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9-53 臥竜覚醒1

ドラゴンズクレイドル。数多のドラゴンが集い、その本拠地にして国の体を成しているその場所で、孤軍奮闘する一体のドラゴンが存在した。言わずと知れたプラムドである。


「美味い!!!」


ばしんと地面に尾を叩き付け、まだ若いドラゴンが舌鼓を打った。訝し気にプラムドの持ち帰った料理を眺めていた者達もそれを一口頬張ると、同じ様に舌を喜ばせて盛んに口を動かした。


「であろう? ドラゴンには料理という文化は無いからな。これは人族の中でも最高の腕を持つ者に作らせたのだ。ウィスティリア様が求めたのも不思議ではあるまい?」


「確かにな、こんな美味い物は初めて食ったぜ!」


「ふむ、甘露甘露。人族にも多少は見るべき者が居るではないか」


「『変化メタモルフォーゼ』も使いようだな」


「しかし……もうじき失われてしまう物だ」


和気藹々としていた広間がしんと静まった。龍王の求める人間の征服は間近に迫っており、人間はただの食糧に成り下がるのだ。


「……気に入らん……誇り高きドラゴンともあろう者達が数を頼みに弱小種族を攻め立てるなど!」


「然り。人族などどうでも良いが、ドラゴンは常に強者、弱い者共を蹂躙して楽しむ事など愚の骨頂!」


「だが、それをここで吠えても始まらんだろう? 我らは小勢で劣勢、しかも頼みのスフィーロ殿は……」


この場に集まったドラゴンは人間との戦争には乗り気でない者達だ。戦いを厭う者は少数だが、わざわざ徒党を組んで弱者たる人間を攻めるというのが気に入らないのである。


ドラゴンは何者にも縛られず自由に狩り、そして生きるというのが本来あるべき姿なのだ。


「居ないお方の事を言っても始まるまい。しかし、スフィーロ殿が居らずウィスティリア様も虜囚の身となれば、誰かがここを仕切らなければならん。そこで皆に相談がある」


沈んだ場の空気を切り裂くように、プラムドは覚悟を決めて集まった者達に告げた。


「しばらくの間で良い、私に付いてきてくれんか?」


「はぁ? とうとうボケたかジジイ?」


「腰巾着が強者が抜けて増長したか!?」


「貴様の様な腰抜けに群の長を任せろと? 冗談も大概にするがいい!!」


予想通り、プラムドの発言は激烈な反感を招いた。普段のプラムドであれば平身低頭して謝り倒したのだろうが、プラムドも死ぬ気でこの場に臨んでいるのだ。罵声を前にスゥと息を吸い込むと、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すかのように吼えた。




「喧しいぞ若僧共が!!! 集まって愚痴を吐く以外に使えぬのであれば貝のようにその口を閉じろ!!!」




これまで聞いた事の無いプラムドの怒声であり、放った事の無い咆哮であった。だが、ここを逃せば後が無いプラムドは逡巡も後悔も今だけは忘れて怒りに身を任せた。


プラムドは穏和なドラゴンである。他者との軋轢を嫌い、自らを主張する所を見た者はドラゴンズクレイドルには存在しない。だからこそ皆、プラムドは弱いドラゴンなのだと思い小馬鹿にしていた。


だが、ドラゴンが弱いなどという事は有り得ない。生まれながらにして強いからこそドラゴンはドラゴンなのだ。そしてプラムドはスフィーロよりも年長なのである。


ドラゴンは長く生きればそれだけで強くなる。それは鍛えなくても、だ。『龍角ドラゴンホーン』はその特性を強化する補助具であり、戦闘を厭わないスフィーロには追い抜かれてしまったが、本来のプラムドは出奔当時のサイサリスとほぼ同じ力量を持つⅤ(フィフス)のドラゴンなのである。


「私は戦いは好まんが、ドラゴンの未来が掛かっているとなれば話は別だ!! 戦うべき時に戦わないほど私は臆病者では無い!!」


怒りの竜気プラーナを放つプラムドに、威勢の良かった若いドラゴン達は思わず後ずさった。腰抜け、臆病者と呼ばれたドラゴンの姿はもはやどこからも感じ取る事は出来ず、雄々しくも誇り高いドラゴンの姿に集まった者達は息を飲んだ。


