2-7 見渡す限りに屑ばかり7
「あれは貴様の娘か?」
その悠の質問は、更にカザエルを慌てさせた。
「む、娘は関係無いだろう!!た、頼む!!何もしないでくれ!!!」
「貴様はそうやって命乞いをする召喚者を助けた事があったかな・・・」
悠は言葉にも行動にも甘さが無い。必要とあらば身内の前ですら拷問を厭う気は無かった。
「お父様にそれ以上何かすると許しませんよ!!!」
当のサリエルは周囲が止めるのも聞かずに悠に向かって近づいて来た。
悠は視線の先のサリエルを興味深そうに見ている。何故なら、
「レイラ、初めてまともなのが居たぞ」
《それが子供っていう時点でどうかと思うけどね》
そう、悠の目に見えるサリエルのオーラはうっすらと青いのだ。余りに赤い者しか居ないので、もしかしたら『竜ノ瞳』が故障したのかと疑っていた悠は(能力は故障などしないが)、珍しそうにサリエルを見ていたのだ。
そして、人の親としてサリエルを庇おうとするカザエルに、悠はほんの少しだけ更正の余地を見出していた。だから悠は、サリエルに問う事にしたのだった。
「では、君に聞きたい事がある。返答次第では、君の様な子供であろうとも自分は容赦はしない。心して答えてくれ」
「・・・何でしょう?」
悠の近くまで来たサリエルは訝しそうに悠を見返した。
「君は何故自分がこの男にこんな所業をしているのか心当たりは無いのか?」
「お父様は王としてこの国を立派にお治めになっていると聞いています。お父様がその様な辱めを受ける謂れはございません!」
「そうか・・・良く分かった。君がただのお飾りの子供だという事が」
「なっ!?」
悠の冷たい返答に、サリエルは怒りの余り怒鳴る事も忘れて口をぱくぱくさせていた。
悠はカザエルに向き直ると、容赦無くカザエルに命令を下した。カザエルがサリエルに隠して来た事を、本人の口から説明させる事にしたのだ。
「おい、貴様。何故自分がこの様な事をされているのか、自分で娘に説明しろ。言っておくが、嘘も沈黙も認めん。もし嘘をついてみろ。親子揃って城門の前に屍を晒す事になるぞ。当然、娘からな・・・」
悠の目を見て、その路傍の石を見るような視線に、カザエルはこの男は言った事は必ず実行すると確信した。もし嘘をつけば、本当に自分と娘はここで殺されるだろう。
カザエルはサリエルにこれまで召喚した者達について教えた事は無かった。一番末の子供であり、自分を無条件に慕ってくれるサリエルをカザエルは溺愛し、またサリエルもカザエルを愛した。そんな純粋無垢な娘に、政治や大人の汚い部分は見せたくなかったのだ。他人であれば慈悲無く酷使してきたカザエルであったが、自分の娘だけは善良に育って欲しいと思っていたのだ。
「さ、サリエル・・・」
カザエルは観念して娘に事情を語り出した。それは今日受けた拷問の中で、最もカザエルの神経を痛めつけた。
事情を聞き終えたサリエルは呆然としていた。そんな事が行われていたなどという話は今まで一度も聞いた事が無かったのだ。
城の中から殆ど出ないサリエルに、カザエルは余計な情報を与えようとはしなかった。汚い部分を隠し、立派な王としての自分の姿と、そして裕福な国という情報だけを刷り込んで来たのだ。
しかし、いくら汚い部分を隠そうとも、それは見えないだけで、その裏にしっかりと存在しているのだ。カザエルはここに至って、遂にその部分をサリエルに見せ付ける事になってしまった。
「うそ・・・そんなのうそよ・・・」
「嘘では無い。君の父上は、何の罪も無い子供達を奴隷として異世界から召喚し、そして死なせ続けていた。この国が豊かなのは嘘では無いだろう。しかし、その豊かさを贖って来たのは、この男では無い。この国は異世界の子供達の血という養分を吸って、そしてここまでになったのだろう。どうして許す事が出来ようか?」
悠の言葉にカザエルは唇を噛み締めて項垂れている。娘に絶対に知られたくなかった国の暗部を知られてしまった。そして善良で純粋な娘はこの事を決して受け入れはしないだろう。
「ノワール伯。お父様の言っている事は本当なの?」
サリエルは蒼白な顔でベロウに問い掛けた。カザエルが脅されてこの様な作り話をしているのではないかという、一縷の希望に縋ったのだ。
しかし、返ってきた答えは事実を事実として返して来るだけの冷たい物だった。
「は、その・・・残念ですが、王の言う通りです・・・じ、自分も召喚の間で何人も召喚される者達を見て来ましたので・・・」
「そんな・・・そんな・・・」
サリエルは事実の重みに耐えかねた様に、その場に崩れ落ちた。子供で、しかもこの世の醜い事から隔離されて育ったサリエルは人の悪意に疎く、また耐性も無かった。
地面に力無く座り込んで涙を流し始めるサリエルを見るに耐えず、カザエルは悠に懇願した。
「た、頼む、私はもうどうなってもいい!しかしこの子は許してやってくれ!!この子は召喚にも国政にも係わり合いが無いのだ!!何も悪い事はしておらん!!!」
それを聞いた悠は冷たくカザエルに返した。
