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9-34 『六眼』捜索9

「では、遅くまで失礼しました」


「本当に外でいいのか? 広い家では無いが、寝具を持っているなら寝る場所くらいは貸しても構わないが……それに、食事もまだだろう?」


問答無用で矢を放ってきた時とは打って変わって友好的な姿勢を見せるアルベルトだったが、ビリーはそれを謝辞した。


「食材を腐らせずに持ち運び出来る『冒険鞄エクスパンションバック』が発明されたので支障はありません。もっとも、俺の稼ぎじゃ買えませんから借り物ですけどね。急に押し掛けておいてご迷惑まで掛けられませんし……ご家族で話したい事もあると思いますから」


家族会議の場に他人が紛れ込んでは邪魔だろうというビリーの気遣いにアルベルトは頷いた。


「済まないな、なるべく速く返答を纏めよう」


「では今日はこれで失礼します。トモキ、カンナ!!」


「「はーい!」」


ビリーが呼び掛けると子供達を伴って智樹と神奈が姿を表したが、何故か2人とも汗に塗れており、智樹の服の裾をマーテルが握り、ラズベルトは神奈に纏わりついていた。


「……何してたんだ、お前達?」


「子供達に気付かれないようにするのは大変だったんですよ……」


「あたし、この子守りの間にちょっと強くなっちゃったぜ」


小声で尋ねれば、子供達の気を引く為に智樹はその筋力を生かして片手逆立ち腕立て伏せを2人を乗せた状態で行い、それに負けじと神奈は能力をフル回転させて分身の術などを披露していたらしい。その他にも常人には不可能なアクロバットで時間を稼いだ2人は賞賛に値するだろう。


「カンナねーちゃん、またぶんしんのじゅつ見せてくれよ!! 次は4つね!!」


「お、おぅ……ま、任せろ!!」


「マーテルちゃん、そろそろ僕は行くね?」


「……」


無言で裾を握る手に力を込めて小さく首を振るマーテルに智樹の額に運動とは別の汗が流れた。2人とも短い間に随分と慕われたものだが、普段から小さい子供達と暮らしているお陰であろう。


智樹の筋力ならたとえ筋肉の塊となるまで鍛え込んだ冒険者の手でも振り払う事は容易だが、幼女の拘束は智樹には龍鉄の枷よりもなお強固なのだった。


「マーテル、トモキ君を困らせてはいけない。それにそろそろ夕食の時間だ、2人とも手を洗って来なさい」


「はーい!」


「…………はい」


アルベルトの言葉にマーテルは渋る様子を見せたが、智樹がそれとなく視線で促したので、マーテルは頷いた。


子供達が姿を消すと、アルベルトは目を細めて呟いた。


「……碌に他人と触れ合った事の無いあの子達があんなに懐くとはな……」


「『異邦人マレビト』の子達は平和な世界から来た子が多いせいか、気性が穏やかな子が多いんですよ。……俺達の世界もそうあって欲しいと思います」


「全くだな……」


アルベルトは心の底からの同意をもってビリーの言葉に頷いた。




その晩、アルベルトは夕食時にも何事かを考え込んでいて口数の少なかったイレイズと2人並んで今日の出来事を語り合った。


「イレイズ、先に俺の意見を言っておくが、俺は彼らの話を受けてもいいと思っている。だが、お前がどうしても嫌だと言うのならこのまま帰って貰うつもりだ。俺にとって一番大切なのは家族であってそれ以外の何かじゃ無いからな。お前の考えを聞かせてくれ」


「……私が叩いたあの子……」


アルベルトの問いにイレイズは一見脈絡の無い言葉をポツポツと語り始めたが、アルベルトは黙ってイレイズの言葉に耳を傾けた。


「母親を亡くしているみたいだったわ。……私と同じで強い母親じゃ無かったみたい。罪を被せられた父親の事で周りから責められて反論も出来なかったって言ってた……」


テーブルの上でイレイズは両手を強く握り締めた。


「……私も同じだわ……私は、シュレイザが殺された時、頭が真っ白になって何も出来なくなっちゃった……。周りの皆が私の事を責めているような気がして……。私は怖かった、これ以上失うのが。だから『六眼』を抜けて、誰とも関わらない様にしようと……でも、アルベルトは私と一緒に居てくれて、その内に子供が出来て……気が付いたら、私にはまた失いたくないものが出来てた」


イレイズの拳の力が抜け、瞳から涙の粒がテーブルに染みを作った。


「私が守れるのは精々この手の届く範囲のものよ。いえ、それすらも覚束ない。だから、誰にも邪魔されないここでなら幸せに暮らしていけると思ったの。……でも、こんな暮らしがいつまでも続かない事は、本当は分かってた。子供達はどんどん大きくなるし、成人したら夢も出来るし恋もするわ。もう数年もすれば、きっとここを窮屈に思うようになる……」


