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9-15 暗中模索4

昼までの時間はフェルゼンでドラゴンズクレイドルに持って行く物を仕入れたり、残る者達への伝達に時間が費やされ、ハリハリには更なる過重労働を課す事になるが、冒険者ギルドで受け取った箱の解析も合わせて頼んだ。


「ヤハハ……どうしてこうユウ殿はワタクシの気を引くのが上手なんですかね? また眠れぬ夜を送ってしまいそうですよ」


「そっちは別に急がんからな。睡眠時間を削ってまで調べる必要は無いぞ」


「分かっていますよ。でもこういう物を見せられると仕事とは別でのめり込んでしまうんですよねぇ……」


仕事と趣味は別腹という事だろう。むしろ時間を削ってでもやりたいと思うからこその趣味である。


「それとですね、提案があるのですが……」


「何だ?」


「イライザ殿とアルベルト殿の捜索を手の空いている希望者にやって貰っては如何ですか? ワタクシや連絡役を務めるソーナ殿はここに残らなくてはならないでしょうが、全てをユウ殿が担っていてはユウ殿は休む間もありません。ユウ殿は休息などそれほど必要としないかもしれませんが、昨日のケイ殿を例に挙げるまでも無く、皆ユウ殿が働き過ぎる事を心配しているのです。これからも関わる種族が増えればユウ殿は今以上に世界中を駆け巡らなければならなくなります。そろそろ他の者で済む事は丸投げしてもいいのでは無いかと思うんですよ」


ハリハリやカロン親子には悠はかなり頼っているつもりだが、戦闘を主とするメンバーにはそれ以外の仕事を課していないのは確かである。自分が働く事には何の躊躇も無い悠だが、それが他者であると匙加減に迷う事もあるのだった。


無言で先を促す悠にハリハリは更に言い募る。


「それに、人間の領域からは暗躍する者の魔の手は払拭されたと見ていいでしょう。この屋敷の者で簡単に後れを取る者は居ませんよ。いつまでもユウ殿に頼るままでは自立心が育ちません。ユウ殿がドラゴンズクレイドルを攻略している間は自由に動かしてみませんか?」


思えば、ハリハリが『飛行』や『転移』の魔法の解析を急いでいるのも今後の悠のサポートを考えての事であった。行動の利便性が向上すれば悠に掛かる負担は相当軽減されるし、何かあった時の備えにもなるからだ。


悠は予測される脅威を測り、対策を纏めつつハリハリに答えた。


「……俺が居ない時に大怪我を負うと命に関わる。装備や常備薬には万全の注意を払ってくれ。ゆえに、単独行動は許可出来ん。必ず3人以上で行動する事、そして連絡を密にする事を徹底するなら……了承しよう」


「はい、それは勿論徹底させて頂きます。……しかし、我々はなんだか心配性の親みたいですね。先生と呼ばれ続けて意識に染みついて来たんでしょうか?」


「保護者というのはそういうものだろう。過保護にするだけではいかんと理解しつつも、自分の近くから離すのには不安を覚える。だが、極小の可能性を恐れるばかりでは外に一歩も出せなくなってしまう。生憎俺にはその辺りの匙加減は分からんのでな、何か気付いたらまた言ってくれ」


悠も人間であり、万能の存在では有り得ない。体は一つだけだし、同時に2つの事象には当たれないのだ。ならばせっかく築いた信頼関係を生かすべきであろうとは頭では理解しているが、それに伴う危険を考えると結局は自分で動いてしまう傾向にあった。言葉は柔らかいが、ハリハリの助言は悠に対する諫言でもあるのだ。


「ええ、口と知恵を出すのがワタクシの役目ですしね。今の内にやっておきたい事は山の様にあります。ユウ殿、無事の帰還を祈っていますよ。あなたが居なければ我々は行く先を見失ってしまいます、あまり無理はなさらずに」