「王に帝王学を語るのも僭越だが、思い違いを正してやろう。王族に生まれて、国を知らんとは、それ自体が罪だ。自分がどうしてこの様な城に住み、人より豪華な服を着て、豪勢な美味い飯を食えるのか。蝶よ花よと煽てられて生きるなど、王族には許されんよ」
悠の言葉は極寒の大地の様に揺ぎ無く酷薄であった。悠は見てきたのだ。辛い時も苦しい時も、決して後ろを振り返る事無く歩み続けた一人の少女を。そんな存在であったからこそ、悠は年下であっても尊敬に値するその人物に膝を折ってきたのだ。そう、天津宮 志津香という皇帝に。
その言葉に二人揃って返す言葉も無い。カザエルは当然としても、サリエルとて無罪では無いのだ。王族とは、ただ不可侵な存在では無い。それはより多くの民を幸せにする義務を持っている。だからこそ、王族に生まれついたのなら、その生は民への奉仕に捧げなければならないのだ。それが嫌なら王族を名乗る資格は無い。
何の返答も無い二人に軽く嘆息し、悠は一度だけ慈悲を掛ける事にした。
「しかし、その娘が善良であるのは真実の様だ。だから俺は一度だけ猶予を持とう。三月後、俺はこの国に戻って来る。それまでにこの国を多少マシにして見せろ。王よ、俺の目をごまかせると思うなよ」
カザエルは悠の提案に一も二も無く頷いた。何かを要求出来る立場では無かったし、また悠がいつ気を変えるかもしれぬ。頷く以外の選択肢は無かった。
「そして、娘」
ビクっと体を強張らせるサリエルに悠は構わず告げていく。
「学べ、この国を、そして世界を。綺麗な物だけを見るな。この世は清い物と汚い物とが混ざり合った坩堝だ。清濁併せ呑んでこそ、世界の真実が見えてくる。だからこそ学べ。より良き王族となる為に」
「・・・わ、分かりました・・・」
サリエルも悠の言葉を首肯した。元々知性に乏しい娘では無いサリエルは、悠の言わんとしている事を理解していたのだった。
「では俺は行く。くれぐれも忘れるなよ。それと王よ、召喚した子供達は俺が預かる。あと、その子達の為の食料と・・・そこの男を借りるぞ」
そう言って悠はベロウに顎で指した。慌てたのはベロウである。
「え、そ、その、俺、いえ、私も行くのですか?」
「貴様には罪を償う機会をくれてやる。もし相棒の様な償い方が希望なら、今この場でやってやるが・・・」
クライスの惨状を思い出したベロウは吐き気を催し、なんとかそれを耐えると泣きそうな笑顔でそれを承諾した。
「あ、ありがとうございます。機会を与えて下さって・・・」
「精々励めよ。・・・俺は仏では無いからな。一度は許しても二度は許さん。絶対に、だ」
ホトケとやらの意味は分からなかったが、悠がもう一度自分を許す事は絶対に無い事を確信したベロウは青い顔で頷いたのだった。
「それと、この男は俺が無理やり痛めつけて従わせている。この男の家はそのままにしておけよ。一度はこいつに事情を説明しに行かせる」
「か、畏まりました・・・」
カザエルをそのままにしておくと、ベロウの実家が消滅しそうだったので、悠は予め釘を指した。その言質を取れた事にベロウもほっと胸を撫で下ろしている。が、続く悠のセリフにまた顔色を悪くするのだった。
「その際、どうしようも無い奴等ばかりであるなら・・・俺が矯正してくれる」
自分の一族を思い出して、ベロウは歯をカタカタと振るわせた。どう考えても五体満足で済みそうな者が殆ど居ない事に絶望したのだ。
ベロウに出来る事は、精々悠に上手く仕えて、その心証を良くする事ぐらいだった。
ここで誤解が無い様に言うが、これでもベロウはこの国ではマシな方なのである。召喚された悠に対しても特に痛めつけようとはしなかった。ベロウは異世界の品や金品には興味があったが、殊更人を甚振るのは好みでは無かったのだ。特に止めもしないので別に罪は軽くはならないが。
「ではな。俺の言った事を忘れるなよ。・・・それと、俺の名は神崎だ。覚えておけ」
そして悠はベロウとカザエルの怪我をしている方の手を両手を使って同時に握ると、その手から赤い靄が二人の怪我をした場所を覆い、何事が起こるのか恐れた二人が慌てて手を引っ込めようとした時には、傷一つ無い手が再生していた。
目を白黒させる二人だったが、当然であろう。部位欠損を治せる様な回復術など王であるカザエルですらお目に掛かった事が無いのだ。切り離された部位があればまだ可能かもしれないが、何も無い場所から生み出すなど、最早神の奇跡に等しい物だった。
これは竜騎士の回復術の一つである『再生』である。かなり竜気を消費するが、失われた部位の欠損すら回復させられる。ただ、少々時間が掛かるので、戦闘中に行うのは難しいが、そうでない状況ならこの上無い効果を得られる。他人を癒す時は更に倍ほど竜気を食うという欠点もあったが、今は『豊穣』の効果でその消費も半分に抑えられている。
それを成した悠は再びその背に翼を生やし、最早へたり込む二人には一瞥もくれずにベロウを片手に持って宙へと舞い上がり、ノースハイア城を後にしたのだった。
ベロウを仲間?にしました。何故サリエルじゃないんだ・・・
ついでにカザエルにも更正の機会を与えました。さて後にどう影響するのでしょうか。
最後に、悠が下の名前を名乗らないのは意図的です。