9-22 暗中模索11
10箇所同時攻撃を全て捌く事は悠にも不可能だ。だが、龍には遠距離攻撃を多用する者も居たので、回避の方法は心得ていた。
直線的な攻撃は一ミリでもズレていれば当たる事は無い。最初の攻撃で海王が指先から水刃を出すのを見たのだから、指先を向けた時点で何が飛んでくるのかは自明の理である。
悠は必要最小限の動きで初弾の射線から身をかわしたが、海王に落胆は無かった。
「いつまでウチの『指穿水』を避けられるか試してみぃや!!」
海王は一斉射で放っていた『指穿水』を再び悠に放ち始めた。しかも今度は指一本ごとに微妙に時間差を付け、悠の接近を許さない。
ちょっとしたマシンガンの様な弾幕に悠は回避で手一杯に陥った。全てを盾で弾くには『指穿水』は速く、重過ぎ、更に不味い事にこの謁見の間には盾になりそうな遮蔽物が殆ど存在しないのだ。
《不味いぞ、防戦一方ではその内削り殺される!!》
《ユウ、しばらく逃げ回って、その間に私も手を考えるわ》
「了解だ」
悠自身も策を練りながら部屋を縦横無尽に駆け、再度海王を観察した。各指からの発射速度、威力、癖、海王の疲労度まで読み取ろうという情報収集だが、導き出された結果は芳しくない。
(撃ちまくっている割に弾切れする様子は無いな。威力の減衰も疲労も殆ど無い様だし、タイミングを読まれない様に発射する指もこまめに切り替えている。自分の能力を完全に把握して使いこなしている上、先ほどのタフネスだと、100発ほど殴らんと昏倒させる事は出来そうに無い。体組織を弄れるのなら打投極のどれもが決め手に欠ける。有効そうなのは……)
壁をつま先で穿ちながら駆け上がり、立体的な動きで回避しつつ悠は海王攻略の一手を練り上げた。しかし、それを実践するには少々痛手を被る覚悟が必要であった。
(おかしいのよね……いくら深海に居るからって何百年も海王がこの場所で見つからないで暮らせるものかしら? 今だって凄い殺気と力を振り撒いてるのに……ん?)
悠が壁を駆け上がった事でレイラの感知範囲に天井が入り、レイラは一つの推測を得た。
(今のは……なるほど、そういう事ね)
《ユウ、誰でもいいから外部と『心通話』を――》
それを実践するべくレイラは悠に声を掛けようとするが、その前に状況はイレギュラーを紛れ込ませていた。
「ふえっ!?」
一瞬海王の目を眩ませる為に王座の裏に飛び込んだ悠の目に涙目で震えるプリムが目に入った。丁度レイラが悠に声を掛けようとしていたタイミングであり、乱射の気配に紛れてプリムの気配が感知しにくくなっていたからこそ起きた偶然である。だが、海王はそれに気付かない。
「貰たでぇ!」
動きの止まった悠に海王の『指穿水』が殺到する。悠だけなら回避する事は出来たが、その内の一発がプリムへの直撃コースを辿っており、悠が回避すればプリムは消し飛ぶだろう。だから悠は決断した。
「きゃっ!」
プリムの視界が寸での所で悠の盾で遮られ――一条、二条三条と『指穿水』が玉座を貫いて悠の左肩、右胸、脇腹を貫通した。
「《《ユウ!!!》》」
それでも盾で庇ったプリムを優しくキャッチし、悠は床に転がった。そして、大量の吐血。
「ごふっ」
肺を傷付けられたせいで気管をせり上がって来た血液を口から床に吐き出し、すぐに『簡易治癒』で出血だけを止めてプリムに言った。
「どうして、ここに? 逃げんと今のように、巻き添えを、食うぞ……」
「だ、だって……心配だったんだもん……!」
プリムは泣きながら悠の手を握った。口調に重みは無いが、やはり自分が連れて来た悠が海王に殺されそうになっているのが気が気では無かったのだろう、何とか海王を説得出来ないかと様子を伺っている内に逃げそびれたのだった。
「ユウ、こんなんじゃもう戦えないよ! わたしが何とか海王様をもう一回説得してみるから……」
