9-42 誰よりも幸せな……6
結局その日はギルドで宴会となり、それは街の祭りと呼応して更なる騒ぎを呼び、街中を巻き込んだ大宴会となってノースハイアの人々を大いに楽しませた。バローやマーヴィンも前後不覚に陥るほど鯨飲し、ギルドの鍛練場で簡易的なトーナメントが開催されたが、決勝戦前にベロベロに酔ったバロー対素面のギャランという戦争の功労者同士の戦いはギャランの一投目を千鳥足で回避したバローが嘔吐して降参するという惨憺たる結果で幕を閉じ、バローは翌朝レイシェンに自分の反吐を掃除させられ、尚且つギルドでの全員の飲み代は自分が持つという誓約書を酔った勢いで書いた事を知って青くなった。……これは実家に戻るマーヴィンの荷物の中にこっそり忍ばせておく事にして足早にミーノスを目指すのだった。
「あったまイテェ……」
「全く、城でのパーティーに参加せずにギルドで酔い潰れる公爵など前代未聞だぞ?」
「貴族の方々は残念がっておいででしたよ。ノワール公は時の人ですし、誼を通じたい方々が血眼になって探しておりました。うら若い乙女達を袖にするとは中々罪作りな事ですな」
「探してたのは公爵の肩書きだろ。それに、温室の花は性に合わねえんだよ。ちっと厳しい環境になったら枯れちまうようじゃ迂闊に外にも出せやしねえ。俺は野に咲く清楚で芯のある高嶺の花を探して彷徨う愛の冒険者なのさ」
「酒が頭に回ったようだな。聞いているこっちが恥ずかしい」
ベルトルーゼににべも無く切り捨てられ、バローは肩を竦めて馬車の座席にもたれ掛かった。軽口だという自覚は本人が一番分かっているのだ。
「まぁ、上り調子の時に近付いて来る者など実際には信用出来る相手とはなり得ません。それでも愛想笑いで切り抜けるのが貴族の嗜みでしょうが、バロー殿は家の力など頼りにしておりませんからな。かと言って権力を笠に着てふんぞり返っているのもお嫌なのでしょう?」
「……次に聞かれたらそう答える事にするぜ。二日酔いで頭が割れそうだから俺は寝るぞ」
ジェラルドの言葉に茶化して答えたバローは顔にハンカチを乗せて表情を隠すと、すぐに寝息を立て始めたのだった。
ノースハイアからの出立の日だけは体裁を整える必要からベルトルーゼ達と馬車に乗ったバローだったが、次の日には別れ、一人で馬を走らせてミーノスへと向かっていた。ミーノス・ノースハイア間の街道は行きかう旅人や商人、それに冒険者で賑わっており、一人旅でもそれほど人恋しくなる事も無い。
「さて、ユウの奴は上手くやってやがるかな」
目下、ドラゴンの本拠地の喉元まで一人で旅立った悠の事を考えながらバローはミーノスの街を闊歩していた。こうして完全に一人になる事もそうそう無く、やはり自分には貴族として椅子にふんぞり返っているよりもこの方が性に合うのだとつくづく思い知らされた。
「ま、あいつの事だ、その内龍王の首で持って帰って来るだろ。それよりもビリーはちゃんと依頼をこなしたかな?」
少し気になったバローは一度冒険者ギルドに顔を出しておこうかと思い、足をそちらに向けた。ついでにⅨ(ナインス)試験の推薦も貰おうと考えたのだ。以前からコロッサスに打診されていた事だし、よい機会に思えた。
まだ冒険者達が全員帰還していないミーノスのギルドはそれほど人が多く無く、バローは勝手知ったる何とやらで受付のエリーの所までやって来た。
「よう、久しぶり」
「あっ、バローさん!? この度はおめでとうございます!! 今回の戦功で公――」
「しーーーっ!」
爵様になられたんですよね、というエリーの言葉をバローは手を当てる事で遮った。
「向こうのギルドでもう散々宴会はやって来たんだ、また騒がれるのはちょっと面倒クセェんだよ。それよかコロッサスのオッサンは居るか?」
「……ぷはっ……もう、強引ですよ? コロッサス様はただいま来客中ですが、『戦塵』の方々ですからお繋ぎしますよ。少々お待ち下さい」
