9-29 『六眼』捜索4
「『六眼』のイライザ様とアルベルト様ですか……」
「はい、我々はアライアットに立ち上げる新たなギルドの長候補としてお2人の捜索を請け負いました。その途中でお2人はこのアザリア近辺に居る可能性が他よりも若干高いという情報を得まして、この街にやって来たんです。クエイド町長は何かご存知ありませんか?」
ビリーの話を聞いたクエイドは自分の記憶を探るように目を閉じて考え込んだ。
「……お2人を確定する話は聞いた覚えがありませんな。アザリア山は山頂から向こうへの移動は禁じられておりますし、少し前までは魔物が溢れて痕跡を探るどころではありませんでした。元Ⅸ(ナインス)の冒険者ともあろう方々がエルフ領を侵して無用な火種を作るとも思えません。であれば、アザリア山を中心として範囲を絞るにしても相当限定された地域に限られると思います」
クエイドの話は理路整然としていて説得力を持っていた。更に地図を取り出し、具体的な範囲を提示してくる。
「考えられるのはアザリア山の奥にある大森林でしょう。普通の人間が住む場所ではありませんが、Ⅸにまで至った冒険者ならば狩りをして暮らしていく事も出来ると思います。冬でも雪に閉ざされるほど積雪もありません……が、それでもかなりの範囲が含まれますな」
縮尺された地図であれば軽く丸で囲うだけで済むが、実際の距離として考えれば半径20キロほどの歪な円になる。これを隅々まで踏破するのはいかにも骨が折れる作業だ。
しかし、最初の捜索予定範囲からすれば5分の1程度に減少しており、今回の捜索にはシャロンも同行しているとなれば、それほど厳しいという訳では無くなっていた。
「いえ、これならばなんとかなりそうです。ご助言に感謝します、クエイド町長」
「お役に立てたのであれば幸いです。今日はこの街に泊まって行かれるのですか?」
「それは……」
ここを拠点とするつもりでは居たが、毎日往復するには少々距離があり過ぎ、ビリーは他のメンバーに尋ねた。
「どうする、今日はここに泊まって明日から動き出すか?」
「別に疲れている訳じゃないからすぐに出発でいい」
聞く事が聞けたのだからと蒼凪が出発に一票を投じた。蒼凪は観光には興味は無く、早く依頼を果たしたいのである。それは多かれ少なかれ他の者も同じだった。
「あたしもすぐに出発でいいぜ。別に買う物も無いしな」
「森の中を捜索するなら馬車は使えません。今日の内に目的地近辺に向かった方がいいと思います」
「そうですね、探す場所が分かっているなら明るい内に辿り着いた方が夜営もしやすいんじゃないでしょうか」
「このくらいで疲労するほど柔な方はいらっしゃいませんし、出発で構わないかと」
パーティーの統一見解を得て、ビリーは頷き返した。
「分かった、ならばすぐにここを発とう。クエイド町長、有益な情報をありがとうございました」
「流石は英雄のお仲間、行動が迅速だ。出来れば歓待したいと思ったが邪魔をしては悪い、今度お時間が出来た時にでも皆さんでまたいらして下さい。この街の住人はいつでも歓迎致しますので」
「ありがたいお言葉、感謝致します」
クエイドとビリーは握手を交わし、一行は訪れたばかりのアザリアの街をすぐに発つ事になったのだった。
クエイドの示した場所まではアザリアから10キロ少々という所だが、途中から森林地帯へ踏み込む事になるので、捜索範囲の端に着く頃には既に日が暮れかかっていた。ちなみに馬車は荷物を下ろして売り払い、必要な荷物はそれぞれが背負っている。中でも智樹は荷物が多いが、これは別に貧乏くじを引いたのでは無く、魔物と戦う為のメンバーの動きを阻害しない為である。
ノースハイアよりも春が早いミーノスでは既に魔物がそれなりの頻度で出現するのだ。
「と言ってもこのパーティーで苦戦するような魔物がこんな所に出るはずも無いし、な!」
「グギャアアッ!!!」
腕が4本ある猿の魔物の群れの最後の一匹を斬り捨てたビリーが剣の血を払って納刀した。マルチアームドエイプは個体ごとに腕の数が違い、腕の数が多いほど強いとされているが、彼らのフィールドである森の中であってすら誰一人傷一つ負う事は無かったのである。
「Ⅳ(フォース)の魔物といっても実力も装備の質も違い過ぎる。こんな相手に怪我をしていたら悠先生に顔向け出来ない」
「能力を使うまでも無いわな」
事切れたマルチアームドエイプの頭に突き刺さった得物を引き抜き、血を洗って蒼凪は武器を回収した。その隣では神奈も手にしたナイフの血を拭って鞘に納めている。
「シャロンさん、血の臭いとかは大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。吸血鬼が一番惹かれるのは元になった種族の血ですから。これまでは度々ユウ様に心配を掛けてしまいましたので、我を忘れない様に鍛えました」
ソフィアローゼの手術の時やアルトの治療など、大量の血が充満する様な時はシャロンはいつも部屋で待機を命じられていた。それも全て血に狂う事を恐れての事である。半覚醒状態を維持出来る今、シャロンが人間以外の種族の血に狂う事は殆ど無い。
「今が……大体この辺りか」
地図を取り出して自分達の位置を確認したビリーはその近辺を確認しながら声を掛けた。
「このまま少し南に行けば川があるはずだ。今日はそこを拠点にして夜営しよう」
「「「了解」」」