「いいから、逃げろ。俺がこれから、やろうとしている事を考えれば、この程度で、くたばっている様では、海王も鼻で笑って、話を聞かんだろう。……『竜騎士』は、打倒と救助を、ともに成したいのなら、どちらも完遂せねば、ならんのだ。行け、俺は、誰にも負けん」
牽制にありったけの投げナイフを玉座の裏から海王に投げ付け、玉座から飛び出して海王の部屋の中にプリムを軽く投げ入れた。
「……手応えアリと思ったんに、しぶといなぁ自分。でも、結構効いとるやろ?」
「なに、この程度は戦場では日常茶飯事、気にするほどの事では無い」
プリムに気付かない海王は悠の損傷を嘲笑ったが、悠は苦痛の陰すら見せずに海王に向き直った。
しかし、悠の怪我はかなりの重傷だ。左肩は骨を貫通して殆ど動かないし、肺も傷を塞いだだけで一呼吸するだけで激痛を発している。腹部からの出血は周囲の服を赤く染め上げていた。
「強がりもええけど、もう打つ手も無いやろ? アンタみたいな――がこの世界に来たのがそもそもの間違いや。二代目海王としての義務は果たさせて貰うで」
「いや、手は……今出来た。レイラ」
《了解! 10秒以内に決めて!》
海王の意味不明な言葉が気になったが、悠は会話の間に『心通話』を試して確信を得、ペンダントを掲げた。
「何や?」
「変身っ!」
海王の前で悠が変わる。赤い靄に包まれ、一瞬後には真紅の輝きが悠の体を覆い尽くす。突然の変化に、海王は攻撃を躊躇してそれを呆然と見つめた。
まるで美術品と見紛う気品と、美術品には決して持ち得ない力感に海王が一歩退く。
だが、自らの矜持が海王に二歩目の後退を許さなかった。
「……んなモンにビビってたら海王は務まらんのじゃボケェ!!!」
海王は全ての指と、そして髪状の触手の全てを悠に照準して解き放った。
「『穿水蒼射』!!!」
先ほどの10どころでは無く、100にも達する水の圧縮砲が悠に向けて殺到した。手負いで10倍の攻撃に晒されては全弾回避は出来ないだろうと、海王は蜂の巣になった悠の姿を幻視した……が、それは幻視のまま、幻として打ち砕かれた。
悠がその場から掻き消える。同時に自分の放った弾を弾き、さっきまでとは比べ物にならない速度で回り込んで来た悠に海王は舌打ちしつつも蹴りを叩き込んだが、受ける避けるでは無く、悠はその触手による蹴りを手で掴んだ。
「……じ、冗談やろ?」
「これも冗談かな?」
触手が引き千切られるかと思うほどの速度でその手が振られ、海王は自分が床に叩き付けられる直前に体組織を弄り、衝撃に耐えた。それでもその衝撃は凄まじく、叩き付けられた海王を中心に床に放射状の亀裂が刻まれる。
「ガハッ!?」
人間であれば床のシミに変わっているであろう衝撃に海王は耐えた。それどころか意識すらはっきりと保ち、攻撃が成功したと思っているであろう悠の油断を突いて鎧の隙間から触手を滑り込ませようとしたが、悠が片膝をついてその腹に添えた掌に慄然とする。
悠はこれで海王が倒せるなどと考えてはいなかった。どこまでも確実に、自分の物質体干渉が最大限に働く距離に入り、海王を逃がさない為にこの体勢に入ったのだ。
海王の生存本能がこれまで生きて来た長い生の中でも最大限の警鐘を鳴らし、せめて打撃に耐えようと刹那の間に打撃に耐えられる体を保持しようとして――果たせなかった。
「な……ん!?」
悠の手が添えられている腹が肉の柔らかさを保持したまま海王の意のままに変えられないのだ。まるで自らの体が反逆したかのような錯覚に海王は混乱したが、悠は止まらない。
「俺の物質体干渉を上回らんとそれは使えん。……まぁ、殺しはせんよ」
悠は台詞の終わりに被せて海王の腹に浸透勁を打ち込んだ。柔らかな腹を伝わり、波となって広がる衝撃に海王の口から青い血が迸る。
「ゲハッ!!!」
口だけでは無く、鼻や目からも零れた血がその衝撃を物語っており、腹を踏み破られたかのような錯覚が海王が意識を保っていた時に感じた最後の感覚となった。
ふぅ……死ぬかと思った。(色んな人が)




