9-50 曲者1
アライアットに視点変更です。
アライアット王都フォロスゼータは復興の真っ最中である。街を攻められたにしては破壊の爪痕は少ないが、それでも街の中心にあった大聖堂は消滅し、食糧を保存する倉庫も3つある内の2つまでが焼失、市民の家屋は貧困の為にそれ以前から荒廃気味であった。
民心を安んじる為、バーナードには素早い対応が求められていたが、とにかく問題が多く一人では手に余り、諸侯の協力が必須として、まずは信頼の置ける近隣の貴族を王宮に呼び寄せた。
筆頭貴族であるパトリオ・ノルツァー公爵と、避難民を受け入れていたルビナンテ・メルクカッツェ侯爵、旧ダーリングベル領で暫定的に領主を代行していた元貴族のケイン・デルモント領主代理、王国軍大将クリストファー・アインベルク伯爵、急速に信仰を拡大しつつある精神教教祖オリビア、そして……
「私がバーナード陛下より王国の立て直しを依頼され就任したマルコ・テルミットです。肩書きは一応宰相という事らしいですが、私にとって重要なのはマルコという名だけですのでマルコとお呼び頂きたい」
初めてマルコを見る者が多い中、ルビナンテが胡散臭そうな視線をマルコに向けて口を開いた。
「何だこのガキ? テルミットってどこの貴族だよ?」
「口が過ぎますぞ、ルビナンテ殿。陛下の御前です」
「あん?」
ルビナンテの無礼を窘めるクリストファーとルビナンテの間の空気が俄かに重くなったが、他の者がフォローする前に当のマルコが割り込んだ。
「まぁまぁ、別に構いませんよクリス殿。礼儀を知らぬ山猫相手に腹を立てるほど私は子供ではありませんから」
「今何つったテメェ!!」
瞬時に沸騰したルビナンテがマルコの胸ぐらを片手で掴み上げるが、マルコは涼しい顔で言い返した。
「野蛮で粗暴、おまけに礼儀知らずですか。所詮お山の大将という事ですね。ならば結構、私が気に入らないのならお帰り下さい。私にはやらねばならない事が沢山ありますので。……ユウ様も今のあなたを見たらさぞ落胆なさる事でしょうね?」
「っ!」
悠の、ひいては智樹の名を出されたルビナンテは怒りに震えながらも、何とか自制心を総動員してマルコを床に下ろした。
「…………失礼、した」
「マルコ、お前もその無駄に軋轢を生む態度は控えよ」
「……」
重苦しい空気の中、バーナードは説明の必要を感じて説明を付け加えた。
「ここに居る者達だけに言っておくが、マルコは余が王国の立て直しの為に雇った人間だ。テルミットは建国王を支えたと伝わる名家だが、今は絶えておる。とりあえず体裁を整える為に一時的に貴族として復帰させ、マルコはその血を継ぐ者として陰ながら余を支援していた、という事にしておいてくれ」
「……陛下、その言いようではマルコ殿はこの国と縁もゆかりも無い人物であると仰っているように聞こえますが……?」
「その通りですよ、デルモント卿」
ケインの言葉をマルコ自身が認めたが、ケインはマルコの台詞に顔を顰めた。
「私の家名をご存知のようだが、私はまだ身分を回復している訳では無い。敬称は不要に願おう」
「あなたの身分は既に書類上は回復されています。そもそも冤罪で奪われた身分ですしね」
マルコが真っ先に手を付けたのは国内に残る有能な人物の登用であった。まずは王国の手足となって働いてくれる人間を確保しなければならないと考えたのだ。
「それは……感謝する。だが、私はこの国の人間では無いあなたが政務を司るのは反対だ」
賄賂で心を動かされはしないと正面からマルコを否定するケインにマルコの顔が皮肉げに笑みを作った。
「流石は聖神教にも屈する事の無かったデルモント家の血を継ぐだけの事はありますね。大方、私が聖神教に代わって国政を壟断する事を懸念されているのでしょうが……それは杞憂と言うものです。むしろ私は早く復興を終わらせてこの国を出て行きたいのですから」
「何?」
疑問に揺れるケインの前で、マルコは夢見るような色を瞳に宿して語った。
「私が本当にお仕えしたいお方が私に「この国の復興に尽力せよ」とお命じになられました。私はそのご期待にお応えせねばなりません。そして、一刻も早くあのお方の側に……」
