9-51 曲者2
「では早速ですが……そこの女性について伺いたい」
マルコの他に、ケインにはもう一人この場に居る事に違和感を覚える人物が存在した。それは当然ルビナンテでは無く、先ほどから静かに席を暖めているオリビアである。
「道すがら聞いた話では聖神教大聖堂の跡地に建設中の建物は静神教とかいう新興宗教の聖堂だとか。ようやく聖神教が除かれたというのに、違う宗教がそれにとって代わるのでは意味がありません。しかもその教祖たる人物が城に入り込んでいるなど……聖神教の悪夢を繰り返すおつもりですか!?」
ケインの懸念はあながち的外れな心配では無い。オリビアを良く知らぬ者達は静神教を危険視する者が少なくないのだ。それだけ聖神教の爪痕は深いのである。
だが、当のオリビアは率先して反論しようとはせず、慎ましく沈黙を守っていた。
「……」
「……何か弁明したらどうか?」
「オリビア殿は弁明などしませんよ。自分の事に関しては能弁な方ではありませんからね。自分を語れば言い訳になります。代わりに、私が答えましょう」
オリビアが答えないのでマルコが代わりに口を開いた。
「まず静神教ですが、これは別にオリビア殿が求めたからあの場所を譲り渡した訳ではありません。帰ってきた民の嘆願によって作られているものです。人間、誰もが何物も頼らずに生きていける強い人間ばかりではありません。厳しい復興の現実を乗り越える為に信仰を求める民を退けるほど私は冷淡ではありませんが?」
「民が? ……いや、だからと言っても時期という物が……」
「今だからです。一番厳しい時期が今だからこそ必要なのですよ。復興が一段落し、余裕が出て来てから活動を始める宗教に何の意味がありますか? 艱難辛苦を共にし、率先して民の心身の労苦を軽減する気概の無い人物であれば私は許可など出しませんでした。実際、オリビア殿と静神教徒の方々は他の誰よりも仕事を選り好みせず奉仕活動として復興に尽力されています。聖神教が悪であったからと言って、現実に国の為に骨を折っている方をあなたは貶めるのですか?」
マルコが情義や縁を理由にオリビアを擁護するならばケインは反対の姿勢を崩すつもりは無かったが、実際の働きを評価してという事であれば強硬に反対するのは狭量であるかのように思われた。
「う、む……実際に尽力されている事には感謝致しますが、それでも王都の中心地を用意するというのはやり過ぎではありませんか? それに、やはり国政に関わるのは如何なものかと……」
「それぞれに誤解がありますね。あの場所は静神教の為だけに使っている訳ではありませんよ。オリビア殿が求めたのは悪天候の時でも礼拝出来る礼拝堂だけで、無駄に華美な施設は一切作っていません。……私が作った静神像は寄進しましたが、この近辺の石を自分で切り出した物なのでお金は掛かってませんし」
「忙しいクセに何をやってらっしゃるのですか……」
「魂の問題なのです」
静神像≒悠であり、自信満々なオリビアから設計図見せられたマルコはそのあまりに冒涜的で口に出すのも憚られる、吐き気を催すデザインを見て卒倒し、自作して押し付けたのである。……悠がモデルになっている宗教を邪教認定される訳にはいかないのだ。
「礼拝堂以外は冒険者ギルドとして利用するつもりの建物です。宿泊施設は冒険者と信者兼用で、オリビア殿の私室はありますがこの部屋の半分にも満たない広さでしかありません。そして国政への介入の件ですが、オリビア殿はここに話を聞きに来ているだけです。だから沈黙していらっしゃるのですよ。「復興には協力するが口は出さない」と実践されているのです」
マルコが言い終えるとオリビアは間違い無いと証明するように頷いた。自分自身を語る言葉は虚飾が混じると厳に戒めているのである。
「心配ならマルコの件も含めてデルモント卿が目を光らせておけばよい。民の心の支えという分を超えて増長するなら余も此度は容赦はせん」
バーナードにも静神教に対し同様の危惧は存在するのだ。信頼の置ける人物がその監視を担うというのであれば肩の荷が軽減されるのである。
両者に説得され、ケインもようやく矛を収めた。
「……畏まりました。ならば監察を務めさせて頂きましょう。しかし、この国で冒険者ギルドなど成り立つのですか?」
「それは――」
マルコの言葉を遮るように会議室に置かれていた水晶球がチカチカと瞬いた。
「おっと失礼。ちょうどその冒険者ギルドからですよ。このパターンはミーノスですね」
会議室の隅に置かれていた『伝心の水晶球』に歩み寄ると、マルコは魔力を流して起動させた。
「こちらはアライアット王宮のマルコです」
《こちらはミーノス冒険者ギルドのサロメです。……お話し中のようですが宜しいですか?》
「ええ、構いません。ちょうど冒険者ギルドについて話していた所ですから。しかし、ミーノスからの連絡という事はもしかして……」
《はい。ギルド長候補として捜索していたアルベルト様、イライザ様の両名を『戦塵』のビリーさんが連れ帰りました。説得の結果、アライアットでのギルド長就任の件をご了承頂きましたのでご報告です》
「よし!!」
サロメの報告を受け取ったマルコが拳を握り締めて喜びを露わにし、ケインを振り返った。
