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9-36 『六眼』捜索11

「それでは出発はいつにされますか?」


「今日は準備に当てて明日発とう。子供連れでアザリア山脈を超えて直接ギルド本部まで行くのは少々道のりが厳しいからフェルゼンからミーノスに大回りしなければならんが……」


「ならばひとまずアザリアの街で馬車を手に入れてはどうでしょうか? 我々は徒歩でも大丈夫ですし、そこからフェルゼンに言ってアイオーンさんに事情を話して……」


「……あんまりアイオーンとは会いたくないわねぇ……」


そう言って嘆息するのはイライザである。共にシュレイザを慕う者同士なのだが、現役時代から2人は何かと意見を異にしてはシュレイザに仲裁されていたのだった。


「今更喧嘩でも無いだろう? お前も丸くなったし、アイオーンだって年相応に落ち着いているさ。なぁ?」


「「「……」」」


ドラゴンを相手に喜々として槍を振るいコロッサスと決闘したばかりのアイオーンを無責任に丸くなったと太鼓判を押せる者は居なかったが、智樹がやんわりとフォローを付け足した。


「ご、ごく最近は少し穏やかになったみたいですよ?」


「……俺が話す方が良さそうだな……」


つまりごく最近までは相変わらず余人を寄せ付けないままだったというニュアンスを読み取ったアルベルトが溜息を吐いた。


「じゃあリーンと蒼凪、それとシャロンさんは先にアザリアに向かって馬車を手に入れておいてくれるか? 俺達は明日護衛しつつ向かう事にしようと思うんだ」


「元Ⅸ(ナインス)の冒険者に護衛が要る?」


小首を傾げる蒼凪にビリーは軽く手を振って答えた。


「子供達の護衛だよ。イライザさんとアルベルトさんだけならどうとでも出来るだろうけど、子連れじゃそうはいかないだろ?」


「そう……分かった、なら私達は先行する」


「馬車を買うなら金が要るだろう? これを使ってくれ」


テーブルに置いてあった皮袋から金貨を適当に取り出すと、アルベルトはそれを蒼凪に差し出した。


「……よく知らない他人にこんな大金を渡していいの?」


「今更君らを疑おうとは思わないな。それに、現役最高の冒険者の仲間がその程度の金欲しさに人を騙すならユウという男もたかが知れるのでは無いか?」


会話に僅かな毒を混ぜる蒼凪だったが実に効果的なカウンターを返され視線を逸らした。


「……お釣りは返す」


「それは手間賃として取っておいてくれ。俺達は元Ⅸの冒険者だ、金には困ってないし、こんな場所で暮らしていると金を使う機会も無かったからな。当然の報酬だよ」


2人が現役時代に稼いだ金はここに移り住んでからずっと手付かずのまま残されていた。自給自足の生活をしている分には金銭は必要無く、稀に必要な物があってもアルベルトが狩りをしてこっそりと街で売れば十分に事足りたのだった。


蒼凪達が出発し、アルベルトは子供達にも明日ここを離れる事を告げた。ラズベルトは初めての遠出に興奮しきりではしゃぎ、マーテルは少し不安そうに智樹に目で訴えたが、懇切丁寧な智樹の説明で納得し準備に取り掛かった。


それほど多くの物が無いので準備は夕暮れには終わり、疲れ果てた子供達が早々に眠りについた後、イライザとアルベルトはこの家での最後の夜を楽しむ様にテーブルで酒を酌み交わしていた。


「……本当に急ね。明日の今頃はもうこの家には居ないなんてまだ実感が湧かないわ」


「俺もだよ。ただただ穏やかな時間だけが流れる場所だったが、それこそが幸せだったのかもしれんな」


「まだ老け込む歳じゃ無いでしょ?」


イライザは笑ったが、内心では全く同意だった。冒険者をやっていた頃の刺激的な毎日とは真逆の日々だったが、イライザにはもうこちらの方が日常なのだ。つまり、自分も既に若くないのだろうとイライザには思えた。


そう思って見れば、テーブルの傷や壁の染みすらもどこか愛おしく感じ、イライザは酒を呷った。口に出せば涙も一緒に出るかもしれない思いは飲み込むべきなのだ。


ふと、こうして酒を飲む事すら久しぶりだという事に気付いた頃にはイライザの頭を強い眠気が襲っていた。


「ふぁぁ……そろそろ寝ないと……明日は……早いわ……」


「そうだな、立てるか?」


「無理ぃ……運んでぇ……」


両手を前に突き出してのアピールは、おんぶして寝室まで連れていけという事だろう。やれやれと頭を振ったアルベルトだったが、愛する妻の頼みであればアルベルトに否はない。


イライザの両手の間に頭を入れ預けられた体を持ち上げると、イライザがアルベルトの体を強く抱き締めて耳元で呟いた。


「ありがとう、アルベルト……」


素面の声にアルベルトは半瞬固まったアルベルトだったが、何事も無かったかのようにイライザを背負い、不器用な妻に微笑んだ。


「……家族だからな……」


そう答えるアルベルトもやはり器用とは言い難かったが、そうやって2人で一歩ずつ日々を積み重ねてきたのだ。急に器用になれるはずも無い。


ここで過ごした歳月は人には停滞した無駄な時間に見えるだろう。だが、この生活で手に入れた物も間違いなくこうして存在するのだ。


ならば停滞した日々はここに置いていこう。


手放してはいけないものは既にこの手の中にあるのだから。




ビリー達はアルベルト一家をミーノスまで護衛する事になり、その旅路は順調に進んだ。途中のフェルゼンでは昔の街の姿しか知らなかった2人が花の都として生まれ変わったフェルゼンを見て一家で歓声を上げ、ギルドで久方ぶりに再会したアイオーンと微妙な空気を醸し出したりした。


多少の悶着はあったものの、マリアンに言って茶を出させるくらいの気は利かせられるようになったアイオーンにアルベルトなどはむしろ感心したものである。


だが、未だシュレイザの敵討ちを諦めていないというアイオーンに2人は驚き呆れたが、アイオーンは詳しい話はコロッサスかオルネッタに聞けと言って口を閉ざすのでそれ以上の追及を諦めた。


「一つだけ言っておくと……世界は面白い時代に入ったようだ。ユウが帰って来たら一度会ってみるがいい。常識とは何なのかを見つめ直すいい機会になる。ククククク……」


立派な槍を肩に担ぎ珍しく笑顔を見せるアイオーンは確かに少し丸くなったのかもしれない。


腑に落ちない物を感じながらも一行は翌日の朝にはフェルゼンを後にし、ミーノスへと向かった。そして日が暮れる前にはその城門に辿り着いたのである。

ここで一旦区切り、髭メインの話に移ります。


多分そんなに長くならないたろうと思います。

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