、やはり性分に合わぬ演技にプラムドの精神は大いに疲弊していた。


「こら、弱音を吐くのは私の前だけにしておけよ? 一度吐いた言葉はもはや飲み込めんのだ。しばらくの間はお前に気を張って貰わねばならん」


「心得ております。慣れぬ役目であろうとも、ドラゴンの未来の為であればやり遂げましょう」


「それでいい。掌握にはしばし時間が掛かろうが、なるべく早く――」




「失礼、プラムドはこちらですかね?」




背後から掛けられた声にウィスティリアとプラムドは素早くアイコンタクトを交わし、プラムドは態度を改めた。


「……如何にも。一体何用か?」


プラムドが言葉を返すと、それを許可と判断したヘリオンがニヤニヤと厭らしい笑みを貼り付けて姿を表した。


「なに、お嬢様の御機嫌伺いのついでですよ。……おやおや、随分と美味そうな香りですね。最近血色が宜しいのもプラムドのお陰ですかな?」


「……プラムド、下げてくれ。たった今食欲が失せた」


「ああ、食べないなら貰っても? せっかくプラムドが骨を折って手に入れた品なのでしょう?」


厚かましく言ってのけるヘリオンにウィスティリアは顎だけで返答したが、内心ではヘリオンに対し油断出来ない気色悪さを覚えていた。


(プラムドの行動を見張っているのか? ……いや、まだ確信を抱くには至っておるまい。知られているならユウの事を放置するはずが無いからな、探りを入れているという所か。しかし、それがコイツの独断なのか、それとも……)


ウィスティリアの思考を余所に、ヘリオンはプラムドの持って来た料理に舌鼓を打ち、饒舌に喋っていた。


「やぁ、これは美味い!! こういうせせこましい事をさせると人族にも多少の価値を感じますよ!! すいませんねぇ、私だけ分けて頂いて。……いえ」


だが、ふと思い付いたとでも言いたげにヘリオンの目が細まり、ぬらりとした粘着質な物に変化した。


「そういえば……プラムドが一派を取り仕切る事になったとか? それもこの貢物のお陰という事か?」


「……下種な勘繰りはお控え願おう」


「……ほう? あの臆病者のプラムドがどういう心変わりかな? ……ああ?」


チラリと覗かせる凶暴性にプラムドは足を引き掛けたが、今ここで引いてはヘリオンに更に押される事になると気付き、気合いを入れて睨み返した。


「ドラゴンの行く末を案じて一念発起しただけだ。スフィーロ殿が居ない今、誰かが舵取りをしなければならんし、私より強いドラゴンが居ないのなら私が出張るしか無かろう」


「スフィーロの代わりをプラムドが? ……ハッ、似ているのは変わり者だって所だけだろうに、よっ!」


ヘリオンの尾が唸りを上げてプラムドに振るわれたが、プラムドも臨戦態勢だったお陰で自らも尾を振るい、何とか相殺して弾き飛ばす。


「ぐうっ!?」


「ヘリオン!! 突然何をする!?」


「騒ぐなよお嬢様、ちょっと群を率いるだけの力量があるかどうか試しただけじゃねぇか。……コホン。ま、一応及第点をくれてあげますよ」


「くっ!」


荒れた口調を普段の慇懃無礼な言葉遣いに戻し、ヘリオンは尾の衝突で痺れているプラムドに向き直った。


「近日中に龍王様より下知があります。その時はプラムド、お前も付いて来なさい。我らに遥かに劣るとはいえ、お前も一団を率いるつもりなら精々忠誠を見せるのですね」


「……了解、した」


「お前もいい加減ユウなどという輩を過大評価せずに龍王様に尽くしなさい。既に時代は変わったのです。ドラゴンとて野放図には生きられないのですよ。……では、失礼」


形だけは恭しく頭を下げ、ヘリオンはウィスティリアに持って来た差し入れを丸ごと口の中に納めて去っていった。


「大丈夫かプラムド!?」


「な、何とか……しかし、4番目の実力者でこれほどとは。体の芯まで響きました」


未だにビリビリとした衝撃による痙攣が収まらぬ尾を見てプラムドは唾を飲み下した。これは単独の実力行使でどうにかなる相手ではあるまいと、文字通り骨身に染みる衝撃であった。


「いや、よく耐えた。だが知らなかったぞ、プラムドがそんなに強かったなどと。馬鹿にしてくる奴らなど蹴散らせるではないか?」


「単に長生きしたからですよ。それに、力だけで物事を解決するのは好みません。それでは何の為に知性を持ち、言葉を操るのか分かりませんから」


「……本当にお前は変わったドラゴンだよ。それはむしろドラゴンでは無く人族の考え方だ。だが、変わり者同士は気が合うという。スフィーロ殿然り、ユウ然り、そして……私も然り、だ」


「時々思いますよ、私は生まれて来る種族を間違えたのではないかと。ですが、今の私はドラゴンで、故郷はこのドラゴンズクレイドルです。同胞の愚挙で故郷を失う訳にはいかないのですから、やれるだけやってみます」


自分の気性がドラゴンらしくないのはプラムドも重々承知している。だが、それでもプラムドはドラゴンなのだ。馬鹿な真似をして滅びに向かう同胞を思い留まらせなければならないのである。


「うむ、私はこの体たらくだ、プラムドに全てを任せる。差し当たっては父上の下知の場が正念場になるだろうな」


「やはり下知というからには……」


「ああ、人族領域への出征案を示すつもりだろう。と言っても大体の見当は付いているがな」


龍王がわざわざ惰弱な人間を殺しにこの場を離れるとは思えず、配下の3体をそれぞれ軍団長として各国に差し向けるつもりだろう。そしてプラムドにその場に来いというからには、プラムドもどこかの国を任されるという事は容易に推察出来た。


「ヘリオン、ルドルベキア、ストロンフェス……龍王。奴らさえ除けば、熱に浮かれている他のドラゴンの頭は冷えるだろう。雑魚は捨て置き、どうにかしてその4体だけは屠らねばならん」


「……」


自分の親を殺すと宣言するウィスティリアにプラムドは痛ましげな目を向けたが、それに気付いたウィスティリアは苦笑した。


「お前は本当に優しい奴だな、プラムド。……だが、誰を取り逃しても父上だけは絶対に殺さなければならんよ。元々強い上昇志向の持ち主だったが、あの女が来てから完全にタガが外れてしまった。呪物を取り上げても、また必ず世界に諍いの種を蒔くだろう。私は娘として愚かな父を許してはならないのだ」


「ドラゴンの業ですか……」


「かもしれん。……父上もまた、偉大過ぎる父の幻影に怯えておるのだよ」


過去に一度だけ、微睡んでいたウィスティリアの隣で龍王が漏らした事があった。




「恐ろしい……俺は本当に父の血を継いでいるのだろうか? どれだけ強くなってもあの父に比べたら塵芥も同然。たとえ父の倍の年月を生きようと俺は……!」




その声は聞き間違えようがない絶望感に満ちていたのだった。

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