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9-19 暗中模索8

小人少女は朝の気配を感じて目を覚ました。夢見が良かったのはきっと美味しい物をお腹いっぱい食べて眠れたからだろう。


満足げに目を擦っていると、少女に声が掛けられた。


「おはよう」


「ん~……おはよー……」


……少女の顔から血の気が引いた。覚醒するに従い、今自分が何処に居て誰と話しているかに思い至ったからである。


あまつさえ、少女が抱き付いているのはその相手の指なのだ。




「きゃあああああああ!!!」




少女は叫びながら後転を繰り返し、そのまま昨夜盗み食いしたケーキに頭から突っ込んだ。


「むぐーーーっ!!!」


(美味ぁい! 違う、そうじゃない!!)


頭を引き抜けずじたばたと暴れる少女を感情を感じさせない瞳で眺めていた悠はそっと腰の辺りを摘み、ケーキから少女を引き抜いた。


「ぷわあっ!!」


「今更取り乱さなくてもいいだろう? 俺に何か用があるのではないのか?」


少女は血の気の引いた顔で震えていたが、悠が自分に危害を加えそうに無いと察したのか表情を改めて悠に怒鳴った。


「あ、アンタ何しにこの島に来たの!? 大人しく白状しなきゃ、い、痛い目に遭うんだからね!!」


「話せば長くなるが……俺は人間の冒険者の悠という者だが、君は?」


「え? わ、わたしは水精族ニンフのプリムだけど……」


せっかくの啖呵をサラリと流され動揺したプリムは正直に自分の身元を漏らした。


「そうか。ならば朝食でも取りながら話すか」


《水精族だって。スフィーロは知ってる?》


《いや……我は妖精フェアリーの種類には詳しくない。変わった力を持っているらしいが、ドラゴンが戦うには小さ過ぎるのか伝えられていないのだ。存在自体を知らぬ者が大半であろう。普通のドラゴンは弱者などに注意を払ったりせんしな》


プリムがいくら取り乱そうが悠は平常運転だ。敵で無いのなら話し合えばいいのだから無闇に逆らう必要は無いのである。


プリムは姿の見えない存在と話す悠に再び緊張したが、悠はそれに構わずナイフでプリム用のコップなどを木片から作りながら朝食の準備に勤しんだのだった。




「……つまり、プリムが言いたいのは、ここは海の一族の支配地だと?」


「そうよ! ずーーーーー……っと昔から、この島は海王ネプチューン様が陸の者達との接点として使っている島なんだから!!」


プリムの話は悠には初耳であった。プリムが言うには世界の全ての海は海王という支配者が存在し、この島は世界で唯一陸の者と接触を持つ時に用いられる特別な場所なのだそうだ。しかし、長い時が経過するにつれてこの島の存在は忘れ去られ、今では誰も訪れる事も無くなったのである。


誰も訪れなくなった原因の一つはドラゴンだ。ドラゴンがドラゴンズクレイドルを支配するようになってからこの近くに他種族が近寄る事は出来なくなってしまったのだった。


「海王……知っているかスフィーロ?」


《伝承で聞いた事はある。ドラゴンがドラゴンズクレイドルを支配するように、海にもそこを支配地とする者が居るのだと。しかし、海王に会った事がある者は誰も居らんから、てっきり御伽噺か神話の類だと思っていたが……》


「ちゃんと居るわよ!! わたしは海王様に言われて偵察に来たんだもん!!」


《なのにケーキを食べて寝ちゃったの?》


「うっ!? ……し、仕方ないじゃない!! あんなに美味しい物食べた事なかったんだし!!」


何が仕方無いのかは分からないが、プリムの中では仕方無いのだろう。


「それで、海王は俺にどうしろと?」


「え……知らないよ? わたしは「プリム~、ちょっと見て来てぇな~」って海王様が言うから見に来ただけだし」


「《《……》》」


何の具体性も無いとは予想外であった。わざわざ危険を冒してまで忍び込んで来たのだから目的の一つもあるのではと勘ぐったが、単なる行き当たりばったりで好奇心任せの無鉄砲な行動であったらしい。海王の言動もやたらと軽く、話半分に聞いても真剣さは感じられなかった。


「じゃあ朝食を食べ終わったら帰るか?」


「わたしを捕まえたりしないの?」


小首を傾げるプリムは一応見つかると危ないという認識はあるようだったが、悠に全くそんな素振りがないので率直に尋ねた。


「捕まえるのなら最初にテントに入って来た時に捕まえたさ。それに、ここは海王の所有地なのだろう? 勝手に上陸したのは俺の方だからな。むしろ此方から挨拶に伺いたいと思っているが……案内して貰えんか?」