イレイズは力無く開かれた手で顔を覆って嗚咽を漏らした。


「それでも私はこの幸せな暮らしを手放したくなかった……!」


「そうか……」


イレイズの懺悔にアルベルトは肩を抱いて慰めた。シュレイザが居なくなってから、これはずっとアルベルトの役割だったのだ。


「……あの子が外で言っていた言葉が胸に刺さったわ……。弱い母親は嫌いだって。親は、子供に生きる為に戦う事を教えなきゃならないんだって。逃げてばかりじゃ、子供は逃げる事しか出来ないんだって! ……私の手を離れても、あの子達が生きていけるように私が戦わなければならないんだわ。……もう、逃げてはいられない。私は……母親なんだもの」


イレイズは手の平で涙を拭い、顔の前で両手を組んで宣言した。その顔は涙には塗れていても、既に弱さには塗れてはいなかった。


「アルベルト、私もこの話を受けるわ。あの子達が平和に暮らしていける世界を維持する為に、私も戦う!」


「……いいんだな?」


「ええ、もう決めたの。それに、小娘に言われっぱなしじゃ『千里眼』イライザの名が廃るわ」


ここで暮らし始めてから捨てていたイライザの名を自分から口にしたイレイズにアルベルトは虚を突かれて言葉を失ったが、代わりに微笑んでイレイズを抱き締めた。


「ち、ちょっとアルベルト……!」


「……やっと、昔の強かったお前に戻ってくれたな……」


万感の思いの詰まったアルベルトの抱擁に、イレイズはアルベルトの長年に渡る心痛と労苦を感じ黙って背中に手を回した。この頼れる夫が居なければ、きっと今自分は生きていなかっただろうと確信出来た。


ずっと側に居てくれた愛しい人。イレイズにシュレイザと同等か、それ以上に大切なものを与えてくれた人だ。


だからこそ、と言えばいいだろうか。イレイズはアルベルトにこの際全て洗いざらい白状してしまおうと口を開いた。


「……実はねアルベルト、もう昔の事だから言うんだけど、私ここに住み始めた頃は別にあなたの事、好きでも何でも無かったの。抱かれたのも私の為に一生懸命なアルベルトに何もさせないのは悪いかなと思って」


「……実はそうじゃないかと思ってはいたが、本人から言われるとキツいな……」


アルベルトの抱擁が少し弱まったのはそれだけショックだったからであって、愛が弱まったからでは無いと信じたいイレイズであった。




「引き受けて頂けるんですか!?」


一夜明け、再びアルベルト達と面会したビリーは開口一番、アルベルトから昨日の話を引き受けると切り出された。もっと手間取るかと思って慌てるビリーにアルベルトは苦笑を返す。


「君達は俺達を説得に来たんだろう? 好都合じゃないか」


「いや、そうなんですが……でも、イレイズさんはそれで宜しいんですか?」


「イレイズじゃないわ」


「え?」


昨日とは別人の様な生命力に満ち溢れるイレイズ……イライザの鋭い口調に僅かにビリーが気圧されて下がった。


「私はイライザ、『千里眼』イライザよ。実力主義の冒険者を取り纏めるには昔の物であろうとも肩書きは役に立つでしょ?」


「は、はぁ……?」


とにかく、2人ともやる気になってくれたのならビリーに文句などどこにも無いのだ。これで本当に肩の荷が全て降りたかと思うと、ビリーの胸にじわじわと感動が湧き上がって来た。冒険者としての最後にして最大の困難であろうと思われた依頼を無事にこなす事が出来たという感動であった。


「あの……」


そこに蒼凪がイライザの前にやって来て頭を下げようとする気配を察し、イライザは自分もその動きに合わせ異口同音に声を揃え、頭を下げた。


「「ごめんなさい」」


自分の声に被ったイライザの声に蒼凪は不思議に思って頭を上げたが、イライザは頭を下げたまま蒼凪に謝罪の言葉を述べた。


「昨日頬を叩いてしまった事もだけど……あなたが外で話していた言葉を聞いて目が覚めたわ。もう、弱い母親は廃業する事にしたの。私は私が愛する人達に軽蔑されたくは無いし、同じ様に私を愛して欲しいと思うの。だから戦う事にしたのよ。だからごめんなさい、そしてありがとう」


「い、いえ……」


蒼凪は頭を下げたまま軽い混乱に見舞われていたが、イライザの決意を理解し、小さく笑った。


「ふふ……強いお母さんになって下さいね」


「これでも元Ⅸ(ナインス)の冒険者ですからね、もう泣き言なんて言わないわよ」


蒼凪の笑みを見て、イライザも同じ様に笑い合った。

イライザは立ち直りました。


そして神奈は四重残○拳を習得する約束をしてしまったのでした。

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