9-43 誰よりも幸せな……7
バローとコロッサスが剣を交える。その噂は燎原の火の如くミーノスの街を駆け巡った。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!!」
「おいおい、そんなに急いでどうしたってんだ? ハハ、祭りだからってあんまり浮かれてちゃ怪我するぞ?」
「こ、これが慌てずに居られるかよ!! い、今からギルドでコロッサスギルド長と『龍殺し』バローがやり合うんだぞ!?」
「な、何だと!? こ、こうしちゃいられねえ!! おい、店仕舞いだ!!」
「今の話は本当か!? クソッ、そんな見世物があるんならギルドは宣伝しておけよな!!!」
「世界有数の剣士同士の戦いなんて見ようと思っても見られねぇぞ!! 走れ走れ!!」
「おい、一応城にも知らせておいた方がいいんじゃないか?」
「そ、そうだな……じゃあ俺はギルドの方に行っているからお前が報告に――」
「あ、きったねぇぞ!! そんな事言ってお前だけいい場所で見ようって魂胆だな!?」
「う、うるさい!! 『隻眼』は俺の世代の憧れなんだ!! 年下は黙って言う事を聞け!!」
街を飛び出し、学校に波及するまでに殆ど時間を要する事は無く、兵士や剣士、冒険者を志す生徒達も次々と授業をボイコットして街へと走った。
「オランジェ先生には悪いが、こりゃ授業どころじゃ無いぜ!」
「アルトが師匠として尊敬してる剣士がやるってんなら一度この目で見ておかなきゃな」
「ちょっとあなた達!! こんな事していいと思っているの!?」
「そういうエルメリアも結局付いて来てるじゃない。固い事は言いっこなしよ、後で補習でもなんでも受けるしかないわね」
「いいのかなぁ……」
「大丈夫だ、行く前に俺がオランジェ先生に言付けておいた。休日の午前中を返上して補習してくれるってさ」
「「やるなメルクーリオ!」」
その噂はすぐに城にまで届けられた。
「なんだか騒がしいとは思っていたけど、私に黙ってそんな楽しそうな事をやるとは許せないね! ヤールセン君、ギルドに連絡を取って開始時刻を一時間遅らせてくれたまえ、私と陛下も見に行こうと思う」
「……あの、近日中に遠征していた兵士達が帰って来るのでとても忙しいんですが……?」
「うむ。……しかし、ミーノスの冒険者を束ねるコロッサスと、当代きっての冒険者集団『戦塵』のバローの試合となれば、やはり我々も見ない訳には行かないだろう。誠に遺憾だけど、これも仕事の内ではないかな?」
「陛下まで……分かりましたよ、もう……」
ミーノス全てを熱狂させる戦いが始まるまで、あと少し。
《入場料は最前席が金貨1枚、椅子席は銀貨5枚、立見席が銀貨1枚です。学生、子供は半額になりますのでご了承下さい》
「……結局面倒クセェ事になってやがる……おいコロッサス、サロメが商売してんぞ?」
「言うなよ、俺もこんな騒ぎになるとは思わなかったんだ……」
ミーノス冒険者ギルドはこれまで見た事も無いような黒山の人だかりに埋もれていた。これでも兵士が遠征に行っている分、いつもより人口は少ないはずなのだが、そんな事を感じさせないほど満員御礼状態である。
アーヴェルカインで庶民の娯楽は決して多くは無い。その為、剣士同士の戦闘などは良い見世物として親しまれており、それはフェルゼンの闘技場などからも窺えるが、これだけ著名な2人が人前で剣を合わせるなどという事は滅多にあるものでは無かった。
その理由としては、負けた方のリスクが大きい事だ。もし公衆の面前で敗北を喫すれば、それはたちどころにその人間の評価に影響する。剣に生きる者にとって「あいつは○○より弱い」と判断される事は大きな恥辱であり、オリビアやマーヴィンの様に命の危険にまで発展する可能性を秘めているのだ。
だが、ここは世界で最も早く倫理観が改められたミーノスであり、公正な王ルーファウスとそれを支える知謀の宰相ローランによって統治されている街である。裏社会まで監視の目を行き届かせているこの場所でそんな事をすれば名前が売れた瞬間から逆に命を狙われ続ける事になるだろう。
