9-14 暗中模索3
そこから話し合いが始まるのかという所だったが、それは恵の言葉でお開きになった。
「……今日は、ゆっくり休んで下さる約束でしたよね……?」
悠を休ませる事も重要であり、その晩は一時解散となった。といっても既に午前二時に近い時刻ではあったのだが……。
プラムドも屋敷の客人として部屋をあてがわれ、明くる日までの時間を悶々と過ごし、翌日の朝食を皆で囲んでいた。
その多彩さにはプラムドも驚いた。この場合の多彩とは食卓を彩る料理の事では無く、それを囲む者達の事だ。
「デュラハンに吸血鬼にエルフ、ドラゴンまで……ここはどういう場所なのですかな?」
「ん~……世界平和を目論む善の秘密結社じゃないですかね?」
「大体合っていると思うが、少々陳腐だな」
「単なる寄り合い所帯だろ。ちょっとそこのサラダ取ってくれ」
「髭、貴様食い過ぎだぞ。サッサと自分の家に帰れ」
「アグニエルとレフィーがどうなったのかを見るのが億劫なんだよ……」
「その辺の事情は追々話す事にしよう。そこそこに複雑なのでな」
「プラムドさんも遠慮なく召し上がって下さいね」
「ああ、これはかたじけない。……むっ、何たる美味!!!」
恵の料理の威力は種族の壁を超えて万国共通であった。
「さて、第二次作戦会議です。前回は「飛んで泳いでコッソリ上陸作戦」という事に決定しましたが、プラムド殿が居るのですから再度練り直しましょう。そこでワタクシが考えたのが……」
ハリハリがホワイトボードに絵を描き始めた。
「まずプラムド殿はウィスティリア殿の我儘で外に出た事になっていますので、持ち帰る沢山の物品を用意します。これは別に何でもいいので量を稼ぎ、その荷物の一部にユウ殿が潜んでドラゴンズクレイドルのある島に侵入します。ユウ殿が『竜騎士』となって飛んで行っては竜気でばれてしまうでしょうが、生身のままならプラムド殿の竜気に紛れさせる事が出来るでしょう。島はちょっとした大陸並みに広いですから、適当に目立たない場所にユウ殿を残し、プラムド殿は何食わぬ顔でドラゴンズクレイドルに帰還します。名付けて「荷物に紛れてコッソリ上陸作戦」です!」
そのまんまな名前はともかく、作戦としては悪くないと思われたのでそこからは細かな点の修正作業に入った。
「プラムド殿、ユウ殿が潜むのに都合のいい場所はありますかね?」
「そうですな……単に他のドラゴンが居ないという事でしたらドラゴンズクレイドルの周囲で無ければ良いと思いますが、発見されやすい平野も避けた方がいいでしょう。それと糧を得る為の狩場も除外して……」
ドラゴンが近付きそうな場所を排除して残った場所をプラムドは示した。
「この隣接する小島が潜むには適しているのではないかと。この島は餌になる動物も居ませんし、水場も無くドラゴンが好き好んで訪れる場所ではありません。人間の食に私は詳しくはありませんが……」
動物が生きていく為に必要な物はそう変わるものではないので、プラムドの問いに悠は頷いた。
「水や食料は自分で用意しよう。『冒険鞄』があれば困る事も無い」
「ではそこを拠点にして穏健派のドラゴンと交渉を進める事にしましょう」
「穏健派って、スフィーロさんが居なくなって今は誰が纏めているんですか?」
これまでの流れからプラムドが主となっている訳では無いと知る樹里亜の質問にプラムドは少し考えながら答えた。
「……旗印となる方はいらっしゃいません。強いて言えばウィスティリア様ですが、ご存じの通りウィスティリア様は虜囚の身、自由に動く事は叶いませんので」
「それだといざ動く時に困りますね……」
「ヤハハ、それは簡単に解決出来ますよ。居ないのなら作ってしまえば良いのです」
そう言うハリハリの視線の先に居るのは当然プラムドである。
「……ま、まさか私にそれをやれと!?」
