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9-32 『六眼』捜索7

「別に戦いに来たんじゃ無いんだからサ、とりあえずその物騒なのを下ろしてくれよ」


「……まだ質問に答えて貰っていないが?」


「あたしは神奈、冒険者で『異邦人マレビト』だよ。あんたアルベルトさんだろ?」


「いかにも、自分はアルベルトだが……『異邦人』?」


完全に警戒を解いた訳ではないが、神奈に敵意が無いと見たアルベルトは弓を地面に向けた。


「色々と話をするのはもうちょっと待ってくれよ、あたしはあんまり交渉向きじゃないんだ。イチチ……」


警戒態勢が解けた所で神奈は体の各部に付いた傷の痛みを知覚し、特に深かった頬の血を拭って『治癒薬ポーション』を開けた。


「済まなかったな、色々恨みも買っているし、俺を倒して名声を得ようとする輩も居るので対応が手荒になってしまった」


「このくらい何でもないよ、殺そうとしてない事は分かってたし。でも、誰かと手合わせして怪我させられたのは久しぶりだったなぁ、流石は元Ⅸ(ナインス)だね」


素直にアルベルトの弓の腕前を賞賛する神奈に、アルベルトは苦い顔で視線を外した。


「……所詮、人間の範疇の強さでしか無い力だ。半端な強さなどあっても無くても変わらんさ」


「ふぅん……?」


『六眼』崩壊の経緯を知る神奈はそれ以上は口に出すのを控えた。交渉向きでは無いと宣言した通り、踏み込んだ話は皆と合流してからでいいと考えたからだ。


「しかし、最近の冒険者はレベルが上がったのか? 『異邦人』が優秀だとは聞いた事があったが、俺の矢がこうも簡単に避けられるとは思わなかったが……」


「これでも世界一の冒険者の弟子なんでね」


「世界一? ……コロッサスか?」


アルベルトは自分が知る最強の冒険者であるコロッサスの名を口にしたが、神奈は首を振った。


「ずっとこんな山奥に居たんじゃ知らないかもしれないけど、今じゃコロッサスさんは引退してギルド長をやってるよ。悠先生が言うには今でも人間の中じゃ最強の剣士じゃないかって言ってたけどね」


「コロッサスがギルド長? ……あり得る話だな。あいつは面倒見がいい奴だった」


一瞬、懐かしむ目で追憶に浸ったアルベルトは会話の中のもう一人の人物名に気付いて神奈に問い掛けた。


「では君の師はそのユウという人か?」


「そうだぜ、世界で唯一の現役でⅨの冒険者なんだ!! 悠先生も『異邦人』だけど、あたしなんか話にならないくらい強いしな!! ドラゴンだって一人で倒しちゃうんだぜ!!」


それは流石に誇張し過ぎだろうとアルベルトは思ったが、神奈が上機嫌に口を回転させているのを見て異論を飲み込んだ。アルベルトは神奈と世間話に興じているように見えてその実情報を収集していたのである。そういう抜け目の無さはやはりハイランクの冒険者らしい繊細さだと言えよう。


そうやって談笑している内にビリー達が案内の為に離れていたシャロンと共に追い付いて来た。


「ご苦労だったカンナ。大きい怪我はしてないよな?」


「うん、平気だよ。手加減されちゃったしね」


残念そうに言う神奈に苦笑を返しつつ、ビリーはアルベルトに向き直った。


「お初にお目にかかります、アルベルト様。俺はⅦ(セブンス)の冒険者で『戦塵』のビリーと言います」


「俺はアルベルトだ。もう冒険者は引退しているから敬称は要らない」


一瞬、ビリーが神奈の言っていた悠なのかと思ったアルベルトだったが、Ⅸを名乗るには若干実力不足と見切り頷いた。いい剣士ではあるが、コロッサスを超えるほどでは無いのは見れば分かる事だ。自己紹介通り、Ⅶという所であろう。


むしろ、アルベルトの警戒心を喚起したのは一行の中で一番幼く見える、見目麗しい少女だった。


(この少女は……)


じっとシャロンを見つめるアルベルトだったが、恥ずかしそうに俯く様はやはりどう見ても単なる美少女であり、冒険者を引退して勘が鈍ったかなとシャロンから視線を外した。


「……それで、引退した冒険者に何用か? オルネッタの依頼がどうのと言っていたが……」


「それについてはイライザ様……イライザさんにも聞いて欲しいんです。一緒に暮らしてらっしゃるんですよね?」


「……」


イライザの名前が出るとアルベルトの表情が少し固くなったが、ビリーは構わずに先を続けた。


「人を遠ざけているのであろう事はこんな人里離れた場所に暮らしている事から承知しています。ですが、俺達も子供の使いでここまで来た訳じゃありません。オルネッタ様の名に免じて話だけでも聞いて下さい」