「なんだ、いいタイミングじゃねぇか、頼むぜ」
バローがパチリと片目を瞑り、エリーが用向きを伝えるとすぐに了承されたらしくバローを手招きした。
「どうぞ」
「ありがとよ。そのペンダント似合ってるぜ」
「か、からかわないで下さいっ!」
バローの言葉に顔を赤らめて胸元のペンダントを押さえエリーが足早に戻っていき、可愛いもんだと満足したバローは一声掛けて執務室のドアを開いた。
「入るぜ」
「おう、ちょうどいい時に来たな」
「バローのアニキ!!」
「よう、お前さん達がここに居るって事は……」
部屋の中を見回し、バローは見慣れない一家に目を留めた。
「もしかして『隼眼』アルベルトと『千里眼』イライザか?」
「ああ、アルベルトだ」
「イライザよ。あなたは?」
「俺はⅧ(エイス)の冒険者バローだ。偉大なる先輩方に会えて嬉しいぜ」
バローが手を差し出すと、アルベルトとイライザは順に握手を交わした。
「偉大なる、とは少々大げさだと思うが……」
「アルベルト、コイツはトボケた野郎に見えるが、これでも現役の冒険者じゃ『龍殺し』なんて呼ばれてる最強クラスの剣士なんだぜ。しかもノースハイア王国の公爵様だ」
「っ!? これは失礼を!!」
「……ギルドの中で身分なんて詰まらん事を持ち出すなよコロッサス。ここは国とは相互不干渉って建前があるし、冒険者は実力主義だろ?」
急に畏まってしまったアルベルトに、バローは不機嫌な口調でコロッサスを窘めた。
「ハハ、そう怒るなよ。それでも隠しておく訳にも行かないだろ?」
「チッ……ま、そういう事なんだが、公式に貴族として面会する時以外は普通にしてくれよ。四六時中堅苦しいのは勘弁して欲しいんでね」
「あ、ああ……分かった」
随分と飄々とした貴族だなとアルベルトが面食らっている間にバローはビリーの首に腕を掛けて笑い掛けた。
「それにしてもビリー、こうして連れて来れたって事は、お前さんこの短期間に捜索と説得をやり遂げたって事だろ? やるじゃねぇか!!」
「っ!? あ、アニキぃ……!」
何気ないバローの言葉にビリーは驚き、人目も憚らず滂沱と涙を溢れさせた。
「うおっ!? な、何泣いてんだよ、気色悪ぃな!!」
「や、やっぱりアニキはアニキだ!! 俺は、俺は……!」
言葉にならない感動の理由がバローには分からずドン引きしていたが、他の者達はそれに思い至って互いに顔を見合わせて笑い合った。
「たまにはやるじゃん、バロー先生」
「うん、無駄に汚い髭を生やしてる訳じゃ無かった」
「汚くねーーーよ!!」
「最近の冒険者はこんなほのぼのした感じなの、コロッサス?」
「俺達だって似たようなモンだっただろ? 俺としてはお前がすっかり普通っぽくなってる方が驚いたよ。「私に許可無く触れると殺すよ……」とか言ってたクセに」
「む、昔話を止めないと殺すわよ!!」
バローが潤滑油となって会話が滑らかになったのはいいが、若干収集が付かなくなって来た所でサロメがパンと手を叩いた。
「さあ皆様方、積もる話も御座いましょうが、コロッサス様はご多忙です。順に予定を消化させて頂きますよ」
「おっと、そうだったな。……いや、待てよ……」
サロメに促されて椅子から立ち上がったコロッサスの視線がふとバローをフォーカスし、その口元がニヤリと笑みを放った。
「おい『龍殺し』、あれからちょっとは腕を上げたんだろうな?」
「誰に言ってやがる『隻眼』。人外魔境で磨かれた俺の腕をここに来た当時と同じだと思われちゃ痛い目見るぜ?」
「それだけデカい口を叩けりゃ上等だ。付いて来いよ」
笑みを深くしてコロッサスが顎で鍛練場を示した。
「俺が鈍ってるんじゃないのかってアルベルト達が疑うモンでな、『戦塵』相手に模擬戦でもと思ったんだが……ちょうどいいから剣士のお前が相手をしろよ。まさか逃げないよな、『龍殺し』?」
上下の振れ幅が大きくて慌ただしいですね。
しかし、次回はシリアスバトルです。




