9-27 『六眼』捜索2
「まずはアザリアに行こう。町に居るとは思わないけど、捜索の拠点にするには適していると思う」
ビリーの宣言に異論は出ず、捜索隊はまずアザリアの街に向かう事になった。
「馬車の旅も慣れたもんだな」
「カンナ、油断するなよ? お前は子供らの中じゃ一番強いのに戦闘を楽しみ過ぎるのが悪い所だってユウのアニキが言ってただろ?」
「あたしだってずっと未熟なままじゃ無いぜ? 出掛ける時に樹里亜にも散々言われたよ」
ビリーの忠告に神奈が苦い表情で答えた。人間の反射神経を易々と超える神奈の能力は対人戦では無敵に近いが、それを操る神奈に油断があっては宝の持ち腐れである。
「でもそれは物怖じしないっていう長所でもある。幽体や不死系の敵が居ない限りは神奈は貴重な戦力」
「そ、それを言うなよ蒼凪~」
オカルト存在が苦手な事を暗に指摘され神奈が眦を下げた。シャロンくらい人間に近ければ気心が知れた今問題は無いのだが、うっかりギルザードが首元を晒していたりすると未だに竦み上がってしまったりする事もあるのだ。
「この世界には本当にそういう敵は居るけど、魔法もあるから大丈夫。それに、シャロンが居れば低ランクの相手は手出し出来ない。ね、シャロン?」
「使役されていてもいなくても他の『真祖』やエルダーウィッチ、幽幻騎士王でもない限りは心配要りませんよ。だから安心して下さいカンナさん」
シャロンの『真祖』は不死系種族最上位に位置しており、下位不死系種族に対する絶対権限を有している。これも『真祖』の能力の一つで、かつて国を滅ぼした所以でもある。
「ハリハリ先生はその辺りは抜かりありませんよ。このパーティーなら大抵の依頼はこなせます」
「それに人捜しがメインですからね。アザリア近辺なら私も行った事があります」
智樹とリーンの言葉にビリーが頷いた。ハリハリは軽く見えてそういう所で手を抜く人物では無い。
「アザリアの町長を務めるクエイドさんはアニキ達と親しいらしいから情報収集をしてみよう。もしかしたら手掛かりが得られるかもしれない」
一応の方針が纏まり、その晩は街道の途中で野営する事になった。
「こういう時はつくづく『虚数拠点』ってありがたいんだなぁって思うよ」
「持ち運べる屋敷で結界もお風呂もありますしね。私達冒険者からしてみれば夢の様な話です」
悠以外に持ち運び不可な『虚数拠点』はこうして遠征してみるとその有用性がしみじみと感じられた。何の警戒も必要無く体を休められるというのはそれだけで士気の維持や疲労度に大きな差を生み出すのだ。年少組が遠征メンバーに入っていないのは、やはりそれだけ遠出するというのは過酷だからである。
その点、この遠征メンバーは精神的にタフな人材が集められていた。ビリーとリーンは冒険者として活動していた経験があり、智樹は既にアルトと仕事をこなした実績がある。蒼凪と神奈は悠に良い報告をしたいという使命感が強く、シャロンは……。
「でも、シャロンはお姫様みたいなのにこういうの平気なのか?」
神奈が隣で火を囲むシャロンに問うと、シャロンは少し寂しそうに微笑んで答えた。
「……私は、ユウ様にお救い頂くまではずっと放浪生活でした。闇から闇への当てのない放浪に比べたらこのくらいは何でもありません」
シャロンは見た目通りのお姫様では無く、夜の支配者と呼ばれた『真祖』なのだ。正体がバレればすぐに刃を向けられるか悲鳴を上げて逃げられるかのどちらかであり、だからこそ世を忍んで生き延びて来たのである。
すぐにその事に思い至った神奈はしまったという顔で慌てて謝った。
「ご、ごめん、バカな事聞いた!!」
「いえ、気にしないで下さい。またこうして他の方と交われるようになった今、私はとても幸せですよ?」
シャロンのこれまでの旅は言わば死ぬための旅であった。シャロンの抵抗能力は高く、生半可な攻撃は暴走を招くだけで意味を成さない。入水しても炎に巻かれても一時的に苦しむだけで死ぬ事は出来ない。いつか滅する事を願いつつも、人間にも魔物にもシャロンを殺せる者は居なかった。