「ウィスティリア殿が解放されるまでは誰かしらがやらねばならない事ですし、サイサリス殿の話だとプラムド殿ほど信頼出来るドラゴンは他に名が上がりませんでした。合議して少しずつ詰めて行く時間も無いのなら、こうするしかありません」
本当なら徐々に話を進めて行くべき案件だが、ドラゴン側の期限が無いのであれば誰かを頭にして急いで対応するしか無く、それは自由に動けないウィスティリアでは務まらないのだ。
「誰も私の言う事など聞きませんよ!?」
「ならば座して滅ぶか?」
悠の淡々と事実を告げる口調にプラムドは言葉に詰まった。
「ドラゴンが大した理由も無く人間の領域に攻め込むならば、俺は人間の側に立ってそれを阻止しなければならない。それは俺が人間だからでは無く、ドラゴンの側に何の理も無いからだ。強者の傲慢で戦乱を撒き散らすつもりなら俺は人間であろうとドラゴンであろうと容赦するつもりは無い」
「ユウ殿は本気ですよ、プラムド殿。つい最近も人間の中の不穏勢力を強制的に排除しました。あなたもドラゴンという種族の行く末を真に憂うのであれば今覚悟を決めて下さい。平和を得る為に戦わなければならない時もあるのです」
「……」
プラムドは他者を主導する事を考えた事は無い。決められた枠の中でより良い選択肢を探すのがプラムドの生き方である。だが、穏健派はスフィーロという頭を失い、ウィスティリアという実行力を喪失してただの烏合の衆に成り下がっていた。プラムドよりも高齢なドラゴンは居らず、冷静に考えて頭を任せられる者は居なかった。このままでは龍王の意志の下、ただ流されて人間との戦争に突入するだろう。
誰かがやらなければならないのだ。ドラゴンは絶対的な恐怖の象徴として畏怖されているが、世界の破壊者であってはならないとプラムドは思っていた。このドラゴンズクレイドルだけでドラゴンという種は十分に生きていけるし、無闇に領域を広げて他者の領域を侵すべきでは無い。全てが死に絶えれば、ドラゴンも生きてはいけないのだ。
プラムドの体を震えが襲った。武者震いなどでは無い、恐怖から来る震えだ。自分にドラゴンという種の未来が掛かっていると思うと、今すぐこの場から逃げ出したかった。
それでも、退く道などプラムドには残されていなかった。プラムドにはドラゴンの未来もウィスティリアも見捨てる事など出来ないのだから。
「……分かりました、一命を賭して当たらせて頂きます」
「我々も出来る限りサポートしますよ。差し当たっては……」
ハリハリは会議に恵を呼び寄せた。
「何のご用ですか、ハリハリ先生?」
「ケイ殿には昼までに作れるだけ大量の料理を作って頂きたいのです。ウィスティリア殿への土産でもありますし、他の穏健派のドラゴンとの会話の糸口にもなるでしょう。加えてユウ殿の滞在中の食事にもね」
恵の料理がドラゴンにも美味に感じられる事は先ほどのプラムドの反応やサイサリスからも立証済みである。娯楽の少ない世界だからこそ食い付いて来る者も居るだろう。ドラゴンに料理の概念など無いのだから。
「機嫌が良くなれば話の通りも良くなるのはどの種族でも同じです。まずは何としても穏健派の中で確固たる地位を築いて下さい。その為なら慣れない事でもやって貰わなければなりません。場合によっては力すら行使する必要があるかもしれませんしね」
「……プラムドが力を見せても従うかな……」
プラムドの穏やかな性格をよく知るサイサリスが不安を滲ませたが、悠は首を振った。
「穏健派にスフィーロ以上のドラゴンが居らんのなら他は似たり寄ったりだろう。それに見せるべきは力では無い、決して退かぬという覚悟だ。命を懸けてでも退かぬ相手と見れば覚悟の無い相手は腰が引ける」
サイサリスに答えているようで、その言葉が自分に覚悟を促すものであるという事をプラムドは自覚していた。目的を達したいのであれば命懸けで説得しろと悠は言っているのだ。
プラムドは射抜くような悠の視線に小さく、だがしっかりと頷いたのだった。
料理万能説。