「ギルド長の算段も付きましたよ! 元Ⅸ(ナインス)の『隼眼』アルベルトと『千里眼』イライザを引き込めました!」
「その……私は冒険者の事を良く知りませんが、Ⅸと言うとどの程度の強さなのでしょう?」
《強さだけが冒険者の基準では御座いませんが、強兵で知られるアライアットでもアルベルト様に勝てる者は殆どいらっしゃらないと思います》
Ⅸにまで到達するには単なる腕自慢では不可能だ。ギルドに対して多大な功績を積まなければならないし、問題ばかり起こしているようではギルドもⅨに選出する事は無い。しかし、やはり実力が何よりも必要なのは当然である。
「この国は大きく人的資源を失いました。それを冒険者で賄う効果を期待しています。ギルドが稼働を始めれば復興も一段と加速する事でしょう。サロメさん、ミーノスでも近々アライアットで冒険者ギルドが開設する事を宣伝して下さい」
《ギルドに依頼という形になりますので依頼金をお支払い下さい。その代わり、経験豊富な冒険者もお貸ししましょう》
「流石にしっかりしてますね。分かりました、何事も最初が肝心です、後で金額を教えて下さい」
《はい。それと、バーナード陛下に伝言を預かっています》
「余にか?」
サロメと殆ど面識の無いバーナードは何事だろうかと首を捻ったが、サロメは一礼して用件を切り出した。
《通信で失礼致します。ビリーさん……いえ、ビリーウェルズ王子より伝言です。「もうじき帰ります」との事です》
「誠か!?」
《はい。……通信限界ですので取り急ぎになりましたが、これにて失礼致します》
水晶球が光を失い、思わず立ち上がっていたバーナードは感慨深い息を吐きながら椅子に掛け直した。
「ビリーウェルズ王子?」
「誰だ?」
ケインと年若いルビナンテは聞き覚えの無い名に疑問符を浮かべたが、事情を知るクリストファーがバーナードに代わって説明した。
「ビリーウェルズ王子はアライアット王家の末の王子です。当時、政争の激しかったアライアットから成人までと別の土地へと逃がされましたが、途中で災難に見舞われ行方不明となられておりました。おそらく死亡したのだろうと思われておりましたが、実はミーノスで生き延び、今は立派な冒険者として『戦塵』の一員として名を連ねていたのですよ。妹のミリーアン王女と共にね」
「まだ王族が居たのか?」
「ええ、しかもお2人ともⅦ(セブンス)の一流冒険者です。一目見れば陛下の血縁である事は一目瞭然ですし、それは陛下や王妃もご確認済みゆえ、成りすましの類ではありません。いや、悪い事の後には良い事が重なるものですな」
しみじみと頷くクリストファーが語り終えると、バーナードが勢い勇んでマルコに詰め寄った。
「という訳だから、余の側室を設けるという話は取り止めで良いな!?」
「別に側室くらい良いのでは?」
「余の歳を考えよ!! この激務の上、夜に若い娘相手まで出来るか!!」
誠に王の鑑のような発言のバーナードだったが、実際はその話が出てから微妙にパトリシアの機嫌が悪く、居心地の悪い思いをしていたのだ。王家の存続に関わるので口に出さない分、根が深いのである。
「仕方ありませんね、ならばもう少し基準を引き上げてビリーウェルズ王子の后候補として練り直しましょう。……ああ、そう言えばルビナンテ様も候補に入っていましたね」
「ハア!? き、聞いてねぇぞてテメェ!! オレにはちゃんと相手が――」
「ご心配なく、実物を見たらそんな気はまるっきり失せました。やはり王妃となられる方は野蛮人では無く、もっとお淑やかでなけれバッ!?」
遂に怒りが一線を越えたルビナンテによって殴り飛ばされたマルコはゴロゴロと床を転がり、そして沈黙した。
「オレにケンカを売るたぁいい度胸だぜ……テメェ死んだぞコラ?」
「こら、宰相を殺してはいかん。パトリオ様もボーッとしてらっしゃらずにお止め下さい」
「な、何故私が!? め、メルクカッツェ殿も控え……うわぁっ!?」
尚も追撃しようとするルビナンテに背後から組み付いたパトリオはルビナンテの膂力に全く抵抗出来ずにズルズルと引き摺られてしまい、それを見たクリストファーは大仰に落胆して見せた。
「おお、何と情け無い。男子ならもう少し頑張って頂きたいものです」
「クリス!! お前最近性格が変わっていないか!?」
「はて、近頃は歳のせいか物覚えが悪くなりましてな。しかも寄る年波で腰が……うっ、ゴホゴホ、やはりここは宰相閣下の副官に就任したケイン殿がお助けするのが筋かと」
「い、言われずとも!! メルクカッツェ卿、御前ですぞ、お控えわあああっ!?」
この狼藉を止めなければとパトリオの腰を掴んだケインだったが、一緒に引き摺られて行くだけで全く抵抗出来ずにクリストファーは肩を竦めた。
「……ま、時代を担う若者同士が打ち解けたようで何よりです。陛下、未熟者ばかりの上に曲者揃いですが、ビリーウェルズ王子が一人前になるまでもうしばらくお願い致します」
「はぁ……まぁいい、ここは人目も無いゆえな。お前ももう一踏ん張りしてくれ、アインベルク伯」
「御意に」
結局、その乱痴気騒ぎはバーナードに求められてオリビアが全員を捕縛するまで続くのだった。
アライアットもアライアットなりに上手く(?)やっているようです。
クリスがイイ性格になっているのは誰の影響ですかね……。




