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9-39 誰よりも幸せな……3

翌朝、何事も無かったかのように現れたバローは全軍を纏め上げると王都へと発った。


「もう少し落ち着かれては如何ですかな?」


「ジジイになったらそうするよ」


マーヴィンの忠告を右から左に聞き流し、馬上のバローは大きく欠伸をした。昨夜は兵に混じって遅くまで飲み明かしていたので若干寝不足なのだ。


「ようやくノースハイアでの俺の仕事も一段落したしな、陛下への報告が終わったらマーヴィンは領地に戻ってレフィーを手伝ってやってくれ。俺は本業に戻るぜ」


「……本業は貴族のご当主ではありませんかな?」


「用意されてた仕事と自分で選んだ仕事は違うってこった。俺はこいつを振り回してるのが性に合ってんだよ。そろそろⅨ(ナインス)試験も受けたいしな」


腰の剣をポンと叩きのたまうバローにマーヴィンは溜息を吐く。


「Ⅸは冒険者としての到達点ですが、貴族よりも魅力的ですか?」


「魅力的に決まってるだろ。俺は金も女も好きだがよ、剣一本で自分の名前が世界に轟くんだぜ? 男に生まれて一度も憧れた事が無い奴なんざ居ねぇだろ。違うか、元ギルド長のマーヴィン殿?」


「……」


口元に笑みを作って尋ねるバローにマーヴィンは返答出来ずに沈黙を守った。マーヴィンも己の魔法の腕と頭脳を頼りに大国ノースハイアのギルド長にまで登り詰めた人間だ。その気持ちが分からないとは口が裂けても言えるものでは無かった。


「寄り道している間にユウの奴はⅩ(テンス)に王手を掛けちまった。これ以上遅れを取る訳にはいかねえ」


実は悠との差を結構気にしていたバローはこの戦争を区切りに冒険者としての頂点を目指したいのだ。最も長く一緒に戦って来た相棒として、などと言うのは照れ臭いが、それがバローの偽らざる本音であった。


「若い者は行動力が御座いますな。オリビアも自分の道を見つけたようですし、年寄りからすると目まぐるしくて付いてゆけません」


「だからってまだ隠居なんかさせねぇからな? とにかく人手が足りねぇんだ、死ぬときゃウチの領地で死ね。立派な葬儀を出してやるよ」


「……有り難くて涙が出そうですよ」


そんなたわいのない談笑をしながらバローは2日掛けてノースハイアの街に辿り着いたのだが……。




「……今、何と?」


「ベロウ・ノワール侯爵、卿をノースハイア王国公爵に叙する。……聞き違えるような事を余は言ったかな?」


「い、いえ、その様な事は……」


バローは何とかそう返したが、胸の内では突然の叙爵に衝撃を受けていた。


お祭り騒ぎの城下街を抜けて辿り着いた王宮でバローはカザエルに改めて戦勝報告を行ったのだが、カザエルは開口一番言い放ったのだ。ベロウ・ノワールを公爵にすると。


バローも自分への褒賞を考えなかった訳では無い。公爵へ叙される事も予測だけはしていたのだが、それはあくまで可能性の範疇に留まる話だと思っていた。


功績については比類無いものであるかもしれないが、バローは貴族の世界では若輩者もいい所で、もし強行すれば他の貴族の反発は必至であり、何より侯爵として過ごした期間が短過ぎるのだ。ほんの数ヶ月で伯爵から公爵まで爵位を駆け上がった前例は無く、現実的な褒賞は領地の拡大か金銭、王金貨の下賜あたりだろうと当たりをつけていた。


何より、カザエルは今回の戦争の裏面を知悉している。殆ど兵を損なう事なくアライアット――聖神教を下せた勲一等は悠に帰せられ、バローは体のいい御輿であるとカザエルはこの場の誰よりも理解しているはずなのだ。


それを暗にカザエルに伝えようと口を開き掛けたバローの機先を制し、カザエルは更に言葉を継いだ。


「此度の戦勝、事前に報告は受け取らせて貰ったが、配下の将や兵への采配、民草への配慮、その結果とどれを取っても申し分ない働きである。卿がノースハイアの将として全軍を統率した事はノースハイア王国始まって以来の快挙であると余は確信しておる。今後100年経っても卿の功績を上回る傑物は現れまい。国内第一の貴族として末永くこの国を盛り立ててゆく事を期待しておるぞ」


戦争の功績はそれを率いた指揮官にありと明言されてしまえば、悠の功績すらバローの功績の一部である。ここで謙遜してもバローの功績は覆らないし、そもそも功績を覆すなどという事自体が無意味である。


そして真実を語るのは有り得ない事であった。神崎 悠が救世主であり、自分はその手助けをしているに過ぎないと口に出しても、信じられたら信じられたで民衆にパニックを引き起こす事は想像に難くなく、信じられなければ狂人扱いで済めば良い方で、下手をすれば徒に人心を騒がせた罪で投獄されかねない。せっかく幸せになろうとしている妹や領地まで巻き込む事はバローには不可能であった。


カザエルの悪辣な点はそれらの事情を百も承知でバローを評価している事だ。傍から見れば比類ない功績を上げた臣下を正当に評価する物分かりのいい王に見えるだろうが、実際は二重三重に策を巡らせバローに受けざるを得ない状況を作り出していた。


その意図する所はもはや明白だ。地位と名誉をもって、バローをノースハイアに留め置こうという腹に違いない。


カザエルの目が語る。


(精々厚遇してやるからこの国に尽くせ。……断ればどうなるか分かっておろうな?)