だが、悠と出会い、こうして生きる目的を持って旅をする事はシャロンにとって他の者達とは全く異なる感慨があるのだ。悠のみならずヒストリアというシャロンを殺す力を持った者達とこの時代になって出会えたというのは大いなる運命の巡り合わせでは無いかとシャロンには思えた。
「もう死ぬのはいつでも出来ますが、生きるのは今しか出来ません。ユウ様が元の世界にお帰りになるまでに、私は何としても成果をお見せしたいのです」
「そっかぁ……シャロンは強いなぁ……」
シャロンが我が身を儚んでいたのなら蒼凪は軽蔑したであろうが、しっかりと前を向いて進むシャロンに感じるのは神奈と同様に強さであった。我が身を儚んで死を求めたのはシャロンだけに限った話では無いのだ。
「それも全てユウ様のお陰です。……せめて何かお返し出来ればと思うのですが……」
「ユウ先生はおよそ世間一般の即物的な欲望を持っていませんから逆に困っちゃいますね」
「リーンや智樹はまだいいよ、この前に悠先生の頼みでミーノスの騎士団を鍛えたり、アライアットの人達を助けたりしたじゃん? あたしなんて助けられてばっかりでさぁ……」
「そもそも返し切れる程度の恩じゃない」
と、そこで蒼凪がおもむろに自分の胸に手を当てた。
「私の体は、貧相。悠先生も楽しめないかもしれない……」
話が危険な方向に進み出した気配を察してビリーと智樹は素早いアイコンタクトでその場から離れた。女子のこの手の話は男同士のそれよりも生々しいのである。
「悠先生はそんなの気にしないと思うな! そんなのに靡くんならおっぱいでっかかったシャロンの時に揉んでるって! なぁシャロン?」
「え!? そ、そうです、ね?」
「……シャロンも仲間のフリをした敵だった……」
蒼凪の周囲の闇が一層濃くなった気配にリーンが慌てて取りなした。
「か、体で返すっていう発想こそ即物的過ぎない?」
「……むしろご褒美だから?」
「そういう事が言いたいんじゃなくて!」
まるで無垢な少女のように小首を傾げて顔を向けてくる蒼凪だったが、内容は随分と生臭い話であった。むしろ小首を傾げたまま、リーンにキラーパスを繰り出してくる。
「そんないい子ちゃんな事を言いつつもリーンだって悠先生が迎えに来た時、ドサクサに紛れて抱き付いたって聞いた。ズルい」
「ち、ちがっ!? ……わないけど、あれは、その……心細かったから感極まって、つい……」
「何とも思ってない人に抱き付かないよな!」
「ええ、そうですね」
全員に頷かれ(ビリーと智樹は離れて小さくなっていたが)、リーンも真っ赤になって俯いた。
「みんなイジワルだよぉ……」
「別に好意は隠さなくてもいい。リーンは多分恋愛感情っていうほどじゃ無いんだと思うけど、頼りがいのある男の人をいいなって思うのは普通の事。……神奈やシャロンはもう2、3歩踏み込んでるみたいだけど」
「ん? あたしは悠先生の事は大好きだぞ! オヤジをブッ飛ばして一緒に付いて行くんだ!!」
「……はい、お慕い申し上げております……」
ハッキリと悠への好意を明言する神奈と、顔を真っ赤に染め、蚊の鳴く様な声で口にするシャロンは対照的ではあってもその本質は同じであった。
「その為には私達はもっともっと強くならなくちゃ駄目。今のままじゃ一生悠先生には届かない。だから、戦う相手が居るこの世界でもっと鍛えないと」
そして勿論蒼凪の意志は誰よりも強固だ。追いつける追いつけないでは無く、追いつくのだ。今は小賢しい策よりも、揺るがない精神論が必要なのだった。
「まずはイライザさんとアルベルトさんを見つけないとな」
「ユウ様の妹君の事が分かればユウ様も喜んでくれるかもしれません。吉報であれば良いですね」
「戦いにならないよね?」
「なっても構わない。その時は勝って言う事を聞いて貰う」
リーンが不安を呈したが、元Ⅸ(ナインス)冒険者であっても蒼凪に恐れは無かった。蒼凪が恐れるのは、いつだって悠に見限られる事だけなのだ。
決意を新たにする一行の夜は、ゆっくりと更けていった……。
「トモキも貴族の彼女が出来たんだって? と、年上の俺を差し置いて……!」
「ちょ、誰に聞いたんですか!? ぐえっ!?」
ちなみに、男2人は男2人で健全なボーイズトーク(?)に花を咲かせていたのだった。
犯人は髭。
ガールズトークに比べ、ボーイズトークの精神年齢が低い気が……。