討伐部位を刈り取り、積み上げたマルチアームドエイプの死体を蒼凪の闇属性魔法『腐食』で処分してからビリー達は南下して川に辿り着いた。野営の拠点として川の近くを利用するのは冒険者の基本中の基本である。
「あ、小雪に少し肉を持って帰ってあげれば良かったかも……」
「いや、マルチアームドエイプはそんなに美味い肉じゃ無いからなぁ。筋張ってて硬いし。でも、ケイが料理すれば美味くなるかも……」
「この間小雪が何か書いてるなと思って後ろから覗いたんだけど、そこに魔物の肉の味と料理法がびっしり書き込んであって大笑いしちゃったよ。採点までしてあるんだぜ?」
「「「アハハハハ!」」」
小雪の肉に対する情熱は普段の控えめな態度からは想像し難いが、恵が新しい食材に手を出すと必ず事細かに話を聞いてメモを認めているのだった。何かの拍子で出版されれば(肉)料理界に一大旋風を巻き起こすかもしれない。
ちなみに、同じ様に食に一途な神楽は何を食べても美味しく頂くので個人的な幸福に留まるのだった。
「まあ、食材に詳しいのは冒険者としてはいい事だよ。特にこういう風に遠出する時は食材は現地調達する事も多いからな。大容量の『冒険鞄』なんてそうそう持てるモンじゃ無いし」
「私達は一杯持ってますけどね」
今回の戦争で悠は各地に食糧を供給する役目も負っていたので、かなりの量の『冒険鞄』をミーノスから借り受けていた。形としては借りているという事になっていたが、ローランから「どうせ緊急時はユウに輸送を頼む事になるんだから持ってていいよ」と言われており、実質的には大量に余っている状態なのである。
水も食糧も一月冒険出来るくらいに揃えているが、それでも川の近くに拠点を設けるのは飲み水や料理以外にも生活用水が必要だからだ。
その後すぐに川を発見し、一行はテントを2つ設置するとそこで夜を明かす事となった。
「見張りはどうします? 私が一人でやっても構いませんが……?」
シャロンの申し出にビリーは首を振った。
「シャロンさんは睡眠も食事も必要無いけど、冒険者としてここに来ているんだから全員でやるべきだと俺は思う。アニキ達が居ないからって楽をしようとは思わないよな?」
ビリーの言葉に反論する者は居なかった。シャロンを連れて来たのは面倒事を押し付けて楽をする為では無いのだ。それに、皆自分を鍛えたいと思っており、ビリーの提案は全員の意に沿うものであった。
「じゃあ3交代だ。最初はトモキとソーナ、次はシャロンさんと俺、最後はカンナとリーンでいいな?」
さり気なく一番睡眠時間が取りにくい中間に自分を選ぶビリーは良いパーティーリーダーの見本であろう。パートナーのシャロンもこの中で一番タフであり、文句の付けようも無い。
こうしてその日の冒険はお開きとなった。
夜。最初の見張りを務める智樹と蒼凪は熾した火を2人で囲んでいた。
「……そうだ、蒼凪さんにはお礼を言わないと」
「お礼?」
武器を肩に掛けた智樹が蒼凪に頷いた。
「ルビナンテさんの事だよ。アルト君から相談を受けてくれたんだって?」
「……ああ、その事。別にお礼を言われる様な事はしてない。今回は上手く行ったみたいだから良かったけど、智樹に詰られるくらいの事は覚悟してた」
そもそも、蒼凪はルビナンテと智樹の件は可能性としてはかなり厳しいと見積もっていた。事実智樹はルビナンテに好感は抱いていても恋慕している訳では無かったのだ。それが逆転したのはルビナンテが精一杯行動したからで、蒼凪は今でも余計な真似だったのではないかと思っていた。
「詰るだなんて、そんな事しないよ」
「……そうなってみないと分からない。私はそんなに簡単に人の心に踏み込めないから。……人の心は簡単に変わる。私はそれを経験して来た」
蒼凪は過去に手痛く周囲の人間に裏切られて来た苦い経験がある。幸せだった家庭は崩壊し、継父と継母は蒼凪を自分の子供として愛してはくれなかった。友人は皆手の平を返したように離れ、孤独と絶望は蒼凪から生きる気力を奪い去っていった。
蒼凪が悠を敬愛、或いは崇拝しているのは、悠が非人間的なほどに自己を確立しているからかもしれない。悠ならば、たとえ世界の全てが蒼凪を排除しようとしても蒼凪を見捨てないと信じられるのだ。オリビアが悠を崇拝するのとそれは近しい感情の動きであろう。
「私には明ちゃんやアルトが眩し過ぎて目を逸らしたくなる時がある。あんなに簡単に、他人との溝を飛び越える事は私には出来ない。その溝がどこまで広くて深いのか私には分からないし、知りたいと思わない。その溝を照らす光が私には存在しない。だから私は……」
その先を自分の中でだけ呟き、蒼凪は沈黙した。薪がパチリと弾け、静かな夜の闇に吸い込まれていく。
智樹は蒼凪の闇を目の当たりにして言うべき言葉を探したが、頭に浮かんだのは全くシンプルな一言だけだった。
「……それでも、ありがとう。お陰で僕はルビナンテさんと通じ合う事が出来たんだ。蒼凪さんは不本意だったかもしれないけど、こうして助けられた人間は居るんだよ?」
「……そう……」
短く答えた蒼凪の心はやはり智樹には分からない。だが、神でも無い限りは誰にも他者の気持ちを100%理解する事など叶わないのだ。ならば人が出来るのは、誠意を持って自分の思いを相手に伝える事だけだろう。
「さっき私が言った事は忘れて。皆が心配するから。……ありがとう」
だから人は僅かでも通じ合えた事に対し感謝を口にするのかもしれなかった。
普通の(?)冒険者っぽい描写をあまりしていなかったのでこれを機にやってみました。主力の悠やバローでもその内未踏地でやってみたいですね。