まるで『心通話テレパシー』の如く、バローの脳内にそんな声が響いた気がした。おそらく9割方外れてはいないだろう。


一国に2つと存在しない公爵ともなればバローの注目度はこれまで以上に上がり、もはやノースハイアで自由な行動は出来ないであろう。不自由な立場は御免被りたいバローだったが、ここまで完全に包囲網を敷かれては首を横に振る余地は残されてはいなかった。


「……有り難きお言葉です。今後もノースハイア王国の公爵家の名に恥じぬよう精進して参ります」


「うむ、それでこそ我が臣下よ。さて、大まかな報告は理解したが、いくつかの点でノワール公本人に尋ねたい事もある。ちと場所を変えるぞ、ミルマイズ、付いて参れ」


「はっ」


バローの言質を確認するとカザエルは玉座から立ち上がり、ミルマイズとバローを伴って応接室へと移って行った。


周囲に他の人間が居なくなった所でバローは大きく溜息を吐いた。


「はぁぁ……陛下もお人が悪い、家を盾に取られるなど……」


「ふん、余は使える物は何でも使うわ。ただでさえ他国と兵士の質で劣るのだ、せっかく現れた逸材をノースハイアに囲い込もうと画策するは当然の事よ。位人臣を極めたのだ、もう少し嬉しそうな顔をせんか」


「どうにも、ただ流されただけの気がしましてね。……まだ半年も経っていないのに、お互いに随分と妙な所に落ち着いたとは思いませんか?」


「違いない」


異邦人マレビト』の召喚監視役とそれを命じた王という立場であった2人だが、今やその立ち位置はまるで変わってしまっていた。もし悠が現れなければ今も2人は『異邦人』を量産し続け、アライアットの『天使アンヘル』相手に泥沼の戦争を続けていたかもしれない。その内に背後から『殺戮人形キリングドール』を擁するミーノスが侵攻して来て人間全体を巻き込んだ未曾有の大戦となり、甚大な数の犠牲者が計上されていただろう。


「妙な所に落ち着いたと言えば……アグニエルの奴めは卿の妹を娶るつもりだそうだが?」


「これはお耳が早い。つい2日前に婚約に漕ぎ付けましたよ。公爵の肩書きはどうやら私では無く義弟の物になりそうですな」


「馬鹿息子が……」


頭が痛いといった口調のカザエルだったが顔はそれほどの怒りを感じさせず、複雑な心境を表していた。


「卿が権力に執着しない事は知っておる。ゆえに、今すぐ2人を結婚させる事は許さんぞ? 処罰した息子が労せずして公爵になったなどと周囲に思われては余はとんだ馬鹿親だ。ユウが使命を果たすまで婚約という事にしておけ」


「はい、そう致します。……しかし、そうなるとアグニエル殿下の王位の目はほぼ無くなりますが?」


「本より薄い目だ。それだけアグニエルの犯した罪は重い。余が生きている間は容易には王家には呼び戻せんし、本人も既に王位に固執してはおらん。ならばサリエルかシャルティエルを王位に就けるか……」


そこでカザエルは言葉を切り、急速に機嫌の天秤を傾けてバローをねめつけた。


「……失礼、少々踏み込み過ぎでしたか?」


非礼を陳謝するバローだったが、カザエルはその口上を無視し、実に嫌そうにバローに向かってこの日一番の爆弾を投げつけた。




「…………ノワール公、一度だけ卿に聞こう。王に、なりたいか?」




「は!?」


思いもよらぬカザエルの言葉に思わず素で対応しそうになったバローだったが、少し考えてカザエルの真意を汲み取り、恐る恐る質問を口にした。


「それは……サリエル様かシャルティエル様を娶るかという事――」


「口に出すな、絞め殺したくなるわ!!」


「し、失礼を!!」


ジワリと殺気を滲ませるカザエルにバローは慌てて口を噤んだ。どうやら正鵠を射たらしいが、カザエルは詳しく口にする事すら嫌らしい。どんだけ溺愛してんだよと思わなくもないバローだったが、そういえば自分も妹の縁談を叩き潰し縁談相手であったバルボーラの手を輪切りにしてやったのだったと思えば全く他人の事は言えないだろう。


サリエルかシャルティエルを娶り、王になる道。ベロウ・ノワールの人生に二度とは訪れないであろう選択肢が燦然と煌めいていた。

血を吐く思いで王として選択肢を示したカザエルですが、バローの答えは……?

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