この星の全容を悠は知らないが、人間が生きていけるという条件なら故郷の星と大きな相違は無いだろうと見積もっていた。ならば陸地よりも海洋面積の方がずっと広いはずで、海王と友誼を交わす事が出来れば悠の目的である平和に大きく前進する事になるのは間違い無い。これは是非とも会わなければならない相手である。


「んー……どうしよっかなー……」


プリムは迷っているようだったが、その視線はチラチラとケーキの方を気にしており、女心には疎い悠でもプリムが求めている物が何なのかは良く理解出来た。


「……そう言えば、挨拶に伺うならば手土産が要るな。ちょうどそのケーキや他の料理も手元にあるのだが、手土産としては不足――」


「早く行きましょう!! わたしが案内してあげるから!!」


一瞬で態度を軟化させたプリムは悠の袖を引っ張り出発を促してきた。どうやら食い気が彼女の最大の判断材料であるらしい。


《……なんだか、無垢な子を騙してるみたいで気が引けるわ》


《別に嘘は吐いておらんのだ、これ以上は海王とやらに判断を仰ぐしかあるまい。それに、海洋の支配者とは我も興味がある》


レイラは短い間にプリムの事が気に入ったようだ。レイラの中の女性的な感性がプリムの愛らしさに惹かれたのだろう。


「ならば早速向かおうか。プラムドも今日はまだ会いには来れんだろうし、来るまでに滞在の許可を得ておいても無駄にはなるまい」


こうして悠は期せずしてプリムの案内で海の支配者海王に会う事になったのだった。




プリムに案内され、悠は森の中を進んでいた。てっきり海に向けて進むと思っていたので当てが外れたが、プリムに悠を騙しているような気配はないので文句を付ける事は無い。


そんなプリムがどうやって悠を案内しているのかと言えば、フワフワと悠の前方を飛んでいるのだった。


「ふふふふ~ん♪」


悠の土産がよほど楽しみらしく鼻歌など歌っているプリムは自分が貰ったのと同じ様に思っているのかもしれない。


羽も無いのにどうやって飛行しているのかと悠が問うと、「ん? そんなの飛ぼうと思えば飛べるに決まってるじゃない!」と得意げに返され追及は諦めた。おそらくそういう種族特性なのだろう。飛行魔法の開発に悩むハリハリに有益な情報を持って帰ってやりたかった悠だが、そうトントン拍子で上手くはいかないようだ。


森には久しく誰も入っていない事を裏付けるように道らしい道も無いが、悠は時には樹の枝にぶら下がったりしながら奥を目指した。険しいと言っても所詮は1キロ四方程度の島であり、悠が目的地に付いたのはほんの15分ほど後の事だった。


そこで悠を待っていたのは大きなウロが空いた、枯死した巨木だ。樹齢何年で朽ちたのか分からないが、大人が数人で手を繋いでも囲えないほどの直径であった。


「他にも入り口はあったんだけど、誰も来ないから塞いじゃったんだって」


「……このウロの中に入ればいいのか?」


「そうよ。後はわたしに任せて!」


プリムが促す通り、悠はウロの中に身を滑り込ませた。巨木の内部は空洞化していたが天蓋は貫通しておらず、ここなら住居の役割を果たす事も出来るだろうと、野宿に慣れた人間の思考で考えた。


《……へえ……これは中々考えられているわね。万一私みたいに感知が出来るドラゴンが来てもこれなら入り口だって分からないわ》


「ほら、いいから座って座って!」


レイラはこのウロのどこが入り口なのか見当がついたらしい。悠にはまだ分からないが、プリムが座れと言うのでとりあえず枯葉が敷き詰められている地面に胡坐をかいた。


「これでいいか?」


「いいわよ。それじゃただいまーーーっ!!」


プリムが壁に触れて宣言すると、薄い空色のオーラが壁に波紋の様に伝わった。波紋は大きくなるにつれて宙に溶け込むように消えたが、今度は地面に異変が起こった。




ガクン!




少し大きめの震動と同時に悠の視界が闇に包まれた。それは目を塞がれたからでは無く、光から一気に遠ざかったからだ。


闇の中を悠はプリムがいいというまでじっと待ち続けたのだった。

きっと海王様だけに、悠に○王拳とか教えてくれるんですよ。

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