そもそも、そんな血生臭い事にならないようにローランはあえて2人の試合を無理矢理イベントに仕立て上げたのだった。
卓越した剣士同士が手合わせすれば、興が乗ってやり過ぎてしまう事もあり、それを抑制する為の観客である。
「別に殺し合いをする訳じゃ無いんだがなぁ……」
「別に外野はどうでもいいだろ。そんな事よりこれ終わったらⅨ(ナインス)試験の推薦くれよ。ギルド長自らが確認してって事なら文句ねぇだろ?」
「別に構わんぞ? ウチのギルドの推薦でⅨが生まれるなら願ったり叶ったりだからな」
「それを聞けて安心したぜ」
現在、ギルドの鍛練場のは一部が魔法使い達の魔法で取り除かれていた。観客が増え過ぎて収まり切らないので急遽広げたのである。
ざわめく鍛練場にサロメの拡声の魔道具で増幅された澄んだ声が響き渡る。
《現在、賭け率はコロッサスギルド長が6、『龍殺し』バロー氏が4となっております。賭け金の上限は金貨一枚、金貨一枚までとなっておりますので予めご了承下さい。尚、2人の試合後は元Ⅸの冒険者、『隼眼』アルベルト氏による弓の妙技の披露や『戦塵』メンバーによる余興も御座いますので、最後までごゆっくりお楽しみ下さい。そして冒険者を志す方は是非ミーノスギルドでのご登録を宜しくお願い致します》
「ちゃっかりしてやがるなぁ……」
「頼りになる補佐だよ。お陰で俺の仕事が終わりゃしない」
いつの間に交渉したのかアルベルトまでこのお祭りに引き出されたらしく、辣腕を振るうサロメにバローとコロッサスは苦笑を交わし合った。尚、賭けの仕切りはメロウズが請け負っており、人員の配置も完璧である。
「ま、やる事にゃ変わりがねえ。せっかくデカい結界まで張って貰ったんだ。派手にやってやろうや」
「後悔するなよ」
2人が持つ剣は模擬剣などでは無く、共に神鋼鉄の剣である。一瞬の受け違いが死に直結しかねず反対意見も出たが、模擬剣では再現出来ない技もあり、何より緊張感が無いままでは手合わせの意味が無いと当事者2人が譲らなかったのでそういう事になったのだ。
それでもバローは普段使っている真龍鉄の剣では無い分譲歩したつもりだ。『竜気装纏』から『無明絶影』でも使用すれば生半可な結界など断ち切ってしまうのだから。それでは本気の殺し合いになってしまうからこそコロッサスと同じ材質の得物に合わせたのだった。
《それでは両者、鍛練場の中央へ。賭けは試合開始の合図をもって受け付けを終了致しますのでお急ぎ下さい》
「さて、行くか。半年足らずでどの程度腕を上げたか見てやるよ、小僧」
「残念ながら一年半だよ。それも、とびきり濃密な一年半だ。腰を抜かすなよ、オッサン」
視線を合わせず、しかし両者共に獰猛な笑みを浮かべ、2人は鍛練場の中央に歩み寄ったのだった。
《ルールを説明します。勝敗は一本先取とし、一本の定義は相手の命を奪える場所への寸止めと致します。多少の怪我では止めませんが、くれぐれも熱くなってやり過ぎる事は控えて下さい。また、降参する事でも一本と見なされますので続行が無理だとお思いでしたら宣言して下さい》
サロメの言葉にコロッサスとバローが声では無く頷きで返答し剣を引き抜いた。日光を照り返して白く輝く美しい刃に見物客から溜息が漏れる。
コロッサスが腰溜めに剣を構えたのを見てバローは大上段に剣を構え、お互いに初手は決まったようだった。
火花を散らす剣気に会場が静まり返り、その緊迫感が最高潮を迎えた時、サロメの開始の合図が響き渡る。
《それでは……初めっ!》
「「はっ!!」」
同時に剣に蓄えていた魔力によって作られた斬撃がそれぞれの剣から放たれ、縦と横に交差して押し合い、相殺して吹き散らされた。
互角。その結果を予め知っていたとばかりに2人は地を蹴り、本身による斬り合いへと移行していくのだった。
無言で示し合わせての初撃、までで次話に。
予期せず国中の登場人物を巻き込む事になってしまいましたが……もう少し後にするつもりだったフラグも回収しようかなと考えています。




