9-35 『六眼』捜索10
「イライザさん、それともう一つイライザさんにお願いがあるんですが……」
友好的な気配を察し、ビリーがもう一つの用件を切り出すとアルベルトがイライザに取りなした。
「イライザ、お前の『千里眼』で探して欲しい人が居るそうだ。使えるよな?」
「もう何年も使っていないけど……ちょっと試してみるわ」
そう言ってイライザは周囲を見回し、薪に使っていた木の枝を手に取ると椅子に腰掛けて枝を垂直に立て、その頂点を指で支えると左目を閉じてビリーに問い掛けた。
「じゃ、あなたが知っている人で居場所が確定している人の名前を教えて。その人の持っていた物や詳しい情報を教えて貰えれば尚いいわね」
「え? そ、そうだなぁ……」
誰にしようかとビリーは頭を回転させた。アイオーンやコロッサス、オルネッタは居場所を言ってしまっているし、それ以外であまり居場所を変えずイライザが知らない人物と言えば……。
「それじゃあ、ノースハイアギルドの受付嬢のキャスリンさ――」
「「「ノースハイアギルドって言っちゃったら意味無いでしょ!!」」」
「あっ、わ、悪い!!」
詳しい情報を伝えるという事に捕らわれ過ぎてうっかり居場所を漏らしたビリーに総ツッコミが入り、蒼凪がトドメを差した。
「ビリー先生は割と軽そうな女の人が好み」
「「「……」」」
「ち、違うぞ!? 俺はそんな基準で選んだんじゃ無いからな!?」
と、言いつつもビリーがダメ出しを食らってもう一人思い浮かべた人物はフェルゼンの闘技場で司会を勤めるウィンであり、全員から突き刺さる冷たい視線に思わず身悶えして頭を抱えた。
「ふぅ……仕方ない、智樹」
「僕!? じ、じゃあルビナンテさん――」
「「自慢かっ」」
智樹も撃沈された。
「ねぇ、早くしてくれない?」
コントを繰り広げる一行にイライザが不機嫌な声で告げると、頼りにならない男性陣を差し置いてリーンが答えた。
「では、サティさんをお願いします。年齢は十代半ば、運動神経が良く活発な子です。彼女が身に着けていた物も持っています」
リーンが取り出したのはサティが髪を括る時に用いる髪紐だった。これは別れる時にサティから直接手渡された物だ。
「いいわよ、持ち物があるなら精度が高いわ」
リーンから髪紐を受け取ったイライザはそれを握り込んで自らの代名詞でもある『千里眼』を起動した。
魔力を流し込まれて僅かに瞳が輝き、イライザの口がサティの名を唱え続けると、やがて魔力の光は押さえている枝に纏わりついていった。
「さあ教えて『千里眼』、サティは何処に居るの?」
イライザが指を離しても自立するにはバランスが悪過ぎる枝は倒れず、やがてゆっくりと方向を示すようにして傾き静止した。
「……そんなに遠く無いわ。アルベルト、地図を」
「ああ」
アルベルトが地図を取り出してテーブルに置くと、イライザは方位を合わせて『千里眼』の結果に照らし合わせた。
「ここから南東の方向、この角度から距離を推定すると……彼女はミーノスに居るわ」
ピタリとミーノスの街を指し示したイライザにリーンが歓声と拍手を送った。
「凄い、当たってます!!」
「良かった、まだ錆び付いてはいないようね」
少し安堵を混ぜて一息付いたイライザが魔力の供給を切ると、枝はパタリとテーブルに倒れた。
「じゃあ本命ね、誰を探したらいいのかしら?」
「えっと、2人居るんですけど、まずは――」
「ちょっと待って、2人は無理よ?」
「え?」
イライザの言葉にビリーは困惑を浮かべて尋ねた。
「……何か制限があるんですか?」
「ええ、一週間で2回が限度なの。もう一人なら出来るけど、次に使えるようになるのは一週間待って貰わないといけないわ」
「そうですか……」
2人探して欲しいと言わなかったのは此方の手落ちなのでビリーは頭を悩ませたが、そこにシャロンが意見を述べた。
「それならそれで構わないのではありませんか? ユウ様がお帰りになるまでそのくらいは掛かるかもしれませんし、遠く離れた場所に居るのならどの道ユウ様がいらっしゃらないと移動している間に別の場所に逃げられてしまうかもしれません。ですので、今はどちらを探して貰っても構わないと思うのです」
「そうか……そうだな、本格的に探すのはユウのアニキが帰って来てからがいいか。でも、そうなると……」
ではどちらを探して貰うかという話だが、そこは全員の意見が割れた。
「当然悠先生の妹さんだろ?」
「うん、悠先生に教えてあげたい」
神奈と蒼凪は考えるまでも無いと自分の意見を表したが、リーンと智樹は異なる意見を口にした。
「そうでしょうか? ユウ先生ならきっと保護対象である『異邦人』のサイコさんを優先するのを望むのではありませんか?」
