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9-48 掌の悪意1

居残り組です。最初はちょっとお堅い話から始まります。

「ドラゴンが攻めてくるとすれば、まずは何処からだと思いますか?」


「う~ん……」


貴族教育の一環としてハリハリから戦略を尋ねられたアルトは地図を眺めつつ知恵を絞り、地図の一点を指して答えた。


「やはり最も近いノースハイアの西岸からでは無いでしょうか? 斥候を放っていたという事はある程度地理的な情報は得ているでしょうし、そこを橋頭堡にしてジワジワと侵攻して……」


「「30点」」


同時に放たれたハリハリと樹里亜の採点は辛く、アルトの眦が下がった。


「半分以下ですか……」


「アルト殿の言う通りここを橋頭堡にするのはあり得る事ですが、それは相手が人間だったらと注釈が付きます」


「ドラゴンは飛べるんだから地理的な距離はあまり関係無いわ。私がドラゴンの立場なら戦力を一点集中するよりも全局面に同時展開を図るわね。500体居るって言うなら本拠地に100体残してアライアット、ノースハイア、ミーノス、小国群にそれぞれ100体も送り込めば陥落よ」


「はい満点」


樹里亜の戦略眼にハリハリが太鼓判を押すと、アルトはなるほどと頷いた。


「で、そうなると被害が計り知れない事になるから行動を開始する前に潰すのがベストよね。だからこそ悠先生は急いでドラゴンの本拠地近くに身を置いている部分もあるんでしょう。内部からの離反工作と早期警戒網としての役割を果たしているんだわ」


動き出して各地に散ってしまえば体が一つしかない悠には対処が困難である。であるなら、ドラゴンがバラけて行動する前に叩くのが最も理に適う行動なのだった。


「一応、各地に伝達はしてありますが、実際には対処のしようがありません。ドラゴンの指揮系統は……」


ハリハリが立ち上がり、ホワイトボードにサラサラとペンを走らせた。


「これまでに分かっている情報では龍王には3体の腹心が居て、他の大部分はそれに従っています。これを先ほどの推測に当てはめれば……」


龍王、ヘリオン、ルドルベキア、ストロンフェス、その他(非主流派)と書き、ハリハリは再びアルトに向き直った。


「はいアルト殿、彼らはどう戦力を割り振るでしょうか? 理論的に考えて2つは確定しています。お答え下さいな」


「えぇと……」


ざっくばらんな質問であるが、アルトが考えやすいように5つに分けている辺り、やはりハリハリは優しい教師だと樹里亜は顔を小さく綻ばせた。賢いアルトならちゃんと正解に辿り着くであろう。


「……まず、龍王はドラゴンズクレイドルを動かないと思います。手足として使える腹心が居るのならわざわざ出ては来ないでしょう。卑小な人間相手に功を誇るような真似はドラゴンはしないでしょうし、支配という目的が果たせれば良いわけですから」


「なるほど、ではもう一つは?」


「……」


龍王が残るという事は比較的簡単に予想出来たが、そこから先は少し迷いのある口調でアルトは言葉を続けた。


「……腹心の3体の内、誰がどこに攻め込むのかは情報が足りず分かりません。ですから、分かるとすればその他のドラゴン達です」


「ほうほう」


出来の良い生徒を誉める視線でハリハリは先を促した。


「龍王に対して忠誠が無くとも、彼らも自分自身や志を共にする者の為に働かなくてはなりません。ですから、信用出来ない彼らを本拠地に残すという選択肢はありませんし、戦場に送るなら最も被害が予想される場所に送ると思います。そして、人間社会で一番強力な抵抗が予測される場所は……」


アルトの指が少し迷ったが、決意を込めて地図の上に置かれた。


「最大の国家であるノースハイア……では無く、腹心に互する力の持ち主であるスフィーロさんを下し、アラマンダー、グリネッラという二次偵察隊を退けたミーノスです。ドラゴンの側からすれば主流派では無い彼らが消耗すればドラゴン内部の統制が取れますし、非主流派も自分達立場を悪くしない為に力を示さなければなりません。ならばミーノスを試金石として用いるのでは無いかというのが僕の予想です」


「「良く出来ました」」


声を揃えてにっこりと笑う2人を見てアルトはホッと胸を撫で下ろした。


「ドラゴンは偵察を出しているにも関わらず侵攻する気です。そこから分かるのは、龍王は猜疑心が強い割りに他者を軽視する傾向にあるという事でもあります。ユウ殿の実力を情報から正当に評価すればドラゴンでも決して侮る事は出来ない相手であると察せられるはずなのに、特にこれといって対応策を練っている訳でも無いのは、非主流派を使い潰すつもりかもしれませんね。それでも、100体からのドラゴンが居れば十分過ぎるほどに対処は可能だと見積もっているんでしょう」