「私が気に食わんのならそれも良かろう。だが、ここで女々しく囀っていて何か進展はあるのか!? このまま意志の統一も無く、川を流れる木っ端の様に生きるのがドラゴンの流儀か!?」


自由である事と流される事は全く異なる生き方である。同じ様に見えても、そこに意志があるかどうかが重要なのだ。意志無く生きるのであれば、ドラゴンと言えど知性無き獣も同然だった。


「……突然威勢のいい事を言い出したが、ならばプラムドは龍王に逆らうのか?」


自失から立ち直った翡翠色のドラゴンがプラムドを詰問する口調で窘めたが、開き直ったプラムドは感情の命ずるままに即答した。


「今逆らっても主戦派に滅ぼされるだけだ。だが、一時的にでも私に従ってくれれば、私の命を引き替えにしてでもこの場に居る者達の命と誇りは守ってみせる!! 人族に攻め入るまでの間でいい、何も聞かずに私に付いて来てくれ!!」


誰かを守る。それはドラゴンには全く似つかわしくない行動である。ドラゴンが守るのは己自身であり、精々幼い我が子くらいのものだ。そんな事を大真面目に口に出すドラゴンは気が触れているとしか思えない。


だが、「あの」プラムドがこれまでの気弱な態度をかなぐり捨ててまで訴える姿は、確かにドラゴン達の心を動かした。


「今の今まで徹底的に戦いを避けていたお前にどんな心境の変化があったのかは知らんが……認めんと言ったらどうする?」


「言葉や物で済むのならそうしよう。だが、それでも足りぬなら力ずくでも従わせてみせる!」


殺気すら滲ませるプラムドにドラゴン達も反応して殺気を返すが、質問した翡翠色のドラゴンは暫くプラムドを睨み付けた後に呵々大笑した。


「クッ……ハッハッハッ!! いや、何百年も昼行灯を続けていたプラムドにこんな激しい所があったとは!! うむうむ、ドラゴンとはかくあらねばならんな!! 良かろう、しばしの間お前に従おうではないか!!」


「正気かスピリオ!?」


「おうともよ。スフィーロが居なくなって、いっそはぐれにでもなってやろうかと思ったが、プラムドがここまで言うのであれば俺は構わんよ。ドラゴンは強き者には敬意を払うものだ。好きに生きるのは本気になったプラムドがどこまでやれるのか見てからでも遅くは無かろう? 美味いメシも食わせて貰ったしな」


「なら、私も従ってもいいわ」


飄々と言い返すスピリオの隣に居た山吹色のドラゴンも賛意を表明した。


「お? クインクエット、お前が誰かに賛同するなど珍しいではないか」


「賛同する価値のある意見が無いから黙っていただけよ。でも、あのプラムドが戦う事も厭わず付いて来いっていうのはとても興味があるわ。何か秘めたる物が有りそうだもの」


物問いたげなクインクエットに、プラムドは小さく頷いた。


スピリオもクインクエットも共にⅣ(フォース)のドラゴンである。この場に居る者達の中では力を解放したプラムドに次ぐ強者である彼らの賛同は場の空気をプラムドの方に引き寄せた。


「さあ、文句がある奴が居るのなら俺が相手になろうぞ!!」


「私もよ。不満を吐くなら吐くだけの力を見せなさいな。それがドラゴンというものでしょう?」


両者の膨れ上がる竜気を前にして、そして何よりも本気になったプラムドにドラゴン達は一時的ではあれど、遂には旗印として仰ぐ事を約束した。


(ユウ殿、スフィーロ殿、レイラ様、私にも何とかやれました。もうしばしお待ち下さい、必ずや死ぬ気で彼らを纏め上げてご覧に入れます!)


想いも新たに、プラムドは悠の滞在する小島の方角に向けて誓いを立てるのだった。

破れかぶれのブチ切れ作戦でしたが、そもそもプラムドは性格的に戦闘を好まないのであって、弱い訳ではありません。本気で威嚇すれば若いドラゴンはビビるくらいの実力はあります。


やはりドラゴンは物より何より力が無ければならないのです。


……コメディーなら恵のご飯でドラゴンをテイムしてドラゴンテイマーにしてもいいんですけどね。あまりに絵面が惨めなので。


スピリオは若干テイムされかけてますが(笑)

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