9-31 『六眼』捜索6
「今日は何か痕跡くらいは見つけてやるぜ!」
「気合入ってるね、カンナ」
「おう! 戦う以外の事だってちゃんと出来るんだって認めて貰いたいからな!」
森の中を進みつつ、意気上がる神奈にリーンが話し掛けた。ここ二晩ほど一緒に見張りをこなし、以前より2人の距離は縮まったようだった。
「リーンは何だかんだ言って悠先生に信頼されてるもんなぁ。あたしなんていっつもお目付け役が居ないと仕事させて貰えないしよ……」
「それは私が現地人でミーノスで暮らしていたからだと思うよ? 『異邦人』の皆はちゃんと自分の家に帰してあげたいと思っているから安全に気を付けているんだよ」
「ん~……それは多分違うなぁ……」
フォローのつもりで言ったリーンの台詞を神奈は難しい顔をして否定した。
「どうして?」
「ホラ、この間智樹がアルトと一緒に仕事して来たじゃん? それとはちょっと違うけど、屋敷に居る時は恵には家の中の事は全部仕切らせてるし、何かあった時の戦闘指揮は樹里亜に委ねられてる。でも、あたしに任せられてる事って無いんだよな……。悠先生がエコヒイキなんてするはずないから、何でだろうってずっと考えてたんだ」
少し神妙な顔をして神奈は先を進むメンバーに聞こえない様に、少しボリュームを落とした。
「自分で言うのもアレだけど、あたしはあんまり頭が良くないだろ? こうやって仕事を任せられてるメンバーを思い浮かべると、みんな先走ったりしない冷静なタイプじゃんか。つまり、もっと熟慮するようにしなけりゃ仕事は任せて貰えないと思うんだよな」
神奈の予測は大体当たっていると言ってよかった。個人の能力にも左右されるが、信じて送り出すには神奈は些かならず不安を覚えるタイプである。これまでにも功績は上げているが、同時に危ない場面も多々あり単独行動を任せられるタイプだとは言い難かった。
「へぇ……カンナも色々考えてるんだね」
「でも戦ってるとついつい頭から抜け落ちちゃうんだよ。うちの流派は基本的に一対一を想定してるからクセになっちゃってるのかもな」
神奈は召喚された子供達の中では唯一武道の経験を持っており、それが神奈の戦闘力の礎となっているが、それ故に染み付いた思考から抜け出し難い一因にもなっていた。
そんな話をしている内にそろそろ陽が傾き始め、ビリーはメンバーに停止を促した。
「今日はここが最後だな。シャロンさん、お願いします」
「はい」
ビリーの指示にシャロンは薄めた血液の瓶を取り出し、コップを兼ねるフタに中身を注ぐと一息に飲み干して『生命探知』を発動した。
十数回に及ぶ『生命探知』であり、その日最後という事もあって他のメンバーも特に期待はしていなかったが、しばらく反応を探っていたシャロンが俄かに視線をある一点に固定した。
「っ! 人間の反応ヲ察知しました!! 距離……950メート、イえ、離れて行きます、気付かれましタ!!」
「追うぞ!!」
シャロンの報告を聞いたビリーの判断は速かった。即座に全員に追跡を命じ、その場から駆け出していく。
「この距離で気付かれた!?」
「魔法かな?」
「いや、多分だけど能力だ!! 今も微妙に見られてる気がする!!」
縦横無尽に山野を駆けながら情報交換を行った結果、相手に索敵能力があるのは疑いないという結論となった。こうして追い掛けている今も追跡対象は正確にビリー達から遠ざかっていた事からもそれは確かであろうと思われた。
もしこれが平野であればビリー達はもっと容易に距離を詰める事が出来ただろうが、どうやら相手はこの山野を知り尽くしているらしく、シャロンの感知範囲から外さないだけで精一杯だった。
そこで先頭を行く神奈が提案した。
「ビリー先生! このままじゃ日が暮れても捕まえられないよ!! あたしとシャロンを先行させて!!」