「それだけ手にした力に自信があるのかも……。『変化メタモルフォーゼ』と『龍角ドラゴンホーン』がその拠り所かもしれません。でも、これを供与した人物の狙いは別の所にあったような気がします」


「……実は、ワタクシも同じ事を考えていました」


樹里亜の言葉にハリハリは声のトーンを落とした。


「どういう事ですか?」


「そうですね……アルト殿、率直に言ってドラゴンに『変化』の魔法は必要だと思いますか?」


「え? だって、彼らはそれを使って自分達の存在を隠して偵察を……」


と、口にした所でアルトは言葉を止めた。確かに『変化』を使えば外見上ドラゴンだと見破る事は普通の人間には出来ないし、実際偵察の役に立ったはずなのだが、ドラゴンは偵察の結果を重視してはいないのだ。これでは何の為に『変化』を供与されたのか分からない。


「はっきり言って必要ないわ。ドラゴンが圧勝すると考えているのなら『変化』は要らないのよ」


「ワタクシは最初、この魔法の事を聞いた時、「もしドラゴンが人間に化けてこっそりと街に潜んでいたらどうしよう」と思いました。一つの国に5体も入り込めば、あっという間にそこは陥落するでしょう。何食わぬ顔をして城の近くまで接近し、王を確認したら全力で殺せばいいのですから。空を飛んで襲うよりも確実に仕留める事が出来ます。恐らく、これを供与した人物はドラゴンにそういう使い方をして欲しかったのでは無いかと思うのです。ジュリア殿もそう考えたのでは?」


「そうです。『変化』は秘密裏に用いてこそ力を発揮する魔法だというのが私の結論ですが、ドラゴンはそういう使い方をしては来ませんでした。多分、自分達の力に驕っているんでしょう。もう一つの供与品である『龍角』が力を増大させるという効果があったのが良くなかったのかもしれませんね」


樹里亜もハリハリも『変化』をどう生かすべきかと考えた時、それは潜入であると考えた。人間に混じってしまえばごく少数の例外を除いて彼らをドラゴンだと看破出来る者は居ないのだから、テロでも暗殺でもやりたい放題である。


「ワタクシとルーレイの解析では『変化』自体は何の仕掛けも無い魔法でした。適性を要する魔法なのでルーレイには使えませんでしたが」


ホワイトボードの余白に『変化』、『龍角』と書き、ホワイトボードをペンで叩いた。


「ここで一つ、この魔法を供与した人物にとって誤算があります。ユウ殿の活躍で人間国家から邪悪な品々とそれを悪用する人物は取り除かれましたが、これらが全て残っていると仮定すると世界の状況が一変します。ミーノスは『殺戮人形キリングドール』と神鋼鉄オリハルコンの装備で身を固めた不死の軍団があり、それを供給する『堕天フォールンパウダー』が存在し、ノースハイアは『異邦人マレビト』を無制限に召喚する召喚器、アライアットは『吸魂ソウルスティール』と『天使アンヘルセーメ』、そしていよいよ追い詰められたら『大天使アルカンジェロ』で異形の軍団を作り出せます。アルト殿、これらが残っていたら、ドラゴンと言えど容易には攻めきれないと思いませんか?」


「っ!」


改めて提示されると、どれも一筋縄ではいかない代物ばかりである。これらが全て残っているとすれば、ドラゴンであろうともそう簡単には攻め切れないのではないかとアルトには思えた。


「これを供与した奴は人間の国家がドラゴンでも簡単には攻め落とせないと知っていたとしか思えないわ。ドラゴンであろうともこれだけの陣容を前にしては一度や二度は痛手を蒙るでしょう。その時こそ『変化』が生きるのよ」


「ドラゴンが馬鹿でなければ人間にも妙な技術が供与されているとその内気付くでしょう。そして力攻めばかりでは埒が明かないとなれば、多少知恵を働かせる者が『変化』を用いた潜入作戦くらい考えてもおかしくはありません。そうなれば戦争は泥沼です。人間は自分の隣に居る人間の事すら信じられなくなり、たとえドラゴンとの戦争に生き残っても今度は人間同士で自分以外の全てを殺す、血で血を洗う時代の幕開けです。……すぐに幕引きになるかもしれませんがね」


種族間を巻き込んだこの上なく壮大で、限りなく邪悪な計略にアルトの肌が粟立った。2つの種族を滅ぼさんとする底知れぬ悪意の存在が勇敢と称しても異論は出ないであろうアルトを怖気付かせたのであった。

あくまで考察ですが、ハリハリと樹里亜という2大頭脳派の考察ですのでアルトは信じきっていますね。

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