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9-44 誰よりも幸せな……8

ギィンッ!!!


初太刀が噛み合い、本物の火花を散らして刃越しに2人の視線が絡み合う。


「力比べじゃ分が悪いぜオッサン!」


「なぁに、まだまだケツの青いガキにゃ負けん、よ!」


ほんの少し押し込み気味だったバローの剣を、コロッサスの二の腕が膨れ上がって中間まで押し返した。ギリギリと軋りを上げる刃がまだ折れずに済んでいるのはこれが神鋼鉄オリハルコンの刀身だからだ。普通の鋼では2人の膂力に耐え切れず砕けてしまっているだろう。


(っ、これが四十路を半ば過ぎたオッサンの力かよ!? あの体勢から押し返せるのは経験の差か!)


(単純な腕力じゃ若干分が悪いか。全く、どんな修行をしやがったんだこいつは!)


鍔迫り合いの最中に2人は相手の力量をほぼ正確に掴んでいた。2人だけの力の確かめ合いならばもう十分なのだが、これは試合であり、今止めるという訳にはいかない。


「……なぁ、眼帯を外した方がいいんじゃねぇか?」


顔を真っ赤にして力を込めるバローがそれでも強がって挑発してみせ、コロッサスも余裕がある風に無理矢理笑みを作って応じた。


「外させてみろよ。この程度じゃまだ足りんな!!」


「負けた後に言ってろ!!」


バローの足が動き、コロッサスの足を刈り取る軌道を描いたが、コロッサスの持ち味は目の良さである。バローのローキックをヒョイと片足を上げて避けると、その足が水平移動に瞬時に移行してバローの腹に叩き込まれた。


「ぐっ!」


共に一本足という不安定な状態での打撃は体重も乗っておらず距離を離す程度の効果しか無かったが、まずはコロッサスに軍配が上がった。


今の攻防で分かる事は、やはり下馬評通りコロッサスの円熟さが若いバローを上回るのではないかという事実である。細かなステータスに差はあっても、それが致命的に開いていなければコロッサスの能力であれば十分に対応可能なのだった。


だが、コロッサスには無い物をバローも持っている。心の熱を力に変えて成長するのは若い者の特権であった。


(単純な剣術勝負じゃ騙されちまう。……なら、俺の全力を受け切ってみせろよ!!)


バローの剣が再び輝き、神速の横薙ぎがコロッサスに放たれる。


「『無明絶影』!」


薙いだ速度と同等の速度を維持したままの斬撃は最も回避しにくい腹の高さでコロッサスに迫るが、コロッサスに対し距離を空けて攻撃してもその体を捉える事は叶わなかった。


「ふんっ」


しゃがんで斬撃を紙一重でやり過ごすと、その斬撃は真っすぐに背後の結界に触れ、威力に耐えかねた余波が最前列で見物していたルーファウスとローランに迫る。


見物人から悲鳴が上がったが、兵士が2人を守る前に蒼凪がその前に立ちはだかっていた。


「『暗黒孔ブラックホール』」


魔力を帯びた斬撃を蒼凪の魔法が包み込み、光と闇が食い合って消滅した。


「お兄様、ご無事ですか?」


「委細問題は無いよ。ご苦労様、ソーナ」


腰を浮かし掛けたルーファウスとは対照的に深く椅子に掛けたままでローランはにっこりと笑いかけた。


「ろ、ローラン、君に妹が居たとは初耳だが?」


「魂の妹です、陛下」


「……何を言って――」


「た・ま・し・い・の妹です!!」


目の光が怪しいローランからルーファウスはそっと目を逸らした。人には踏み込んではならない領域があるのだろう。


「客席は『戦塵』のメンバーが保護しています、観客の方々はどうかご安心を。結界を突破しても皆様方に災難が降りかかる事はありません」


服の裾を摘み、可憐に会釈する蒼凪に観客はホッと胸を撫で下ろして席に付いた。若さに見合わぬ蒼凪の実力に感心し、声援を送る者すら居る始末だ。


「シャロンさん、観客席の方だけでも別に結界を作れますか?」


「ジュリアさん並みとはいきませんが、やってみます」


ビリーの要請を受け、観客席の前にシャロンの結界壁が屹立した。二枚の結界に阻まれれば、流石にバローの『無明絶影』でも真龍鉄で無ければ威力の殆どが殺がれるだろう。


こうした『戦塵』メンバーの働きすら観客にとってはよい余興になるらしく、繰り出される魔法に喝采を送った。


「この中の何人が彼らの力を理解している事か。詠唱も無くこれだけの魔法が使えるのは現状では彼らだけだ。学生諸君は是非とも目に焼き付けてくれるといいが……」


学校をサボっているであろう学生達にローランは寛容だった。机の上で勉強しているだけでは得られない物がここにはあるのだ。時が許せば生徒全員に見せたい所だったが、突然決まった事なのでローランに出来るのは見て見ぬ振りをする事くらいだ。当然、ボイコットした授業の穴埋めはして貰わなくてはならないが……。


「スゲェ……間合いも何もあったモンじゃねぇや……」


「今のを軽々とかわすなんて、ホントに人間かよ……気が付いたら結界を突破してたぜ?」


「あれを防いだ女性もただ者じゃありませんわ。流石『戦塵』の一員ともなれば、私達とそう変わらない歳でも実力の桁が違いますわね」


「コロッサスギルド長って現役じゃ無いんでしょ? それなのに信じられない強さだわ……」


「わ、私達が頑張ってもあんなに強くなれるのかな?」


「なれないと決め付けてやらねぇんならなれる訳ねぇよ。コロッサスギルド長だってバローさんだって、血を吐くような思いで鍛練したからあそこまで強くなれたんだ。それはユウ様やアルトだって同じなんだぜ……」