真剣な表情でアルベルトから目を離さないビリーとアルベルトの間にある空気が重くなったかのように感じられたが、ビリーとて悠のプレッシャーに普段から晒されており並みの胆力の持ち主では無く、今回の依頼に掛けるモチベーションの高さもあって目を逸らす事無くアルベルトの眼力を受け止め、やがてビリーが引かないと悟ったアルベルトは溜息を吐いた。


「……このまま帰ってくれと言っても聞いて貰えそうに無いな。こちらの手落ちもある、話だけでいいのなら聞かせて貰おうか」


「ありがとうございます!」


「ただし」


ビリーの語尾に被せるようにアルベルトは強い口調で釘を差した。


「妻は今現在イレイズと名乗っている。彼女をイライザと呼ばないでくれ」




アルベルトに案内されて一行は夜の森の中を進んでいた。『光源ライト』の灯りは頼り無かったが、アルベルトは慣れているらしく足取りに乱れは無く、隣を歩く神奈と当たり障りの無い事を話しているようだった。


「とりあえず第一関門突破ですね」


「うん……だけど、ここから先は簡単にはいかなそうだ。気を抜かずにいてくれ」


隣を歩くリーンにビリーは小声で答えた。アルベルトの態度から、説得はかなり難航しそうな気配を感じたからである。


「しかし……2人が結婚しているとは予想外だったよ」


「ずっと一緒に冒険していたんです、そういう事もありますよ。アイオーンさんだってシュレイザさんの事を愛していらしたのでは無いですか?」


「どうだろう……大切に思っていたのは間違い無いだろうけど……」


アイオーンが誰彼構わず自分の心情を漏らす事など有り得ず、結局それは行動から読み解いたに過ぎない憶測である。


「まぁ、パーティー内でくっつくのは別に珍しくないか。そもそも嫌いな人間同士がパーティーを組む事なんて殆ど無いもんな」


「仲が悪いと連携に支障を来たしますからね」


冒険者経験のあるビリーとリーンには特に違和感無く受け入れられる話である。もっとも、リーンの場合、仲の良さが遠慮に繋がって破綻し掛けた苦い思い出があるのだが。


そんな事を話している内に視線の先に違う種類の明かりが目に入った。


「あれが俺達の家だ」


「随分凄い所に家を建てましたね?」


「イレイズが誰にも会いたがらなかったからな……」


それきり無言で家の近くまでやって来たアルベルトは手を広げて全員を止めた。


「ちょっと待ってくれ、結界を解く」


そう言って短い金属製のワンドを腰から抜いたアルベルトがその杖を振ると、ラメの様な煌めきがふわりと漂い、宙に溶けて行った。


「明るい内はあまり出ないが、夜のこの森は魔物モンスターが多いからな」


「凄いですね、結界を作り出す魔道具ですか?」


「ああ、現役の時に手に入れたんだ。野営する時に重宝していたんだが、解散する時にコロッサスに餞別に貰ったのさ。……思えば、コロッサスには俺達がこうする事が分かっていたのかもしれないな……」


実は規模でも強度でも遥かに上回る悠の『虚数拠点イマジナリースペース』を知っているビリーとしては驚くほどの物では無いのだが、普通の冒険者からすれば喉から手が出るほど手に入れたい逸品である事は痛いほどに理解出来た。


結界が消えている事を確認したアルベルトは背後に一行を引き連れ、軽くドアをノックして告げた。


「俺だ、今帰ったぞ」


「「おかえりなさいお父さん!!!」」


アルベルトの声に即座に幼い声で返答があり、ドアが開かれると中から小さな人影が2つ、アルベルトに飛び込んで来た。


「ああ、ただいま。いい子にしてたか?」


「「してたーーー!!!」


どことなく張り詰めていたアルベルトの顔から険が失せ、その2つの影を抱き上げる。おそらくはアルベルトの子供達であろう男の子と女の子である。


「そうかそうか。……今日はな、ちょっとお客さんが来てるんだ」


「「おきゃくさん?」」


そこで初めて背後の人影に気付いた2人はアルベルトの肩越しに一行を視界に収めたが、男の子の方は興味深そうに見て来るのに対し、女の子の方はすぐにアルベルトの陰に顔を隠してしまった。


「お帰りなさい、アルベルト。……お客さんなんて珍しいわね?」


更に子供達の声でアルベルトの帰宅を知った女性が姿を現し、硬い表情でアルベルトに視線で問い掛けた。


「大丈夫だ、俺達を襲いに来た人間じゃない。オルネッタから依頼を受けて遠路はるばるここまで来たそうだ。……紹介しよう、これが妻のイレイズだ」


「……イレイズです……」


隠し切れない警戒心を滲ませて頭を下げた細身の女性こそがもう一人の探し人であるイライザ改めイレイズであった。

既に一家を形成していました。時の流れを感じます。

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