「私達2人なら距離を詰められます!!」
神奈とシャロンは瞬発力で言えばこの中で1、2を争う力量があり、捕捉するには外せない人選であった。一瞬躊躇の気配を滲ませたビリーに、リーンも後押しの言葉を放つ。
「ビリー先生、相手が警戒して近付かないのであればある程度距離を詰めて呼び掛けるしかありません! カンナとシャロンなら大丈夫です!」
「っ、分かった! くれぐれも気を付けろよ!!」
リーンのフォローで決断したビリーが許可すると、神奈はリーンに笑顔を送る事で礼をしてシャロンに怒鳴った。
「シャロン、10分以内に接近する! 案内してくれ!!」
「了解です!!」
一気に足のギアを入れ替えた神奈とシャロンが後続のメンバーを引き離して森の中を疾走する。気を抜けば木に激突して大怪我は避けられないであろう速度を保つ2人と追跡対象の距離は確実に縮まっていった。
「カンナさんっ!」
「おう!!」
途中で10メートルほどの断崖が2人の前に立ちふさがったが、シャロンは断崖を背にすると手を組み合わせ、神奈が足を掛けた瞬間に上に放り投げて一気にクリアさせ、自分は跳び上がって上から手を差し伸べる神奈の手を掴み、停滞無く走り続けた。
立体的な動きで追跡する2人と追跡対象の距離は急速に狭まり、200メートルまで縮まった時に不意に追跡対象が足を止めた。
「相手が止まりました!! ……っ!? 何か飛んで来ます!!」
「え? うわっち!?」
シャロンの警告から間を置かず神奈の足元に金属製の矢が突き立ちその進行を妨げたが、神奈はもつれた足で地面を蹴ると体を前方に投げ出して前転し再び走り出す。
「ニャロー、危ねぇじゃんか!!」
「向こうも今のは警告のつもりでしょう。まだ追いますか?」
「せめて100メートルまで縮めないと声が届かねえ! 行こう!!」
足のギアをトップに入れた神奈の姿が掻き消えた。能力を全開にして一気に距離を詰めに掛かったのだ。
そんな神奈に向けて矢は次々と飛来したが、自身の速度が上がった事で相対的に周囲と時間差を作り出した神奈は体の末端を狙った矢を紙一重で回避する。
だが、それでも神奈の表情は晴れなかった。
(マジかよ、能力全開のあたしの動きにちゃんと合わせて矢を放って来てる!! これが元Ⅸ(ナインス)の実力って事か!?)
普通の弓手では離れていても神奈の動きを捉える事は出来なかっただろうが、今神奈に放たれている矢はどれ一つとして適当に放たれた物では無かった。つまり、正確に神奈を捕捉して矢を放っているのである。これほどの弓の使い手は神奈の記憶には存在しなかった。
更に口惜しい事に、おそらく相手はまだ本気では無い。矢は全て致命の箇所を外しており、先ほどより一段上の警告に過ぎないと神奈には感じられた。
(多分、アルベルトっていう人だな。狩人だっていう話だったし。……でも、殺気が無いなら躊躇する必要も無いぜ!!)
腰のナイフを抜き放った神奈が前へ前へと体を飛ばす。どうやって放っているのか矢の攻撃はいよいよ激しさを増し神奈の体を擦過するが、神奈は止まらずナイフを閃かせて矢を弾き、最後の数歩を走破して叫んだ。
「あたしは敵じゃ無いぞ!!! オルネッタさんから依頼を受けてここまで来たんだ!!!」
その叫びに反応したのか、神奈の頬を掠めた矢を最後に矢による攻撃が止み、神奈の視線の先に壮年の男性が現れた。
「……オルネッタの名を出す者を問答無用で排除は出来ない、か……。君は何者だ?」
異様な形の弓を油断無く向けてくるこの男性こそ、元Ⅸの冒険者にして『六眼』の一人である『隼眼』アルベルトその人であった。
本日2話目。
ここ数回は2人ずつ掘り下げて書いてみました。今回は神奈活躍回でしたね。
かなり人間から逸脱しつつある神奈を翻弄する辺り、アルベルトも相当な実力者です。