食い入るように2人の戦いを見つめるメルクーリオの目は他の誰よりも真剣だった。将来のミーノスを支えようと願うメルクーリオの想いは他の誰よりも強いのだ。


2人の戦いはそんな周囲の思惑に応えるように熱気を増していった。


「シッ!!」


バローの横薙ぎから逆胴に返す2連撃をスウェーと受け流しでやり過ごし、バローの体を僅かに大きく流したコロッサスは岩すら両断せんとする唐竹割りをバローの頭に振り下ろした。


大きく回避してはこのまま押し切られると判断したバローは無理な体勢から足がメリメリと悲鳴を上げるのにも構わず強引に背後に体をズラし、額にコロッサスの剣が掠めて鮮血が舞う。


その代償として隙を相殺したバローは今こそ最速の斬撃を放つ。


「っ、『夢幻、絶影』!!」


『絶影』の連斬という、普通の剣士なら斬られた事すら知覚出来ないであろう刃の嵐が襲い来る前に、コロッサスは回避より前に眼帯を毟り取った。


至近距離の『絶影』を完璧に見切った人間は悠以外に存在「しなかった」。……つまり、コロッサスは栄えあるその2人目として名を刻んで見せた。




フォフォフォフォフォフォン!!




バローの必殺技である『夢幻絶影』が残らず空を切り、バローの顔が驚愕に歪む。


「……最近知った事なんだがよ……」


体の各所から掠めた刃の出血を強いられたコロッサスの顔は対照的に不敵に笑みに歪められていた。


「俺の無くした方の目にはどうやら能力スキルが眠ってたらしい。魔力を流すと無茶苦茶に視力が上がるんだよ……『夢幻絶影』、確かに大した技だ。だが、初撃以降は段々速度が落ちてたぞ?」


バローの体がギクリとして硬直した。それはバローと悠だけが知る『夢幻絶影』の弱点だ。


あまりの早さに仕掛けられた相手は『絶影』の連斬にしか見えないが、『絶影』と言えるだけの速度を保っているのは精々最初の3回までで、それ以降はどんどん速度が落ちてしまうのである。コロッサスの体の傷もよく見れば3つだけであり、『絶影』以外の斬撃は完璧にかわし切った証拠となっていた。


コロッサスの目の良さは生来の物だが、殆ど機能していなかった能力の影響も僅かながらそれを後押ししていたのだ。この、動体視力を超向上させる、片目だけで発動する能力をエリーの協力で発見したコロッサスは『静眼サイレントアイ』と名付けた。……全てが静止した、静かな世界を垣間見る故に。


「俺に眼帯を外させた事は褒めてやるよ。間違い無い、お前は今、俺と同等の場所まで登って来た。……だがな、『隻眼サイクロップス』に両目を開かせて勝てると思うなよ」


「くっ、そがぁ!!」


気圧されたバローが放った斬撃は、バローらしくも無く集中力の欠いた散漫な斬撃であった。そんな気の入っていない斬撃がコロッサスに通じるはずも無く、コロッサスの体にめり込んだとバローが錯覚した刹那、バローの胴にコロッサスの剣の柄が深々とねじ込まれ、たまらずバローは背後に吹き飛ばされた。


「ゴハッ!?」


「無駄無駄、今の俺に適当に振って当たるなんて思うなよ。次に気のない攻撃をしやがったら……その腕、叩っ斬るぜ?」


「ハァ! ハァ! ハァ!」


バローは『天使アンヘル』と戦った時にも感じなかった感情が胸に湧き上がるのを自覚していた。胸を締め付ける焦燥感と、足元から這い上がる凍える様な冷気……人はそれを、絶望という。


(通じねぇ……俺の鍛えに鍛えた剣技が通用しねえ!!!)


正直に言って、バローは自分の力量がコロッサスに並んだと思っていた。いくらコロッサスでも至近距離からの『夢幻絶影』を回避出来るとは思えなかったし、精々大怪我をさせないように気を付けなければなどと、知らず知らずの内に上から目線でコロッサスの事を見下していたのだ。


しかし結果は惨憺たるものだった。『無明絶影』は軽々と回避され、切り札たる『夢幻絶影』は回避されただけで無く弱点まで指摘されてしまった。


無論、バローの引き出しにはまだ色々な技が眠っているが、そのどれを使ってもコロッサスの動体視力を上回れるとは思えなかった。それだけコロッサスは恐ろしいほどに進化していたのである。


「これが本気の斬り合いじゃ無くて良かったなぁ……なにせ、負けても死なずに済むんだ。……お前さ、ユウが側に居たら安心して戦えただろ? だって、負けてもユウが助けてくれるんだもんな? いやぁ、のびのびと戦えて羨ましいったらないぜ」


嘲るようなコロッサスの言葉にバローの心の震えがピタリと静まった。


「……おい、うっかり口を滑らせてっと殺すぜ……?」


「殺す? ハハッ、出来もしないのにデカい口を叩くなって。ユウが居なけりゃ『戦塵』なんて『六眼』とそう変わらんよ。死なないと思えば無茶も出来るよなぁ……この、甘ったれのガキが」


「うるっせええええええええッ!!!」


絶望を粉々に打ち砕く憤怒にバローの視界が紅く染まる。額の血が目に流れ込んだのだ。


力を取り戻した腕で思い切り剣を袈裟斬りに振り下ろし――咄嗟に半歩体をズラしたバローの左手が深々と切り裂かれた。

敗色濃厚です。コロッサスも強くなっていますから。

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