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9-41 誰よりも幸せな……5

「話はお済みになりましたかな?」


「おぅ、ったく肩が凝るったらねぇぜ。早くケイのメシでも摘みながら一杯やりたいモンだ」


腕をぐるりと回して開放感に浸るバローだったが、マーヴィンにはそれに付き合う精神的な余裕は無く、声を潜めてバローに問い掛けた。


「……よもや、私の事で王より叱責を受けたりなどは……?」


「あん? 何言ってんだ?」


「今やノワール家は公爵家です。周囲に侍る人物にも気を使うでしょう。……私は半分犯罪者のようなものです。そういう人物が公爵の近くに居るのは王も懸念を持たれるのでは無いかと……」


身を小さくするマーヴィンにバローは呆れたまま口を開いた。


「あの陛下がそんなどうでもいい事を気にする訳ねーだろ。もし文句があるなら街に入る時にとっくに捕まってらぁ。いつまでもビビってんじゃねぇよ」


バローの言葉は根拠のない慰めなどとは無縁である。現在のノースハイアの警備機構は健全さを取り戻しており、不審人物が王宮に入る事は不可能だ。待合室とは言えマーヴィンが王宮に入れた時点でカザエルがマーヴィンを危険視していない事は明白なのである。


だが、この街でオリビア共々全てを失ったマーヴィンには俄にはその意識が拭えないのだった。


「しかしですな……」


「あーもー鬱陶しいな! ちょっとついて来いよオラッ!」


「な、何を!?」


礼服のままマーヴィンの服を引っ張って歩き始めたバローは王宮を出るとそのまま振り返らずに街に向かって歩き、マーヴィンは訳の分からぬままその後ろに付き従った。


一度街に出ればバローはちょっとしたスターであり、着ている服も相まってすぐに民衆囲まれた。


「ホラホラ、ちょっと通してくれ。俺ぁこの先に用事があるんだからよ」


にこやかに応じながら人波を掻き分け――その際、どさくさに紛れて若い女性の胸などを押しのけているのはわざとだろう――、マーヴィンも必死にバローの後を追った。マーヴィンに気付いた者は少なからず存在したが、そんな事よりも今をときめくバローの顔を一目見ようとする者達の方が圧倒的で、誰もマーヴィンに絡んで来ようという人間は居なかった。


やがて、街並みからバローが何処に向かっているのかに気が付いたマーヴィンはバローを止めようとしたが、スルスルと人並みを掻き分けていくバローに追い縋るのが精一杯で、バローが足を止めた時には目的地に辿り着いてしまった。


「ホラ、中に入るぜ」


「お待ち下され!! こ、ここは……!」


「うるせー、いいから付いて来いってんだよ」


マーヴィンに構わずサッサと中へ入っていくバローの背中に、多大な精神力を費やしてマーヴィンも目を瞑って中へと踏み込んでいった。


……追い出された古巣である冒険者ギルドの中に。




バローが姿を見せると冒険者達は歓呼の声で出迎えた。


「おっ、総大将のお出ましだぜ!!」


「お、おい、そんなぞんざいな呼び方していいのかよ!? 相手は貴族様だろ!?」


「冒険者ギルドに居るときゃ貴族もクソもあるもんかい。ここに居るのはベロウ・ノワール様じゃ無くて冒険者のバローさんなんだよ。そうだろ?」


「良く分かってるじゃねぇか。この姉ちゃんの言う通りだぜ、尻が痒くなるような呼び方は止めな。どうせ敬語なんて使い慣れてねぇ奴ばっかりだろうが、なぁ?」


バローがしな垂れかかって来た冒険者の尻を一撫でして言うと、ギルドの中に爆笑の渦が巻き起こった。口の悪さも手の悪さも良識のある貴族の中では眉を顰められる類のものであろうが、この場ではそんな事に頓着するような人間は殆ど居ないのだった。


そんなバローのずっと後ろでマーヴィンは息を潜める様にして居心地の悪さに耐えていた。幾人かの冒険者はマーヴィンに気付いたが、特に何を言うでもなくバローの方に集中しており、それが余計にマーヴィンの居心地の悪さを助長するのだ。


「それはそうと、ギルド長は居るかい?」


「ウチのギルド長は仕事の虫でいつもギルドの執務室さ。全く、一人にしておくには勿体無い美人だってのに、『戦塵』のユウのお手付きだって噂のせいで誰も手を出せやしないよ」




「それは誤解だと再三言っているはずですが?」




急に背後から冷たい声を浴びせられてギョッとして振り返った冒険者の目に、腕を組んで不機嫌そうなレイシェンの姿が映り、慌てて手を振って弁明した。


「で、でもキャスリンさんがそんな事を……」


「キャシー!!!」


「に、逃げました、もうここには居ません」


カウンターに向かって怒鳴ったレイシェンだったが、そこに居たはずのキャスリンは危険を察知して既に雲隠れしており、隣のカウンターの職員が自分の身の安全の為にすぐに白状するとレイシェンは深々と溜息を吐いた。