「ま、待ちたまえ! マルコ殿は王より優先する主人が居ると言うのか? 二君に仕えるなど不敬の極みではないか!!」
「私はバーナード陛下に一時的に雇われているだけですから臣下ではありませんね。ユウ様こそ私の主ですので」
しれっと答えるマルコに開いた口が塞がらないケインは他の者達を見回したが、大体皆事情を知っている風で意見しようという気配も無く、もう一度、マルコを問い質した。
「……ユウ様とは、今回の遠征で冒険者隊を率いていたという人物の事か?」
「然り。大慈悲の心をお持ちのユウ様はこの片田舎の荒廃した国土を哀れに思われ、下僕たる私にご下命されたのです。吹けば飛ぶような落ちぶれたこの国を立て直し、そこに住まう知恵少なき者達を導けと!! ユウ様がそれをお望みなら、私はこの人外魔境を何とか人の住める場所に――」
ゴス。
自分に酔って滔々と語り続けるマルコをバーナードは壁に立て掛けてあった槍の柄で叩き潰した。
「そこまでは言っておらんだろうが。いい加減アライアットを馬鹿にすると許さんぞ?」
「ぐ、ぅ……寝る間も惜しんで働く宰相になんたる……」
「いいから貴様は知恵を出しておればいいのだ。あまり言葉が過ぎる様なら王宮から追い出すぞ。それこそ、ユウはさぞ落胆しような」
「くっ!?」
両手で頭を押さえて涙ぐむマルコはどうみても叱られた子供にしか見えないのだが、その視線をシッシッと手で払ってバーナードはケインに向き直った。
「デルモンド伯、こやつは口も態度も悪いが、この国を立て直すという意志だけは本物だ。ここは余に免じて引いてくれんか? 実際、生活物資や兵糧の調達や政務の再開はこやつが居なければ今も滞ったままであっただろう」
マルコは宰相に就任するやいなや、疑問や不審の視線をまるで意に介さずに行動を始めていた。今回の戦争で聖神教に付いていた貴族は取り潰すか多額の金銭を国庫に納めさせ、その金銭を惜しみなく使って市民への一時金や物資の買い付けに回し、帰還した民の中から教養のある人物を選び出して暫定的に官吏に登用した。以後の働き如何で正式採用とするというマルコの言質もあり、官吏達の士気は高いのだ。
実際、フォロスゼータの王宮で働く者達は皆手にした職を手放すまいと身を粉にして働いており、それはここに来る途中にケインも目にしていた。
「……確かに、昔の王宮よりも勤勉な官吏を取り戻した事は認めます。ですが、それでもアライアットに忠誠など無いと言い切り、あまつさえ一個人を主と仰ぐ者が王に次ぐ地位にあるのは危険です。横領でも働いてその冒険者に貢いだりされては陛下の責任となりますぞ!」
「ユウ様は賂など受け取る方ではありません!!!」
「(こくり)」
「マルコ殿を弁護する訳ではありませんが、そういう事をなさる方では御座いませんな」
「私も保証しよう。むしろ、そんな金を持って行ったらユウに殺されるぞ?」
「あ~……そういう融通は全然利かねぇだろうな……」
「ノルツァー公爵と並んで余も保証してもいいぞ。なにせ、金貨10万枚の報酬を蹴った男だ。小金を得る為にマルコを遣わす様な小悪党とはモノが違う。これだけの貴族と余の言質があっても不服か?」
自分以外の全員に保証されケインは鼻白み苦悩の表情を作った。
「で、ですが……!」
「分かった、ならばデルモント伯、卿がマルコの副官を務めよ。こやつが国の為にならぬ事をしていると感じたならば余さず報告するのだ。お目付け役が人望の厚い卿なら他の者達も納得するであろう」
急にそう切り出され周囲の反応を窺ったが、他の者は特に異論は無いようで一様に頷いていた。
「ふむ……まぁ、有象無象よりは多少マシですかね……しかし、私は部下を遊ばせておくほど優しい上司ではありませんから精々頑張って下さい」
差し出した手をどうするべきかとケインは刹那の間に悩んだが、誰かが見張っていなければと使命感を奮い立たせ、その手を握った。
「私は上司の横暴を見過ごすほど寛容な部下では無いという事を肝に命じて貰います……マルコ様」
ミーノスとはまた一味違った緊張感を孕む主従関係がここに構築されたのだった。
ケインさんが非常に不憫枠臭いんですが。




