9-30 『六眼』捜索5
翌朝は早くから捜索開始となった。
「常時シャロンさんに索敵して貰うのは負担が大きいから、一時間に一回のペースで周囲を探って貰おう」
「分かりました」
全員健脚とはいえ歩きにくく見通しの悪い森を今日中に全て精査するのは厳しいと判断し、ビリーはシャロンの『生命探知』を要所要所でレーダーとして用いる事に決めた。
まずは出発地点で『生命探知』を使い半径1キロの反応を探り、一時間以内に2キロ移動してまた『生命探知』を使うという手順を繰り返すのだ。潜水艦のアクティブソナーの使い方に近いが、よほど魔力に敏感でなければ気付く事は出来ないだろう。
ただ、それでも調べる範囲はかなり広い。真円では無いとはいえ直径で40キロに迫る範囲を2キロづつ調べるのだから、1日で全てを終えようというのは些か無理があった。
「もう少し探査の間隔を広げてもいいと思う。進行方向は目視もするし、3キロに一度くらいで見逃しは無いよね?」
「そうか……そうだな、進行速度も上がるし、ここに必ず居ると決まった訳じゃ無いんだからその方が能率が上がるか」
物事には完璧を期すべき仕事とそうでない仕事があり、今回の場合は後者であろうと判断したビリーは蒼凪の意見を容れて若干の修正を施し、早速探索が開始された。
しかし、その日は陽が傾くまでその作業を続けたが、反応があったのは魔物と野生動物だけで収穫は得られなかった。
「初日で成果ありって訳にはいかないか」
「冒険者の仕事なんて大半はそんなモンだよ。俺達は空を飛んで探すなんて事は出来ないんだから。それでも今日はいいペースで進んだんじゃないかな」
一日中足場の悪い森の中を移動し続けてまだ余力があるのは普段の鍛練の賜物であろう。悠が何よりも体力を重視して鍛えさせて来たのは、体力が尽きては何も出来なくなるからだ。素晴らしい剣技も玄妙な体技も全ては体が動いてこそで、判断力や注意力も体力が落ちれば大幅に低下するのである。
その日も初日と同じ振り分けで見張りをする事に決め、蒼凪と智樹の番が終わると次はビリーとシャロンの番となった。
「今日はお疲れ様でした、シャロンさん」
「いえ、丈夫なのが私の取り柄ですから。むしろビリーさんこそ少し休まれても構わないのですよ?」
「俺は大丈夫ですよ。これでも一番早い内からアニキ達に鍛えられてますからね」
ビリーは悠達に出会うまではそれなりの冒険者でしか無かったが、それでもこの世界の冒険者の中では誰よりも長くその教えを受け続けて来たのだ。Ⅶ(セブンス)の冒険者となれたのは悠達の威光では無く、ビリーとミリーの努力によるものであった。
「それに……シャロンさんにだから言いますけど、俺もあの子らの前では少しはいい格好をしたいんです。俺なんかより皆ずっと才能豊かですけど、それでも大人には大人の役割があるんだって……ガキっぽいのは分かってるんですが……」
「いえ、分かりますよ。ビリーさんも男性ですものね」
シャロンも見た目通りの年齢では無いので、男では無くてもその気持ちは察する事が出来た。
「……でも、それだけでは無いようにお見受けします。何か、少し焦ってらっしゃいますか?」
「っ……そういう気配は出さないようにしてたんですが……」
シャロンの指摘にビリーの体が一瞬硬直し、誤魔化しても無駄と悟って頭を掻いた。
「失礼を承知で申し上げれば、アライアットの事が気に掛かっているのではありませんか?」
「……はい、そうです。まだ自分でも答えは纏まっていないんですが……」
何もかもお見通しなシャロンにビリーは炎を見つめながら呟く様に言葉を続けた。
「俺とミリーはどうやら本当にアライアットの王族みたいです。今更王侯貴族の生活に憧れなんてありませんが、歳を取った親父とお袋を見たら……このまま自分の我儘を通せないなって思いました。冒険者として大成するのが自分の生きる道だと思っていましたが、急に目の前に違う道が出て来て混乱しちゃって……。猶予は貰いましたけど、迷った時点で答えは出てたんだと思います」
ビリーの言葉をゆっくりと咀嚼し、シャロンはビリーに率直に尋ねた。
「……ビリーさんは、ユウ様の下を去るおつもりなのですか?」
「…………はい」
沈黙の後の一言に、もう迷いは無かった。
「俺は昔より強くなりましたが、これからの戦いでアニキ達の隣で戦う事は出来ないでしょう。アニキ達は俺の事を認めてくれています。でも、俺は俺の出来る事でもっとアニキ達の役に立ちたいんです。アニキ達が作ってくれた平和な世界を守っていきたいんです。……俺にとって強い冒険者になるのは目的じゃなくて手段だったんだってようやく分かりました。俺は、誰かを守るために生きていきたい。その為に俺はガキの頃、剣を手に取ったんです」
「そうですか……」
ビリーの意志の固さを知り、シャロンは頷いた。
「ビリーさんがそうお決めになられたのでしたら私などが口を挟む事など御座いません。ユウ様やバロー様はとても残念がると思いますが……」
「そう言って頂けるのが何よりも誇らしく思いますよ。あの2人はずっと俺の憧れですから」
シャロンの言葉にビリーは破顔した。
「だから、今回の仕事だけはきっちりこなしていきたいんです。そしてアニキ達に「おっ、ビリー、お前も中々やるじゃねぇか!」って思って欲しくて……ハハ、ホントにガキっぽいですね」
ビリーは自分の力がこの先劇的に伸びる事は無いだろうと思っていた。伸びるにしても10年は掛かるだろう。しかし、それでは世界の早さに付いて行けないのだ。
シャロンは何も言わずにビリーの決断に笑顔を返したが、ふと思い当たる事があって口に出した。
「あ……でも、そうなるとミリーさんはどうされるんですか?」
その質問にビリーの顔が曇る。
「それが気掛かりなんですよ……王家には俺が行けば十分だと思うんです。ミリーにはミリーなりに好きに生きて欲しいなと思っていますが、ミリーもそこそこに顔が売れてますし、俺と兄妹だってのは知れ渡ってますから……」
ビリーがアライアット王家の王子だとカミングアウトすれば当然その妹であるミリーは何者だという話になるだろう。その時、ミリーが今まで通り冒険者を続けていくのは難しいかもしれない。
「ミリーはユウのアニキに惚れてます。成就する可能性は低いでしょうが、それを理由に引き離す気にはなれません。人を好きになるって、そんな理屈じゃ無いと思うんです。どうするのがミリーにとって幸せなのか……」
ビリーが一番悩んでいるのはその一点だ。自分の行く先は決める事は出来るが、妹までその決断に巻き込むのは気が引けるのである。
「それはミリーさんとよく話し合って決めた方がいいですよ。2人とももう大人なのです、進む道が別れる事だってあるでしょう。……大切なのは、自分の想いをちゃんと言葉にする事だと私は思います」
「……そうですね……シャロンさんの言う通りだと思います。なんか、相談に乗って貰ったみたいですいません」
「いえ……半ば自分に言っている部分もありますから」
シャロンこそ人生そのものが悩みの種であり、己の心を押し殺して生きて来た者なのだ。黙っているだけでは現状を変える事など出来ないという事は身に染みているのだった。
「では、ビリーさんの為にも明日も頑張らなくてはなりませんね」
「ありがとうございます。俺の個人的な事情はさて置き、明日も頑張りましょう」
シャロンに胸の内を曝け出したビリーはすっきりとした顔で明日への決意を新たにするのだった。