「後で酷いんだからね……!」


小声で呪いの言葉を吐き、レイシェンは表情を取り繕ってバローに向き直った。


「お帰りなさいませ、バローさん。この度の戦争の指揮、誠にお疲れ様でした」


「なぁに、冒険者隊を率いたのはユウであって俺じゃねぇさ。今回の戦争で一番手柄を立てたのも冒険者隊だったしな。お陰で俺は楽をさせて貰ったぜ」


「ご謙遜を。5万を超える軍勢を脱落者を出さずに行き来させるだけでどれほどの苦労があった事か。見事な指揮ですわ」


「流石ギルド長にもなると口も上手いな。うっかり口説いちまいそうだ」


レイシェンの肩に手を乗せて男臭い笑みを浮かべるバローに、レイシェンもにっこりと微笑み、これはいけるかと周囲の冒険者達は身を乗り出したが、


「ユウさんにご報告しますよ?」


「……前言撤回させてくれ、俺もまだ命は惜しい」


巻き戻しのように手を引っ込めたバローに落胆の声が上がり、バローも怒鳴り返した。


「うるせーぞ、お前らいっぺんユウに朝から晩まで扱かれてみやがれ!! ……ま、そんな事は横に置いといて、だ。実は謙遜って訳じゃねぇんだよ。頼りになる参謀が居たモンでな、随分と助かったぜ。……マーヴィン!!」


「は、ははっ!」


主人たるバローに名前を呼ばれては後ろで小さくなっている訳にも行かず、マーヴィンは頼りない足取りでバローの隣で俯いた。


「知ってるだろ? 元ギルド長のマーヴィンだ」


「……マーヴィン様……」


レイシェンの声を聞いたマーヴィンはビクリと肩を強張らせ、力無く首を振った。


「私は……儂は、もうそんな風に呼ばれる人間では無い。この場に顔を出す事すら恥ずべき事じゃが、ケジメは付けんといかんかの……」


バローの隣でマーヴィンはレイシェンに向かって深々と腰を折った。


「済まんかった。レイシェンだけで無く、このギルドの全ての者に儂は謝りたい。力に驕り好き勝手にして来たが、儂やオリビアの力など、一度後ろ盾を無くせば何の意味も無い矮小な物でしか無かったと骨の髄まで思い知らされたわ。儂らは何もかもを失うまでそれが理解出来んかった。儂はこのギルドを自分の力で作り上げたと思っておったが、実際は儂らこそがこのギルドに守られていたんじゃ。そんな思い違いをしている様では困っても誰も助けてくれんのは当然じゃった……」


人に助けて貰いたいのならば、人を助ける人間であらねばならない。都合のいい時だけ助けて貰おうなどという虫の良い話があるはずがないと、今のマーヴィンには痛いほどに理解出来ていた。


「レイシェン様、このギルドを宜しくお願い致します。儂はバロー様の下で一生償って生きて行くつもりです。孫のオリビアもユウ様のお叱りを受けて改心し、今はアライアットで復興に努めております。これまで様々なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした」


ギルドの中を沈黙が支配し、マーヴィンの懺悔だけが唯一の音としてその場に居る全員の耳に届いていたが、頭を下げたままのマーヴィンにレイシェンが語り掛けた。


「……こうしてギルド長を代行して初めて分かった事があります。多方面への仲介と交渉、書類の決裁、本部からの要請、日々の仕事の精査……慣れない私ではこのギルドを維持するだけで精一杯でした。どうやってマーヴィン様はこの仕事をこなしていたんだろうと真剣に悩んで泣いた夜もあります。確かにマーヴィン様は横柄で独善的ではありましたが、やはりギルド長になるだけの優秀な方だったのだと私は尊敬しています。今回の戦争でもマーヴィン様がどれだけ助けになった事か。既にこのギルドであなたを謗る人間は居りません。だって、戦争に行った者達は一生懸命働くマーヴィン様のお姿を見て来たのですから。そうでしょう?」


レイシェンが呼び掛けると、冒険者達は笑ったり肩を竦めたりしながらも拳を上に突き上げてそれに応じた。


それを見てバローは頭を上げられず体を震わせるマーヴィンの背中を叩く。


「マーヴィン、俺達は人間だ、誰だって間違う事はある。だがよ、間違ったからってずっと後ろを向いてたって先は見えやしねぇんだ。生きてる限りやり直す機会はきっとある。これがその証拠じゃねぇのか、ああ?」


「そうです。もし、また困った事があったらギルドを訪ねて下さい。ここには頼りになる冒険者達が大勢居るのですから」


バローとレイシェンの言葉にマーヴィンは生まれて初めて他人からの真心を感じ、遂に足から崩れ落ちて顔を隠すように平伏し、泣いた。


「勿体無い、お言葉です……!」


これこそまさに顔向けが出来ないという心境なのだろうと深く過去の自分に恥入り、マーヴィンは嗚咽を漏らし続けたのだった。

マーヴィンがバローの片腕を立派に勤め上げた事は既に伝わっていたのです。罪の意識の大きさからマーヴィンは罪悪感に苛まれていましたが、ようやく前向きに歩き出せるでしょう。

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