「無理を通さねばならん道のりだが、自分の命を粗末にはせんよ。責任を放棄するのは俺の趣味じゃない」


ハリハリが差し出した手を悠はしっかりと握って答えたのだった。




「では行って来る。俺の居ない間はハリハリの言う事を良く聞いてくれ」


「「「はい!」」」


悠は荷物の山を前に全員に言い置いた。ここからはしばらく別行動であり、再会にはそれなりの日数を要するだろう。


「アルト、蒼凪、何かあればお前達から俺に連絡してくれ。それとは別に提示連絡もな。アルトは夜の鐘(午後六時)が鳴る頃に、蒼凪はその一時間後に頼む」


「はい、分かりました」


「了解です。悠先生もお気を付けて」


伝達が終わると、悠は荷物の中に紛れ込んだ。


「それでは皆様方、ユウ様をお預かり致します。……願わくば、次は堂々とお会いしたいものです」


「助けが必要な時は必ず私を呼べよ、プラムド」


「ウィスティリア様にもそうお伝えしておきますよ、サイサリス様。では……」


変化メタモルフォーゼ』を解いたプラムドは軽く羽ばたいて体を宙に浮かせると、荷物をしっかりと掴んで大空に舞い上がっていった。


そのまま別れの挨拶をするように数度旋回し、プラムドは一路ドラゴンズクレイドルに向けて飛び去っていく。それを見届けると、ハリハリは一区切り入れるように向き直った。


「……さて、今回ばかりはすんなりと行くか手間取るかは状況が読めませんね」


「人間とは精神構造も実力もまるで違いますしね。最悪の場合は殺し合う事になるかもしれません……」


ドラゴンはたとえ最弱の者でも人間なら英雄クラスの強者である。それ故に戦闘意識が高く、言葉による説得は困難で破綻を招きやすいとハリハリや樹里亜は考えていた。


「なに、ユウの事だ、きっとどうにかするさ。我々は我々で少しでもユウの負担を減らす事を考えるべきだろう?」


「そうですね。まずはイライザさんとアルベルトさんの捜索を急ぎましょう。内訳はハリハリ先生に考えて貰って……」


そこでアルトの袖がくいっと引かれた。


「何でしょうか、ソーナさん?」


「アルトは今回は留守番」


「えっ!?」


決定事項として告げる蒼凪にアルトが驚くが、蒼凪は理路整然とその理由を語った。


「悠先生は私とアルトが留守番と捜索で別々に行動する事を前提にして話していたし、アルトは前回智樹とヘネティアに行ったから、今回は私に譲るべき」


「うっ……で、でも……!」


痛い所を突かれたアルトが何とか反撃に出ようと口を開いたが、更なる蒼凪の追撃に黙らされた。


「それに、この前相談に乗って上げた対価を要求する。アルトは恩知らずじゃないから私に譲ってくれるよね……?」


「うぐ……」


蒼凪に対して借りがあるアルトは、それを盾に譲歩を迫られて対抗する事は出来なかった。アルトとて思春期の少年で、まだ見ぬ場所での冒険には非常に心惹かれるのだが、一種老成している倫理観が義理を踏み倒すのを躊躇させるのだ。この交渉は最初からアルトには分が悪過ぎたのである。


普通の女子であればアルトほどの美貌や権力の持ち主に堂々と要求する事は叶わないが、蒼凪にはそのどちらも通用しない。蒼凪は悠一筋であるし権力とも無縁で、更にアルトの父であるローランも何かと蒼凪を可愛がっており、強く出られるとアルトとしては対抗策が存在しないのだった。


一縷の望みを託して人事決定権のあるハリハリにチラリと視線を送ってみたが、ハリハリは露骨に視線を外して無関係を装っており、アルトはガックリと肩を落とした。


「……分かりました、お譲りします……」


「分かってくれて良かった。私もあまりアルトを追い詰めたくは無いから……」


そう言って薄く笑う蒼凪にアルトは早めに折れておいて良かったと思わずにはいられなかったのであった。

アルトは蒼凪に頭が上がらなくなりつつありますね。こういう風にアルトを意識しない女子相手の経験がアルトには無いからでしょう。頑張って慣れるしかありません……。

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