「僕もそう思う。悠先生は自分の身内を優先しないんじゃ無いかな?」
それは悠の性格を考えれば如何にも有り得そうな話であったが、シャロンの意見は更に異なっていた。
「公平にと言うのであれば、ユウ様の妹君もサイコさんも同じ『異邦人』です。私には優劣は付けられません」
両者の肩書きを外して見れば、共に無理矢理召喚された『異邦人』であり優劣は無いとするシャロンの意見も間違ってはいない。だがそれはビリーを更に悩ませるのだった。
しかしビリーは急造パーティーであるとはいえ、リーダーなのだ。意見が割れたのなら調整し決断しなければならないのである。
今の状況や分かっている情報などを鑑み、しばらく思案していたビリーは答えを出した。
「……ユウのアニキの妹さんを探して貰おう。と言っても別に身内を優先したっていう訳じゃ無いぞ?」
反論が出る前にビリーはその理由を語って見せた。
「サイコを探して貰ったとして、もし帰り道のどこかに居ても俺達じゃ確実に見つけられる保証は無い。シャロンさんの『生命探知』でも一度も会った事の無い人間の特定は出来ないし、第一、サイコと戦闘にでもなればこのメンバーでは取り逃がす可能性がある。サイコはユウのアニキが戦闘巧者だって褒めるくらいだし、変装の達人でもあるしな。それはユウのアニキが戻ってからにした方がいいだろう」
ビリーの語る理由は確かな説得力があった。戦闘力でサイコ一人にこのメンバーが劣るとは思えないが、サイコはとにかく戦い方が上手く、搦手も平気で使ってくる難敵で、神鋼鉄の剣すら所持しているのだ。説得に耳を貸さずに決裂すれば、どんな理由で襲い掛かって来るか知れたものでは無かった。シャロンが本気で戦えれば何とかなるだろうが、下手を打てば何人か殺されかねないのである。
「それに、これで分かる事もある。……イライザさん、もし死んでしまった人間を『千里眼』で探すとどうなりますか?」
ビリーの質問にイライザが簡潔に答えた。
「何も起きないわ。枝は倒れず無反応なだけね」
「つまり、生死だけは分かるんですよね?」
「そういう事ね。でも、元々存在しない人間を探しても同じ反応が出るわよ。私も『異邦人』を探した事は無いし、結果に100%の信頼は置けないわ」
イライザが探した事があるのはあくまでこの世界の住人だけで、他の世界から来たとされる『異邦人』を探した事は無いのだ。その場合、『千里眼』が上手く働くのかはイライザにも分からない事であった。
「分かってます、今はどう反応するかだけでも見せて欲しいんですよ。正直、お伝えする情報も伝聞で聞いただけであやふやですし。ユウのアニキなら詳しく話せるでしょうが、流石のアニキも妹さんの所持品なんて持って――」
「ある」
ないでしょう、と続けようとしたビリーの言葉を蒼凪が断定口調で割り込み全員の注目を集めた。
「「「あるの?」」」
「今は持ってないけど存在する。悠先生が妹の形見だって言って見せてくれた事がある」
愛する人間の事は何でも知っておきたいという事か、蒼凪は悠の情報であれば何であろうと貪欲に収集しており、香織の情報はその中の一つであった。
焼け焦げた赤いヘアバンドを握り締める悠の顔は勿論何の感情も宿してはいなかったが、不思議と蒼凪には悠が妹に今も深い愛情を持ち続けていると確信出来たのだった。
「探して欲しい人の名前は神崎 香織さん。年齢は生きているなら25歳くらい。髪も瞳も黒。他の容姿の特徴は分からない」
「ちょっと情報も弱いわね……所持品も無いんじゃいいとこ半々だけど構わない?」
「はい、構いません」
今はある程度の事が分かればいいと割り切って頷く一行にイライザも頷き返し、早速枝をテーブルに立てて『千里眼』を発動した。
「さあ教えて『千里眼』、カンザキ・カオリは何処?」
枝から指を放し呟くイライザから枝に全員の注目が集まったが、枝は微動だにせず直立を保ち落胆の色が広がる。
「……やっぱり死んじゃったのかな……」
「多分……樹里亜さんより前に来た子で生きているのはサイコさんだけだと思います。香織さんは当時4歳ですし、頼れる人も居ない状況では……」
沈んだムードの中、イライザがパンと手を叩いて注目を集めた。
「私が言うのも何だけど、さっきも言った通りこの結果は精度の荒いものよ。必要以上に悪く考えない方がいいわ」
「そういう事だ。現役時代も稀にではあるが『千里眼』を外す事はあったからな」
代わる代わる慰めを口にするイライザとアルベルトに、一行は気を取り直して頷いたのだった。
『千里眼』でも香織は探せませんでしたが……。




