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9-11 囚われの竜姫

「…………う……」


「ん? ようやくお目覚めかな?」


頭に鈍痛を残したままウィスティリアは目を覚ました。居場所は相変わらず岩をくり抜いて作られた冷たい石の牢屋の中だ。


ウィスティリアがここに閉じ込められて既に三月近くが経過していたが、一向に出して貰えそうな気配は無く、力ずくの脱出も失敗してこの有り様である。今も体は自分の物とは思えないほどに重く、伏せた状態から視線を上に向けるのが精一杯であった。他のドラゴンと連絡を取ろうにも、この場所は『魔銀ミスリル』の鉱脈を掘り抜いて作られており、竜気プラーナの働きを阻害するのである。


「おーおー、相変わらず反抗的な目をしていらっしゃる。もしかしてまぁだ逃げ出す気ですかねぇ? いい加減、無駄な事はやめて大人しくしてたらいいとは思いませんか?」


「……黙れ、下種が……耳が、腐るわ……」


「ハハ、その下種に命を握られてるって自覚はあります? ウィスティリアお嬢様?」


今ウィスティリアには見張りがついている。ヘリオンという名のこのドラゴンはドラゴンズクレイドルでスフィーロと同格であり、龍王の取り巻きの一体である。ウィスティリアはドラゴンズクレイドルに帰還した後、早速龍王に人間に対する侵攻を思い留まる様に談判したのだが、龍王は一切取り合わず、配下のヘリオンにウィスティリアを取り押さえるように申し付けた。


勿論、ウィスティリアも黙ってそれに従った訳では無い。ウィスティリアの見立てではヘリオンは他の同格者に比べれば戦闘力で微妙に劣り、自分でも互角に戦えるはずだと思っていた。


だが、ヘリオンは予想以上に強く、また彼だけの特殊能力があったのだ。


「もう何度も私に吸われて休眠を強いられているのですから、無駄に抵抗するのはご勘弁願いたいねぇ。お嬢様の竜気は大変いい滋養になりますが、大人しくしてくれないと私もここを動けないのでねぇ?」


そう、ヘリオンの固有能力とは、他者の竜気の吸収である。接触しなければ効果は無いが、その吸収効率は極めて高く、何度か接触している内にウィスティリアは自分の竜気が大きく失われている事に気が付いた。その時には既に活動限界ギリギリになっており、動きの鈍ったウィスティリアはヘリオンにあえなく囚われたのである。


「誰が、従うか……!」


だが、それでも従う意思を見せないウィスティリアにヘリオンは鼻から息を吐き、軽い雰囲気をガラリと変えて凄んだ。


「……いい加減にしろよ、お嬢様。従わねぇならブチ犯してガキ孕ませるぜ? 龍王様はドラゴンを増やす事に乗り気だしな、動けないまま雄共の慰み者になりたいか?」


「っ!」


冷たい視線でウィスティリアの体を品定めするヘリオンに知的生物の女性特有の嫌悪感を感じ、ウィスティリアは体を硬直させた。


「……下種め……」


「分かってくれたようで結構結構。お嬢様はここで大人しくしていればいいんですよ。逃げないなら別に何もしませんから。そう言えば、そろそろグリネッラが言っていた一月ですが……『竜騎士』でしたっけ? 龍王様より強いなんて言うからグリネッラは殺されてしまいましたが、まぁ、それなりに強いのでしょう。我々の新しい力を測るにはちょうどいい相手かもしれませんねぇ」


ヘリオンは自分の手にある透き通る角を透かして見た。


「『龍角ドラゴンホーン』。持っているだけで竜気を収束し強くなれる秘宝……体に埋め込むと尚効果があるそうですが、私は痛いのは嫌いなので持っているだけです。しかし、それでも確実に力が増大していますよ。ルドルベキアやストロンフェスは体に埋め込んでますから、単純な力比べではもう私は敵わないでしょう。お嬢様も龍王様に詫びを入れておねだりすれば分けて貰えるかもしれませんよ?」


「要らん! あの女の持ち込んだ物は使ってはならんのだ!! このままではドラゴンは遠からず滅ぶぞ!?」


「それは聞き飽きました。しかし、龍王様は歯牙にもかけておりませんしねぇ。あの女は確かに胡散臭いと思いますが、こうして実際に役に立っている訳ですし」


何度も繰り返されてきた問答にウィスティリアは歯噛みした。ドラゴンは殆どの者が自分達の強さを知るあまり、他者を軽く見る傾向にある。生半可な罠など咬み破ればいいと考えており、ウィスティリアやグリネッラの言葉はただの臆病者の妄言として聞き流されていた。


「スフィーロやサイサリスを下すほどの相手でも、強化された我々なら負けるはずがありませんしねぇ。大体、400を超えるドラゴンの巣に飛び込んで来るような馬鹿が居るはずありませんよ。何体かは倒せるかもしれませんが、囲まれればどうしようもありません。万一我々を倒せても、今の龍王様に勝てる相手はこの世界に存在しません。むしろ、居るのなら見てみたいものです、ククククク……」


含み笑いを漏らすヘリオンにウィスティリアは説得が不可能だと悟らざるを得なかった。ヘリオンはドラゴンの中でもまだ話が通じる方なのだが、そのヘリオンすら『竜騎士』やフードの女を脅威だとは見做していないのだ。それはドラゴンの共通認識だと言っていい。


「……必ず、後悔する事になるぞ……」


「先に後悔するなんて器用な真似は出来ませんよ。……さて、お嬢様が大人しくしてくれるなら私の見張り役もこれで終わりですね。プラムド!」


「は、はい!」


感知能力が鈍っていたウィスティリアは気付かなかったが、ヘリオンの背後にはプラムドが控えていたようで、ヘリオンに促されると慌ててウィスティリアの前に現れた。


「今後のお嬢様のお世話は任せましたよ。そろそろ本格的に人間を攻める時期になったようですしねぇ、これ以上無駄な雑事に関わっている暇はありません……分かっていると思うが、勝手に牢から出したりするなよ。その時はお前は殺すし、お嬢様は一生慰み者だ。龍王様が二度も情けをかけるなどと期待するな」


途中で殺気を滲ませたヘリオンに、プラムドは頭を低くして何度も頷いた。


「も、勿論です! お嬢様は一歩も出しません!」


「……結構結構。ではお嬢様、ご機嫌よう」


プラムドの態度に気配を緩め、ヘリオンは牢から出て行った。


「ウィスティリア様、お体は大丈夫ですか!? 今食事をお持ちしますから……」


「プラムド……済まん、私のせいでお前に苦労をかける……」


力無くうなだれるウィスティリアにプラムドは首を振った。


「何を仰います、この程度は苦労の内に入りません! ……ですが、今は大人しくしていた方がよいと思います。龍王様はやると言ったら身内でも必ずやるお方です、私などどうなっても構いませんが、ウィスティリア様が慰み者になるなどとんでもない事です!」


「だが、彼らは知らんのだ……ユウもまた来ると言えば必ず来るし、あくまで人間に徒なすならドラゴンを滅ぼすぞ。本当にそれだけの力を『竜騎士』は持っているのだ。連絡が取れない事でユウは私に何かあったと察しただろう。もう交渉の余地は無いかもしれん……」


ウィスティリアはしばらく黙り込み、決意を込めた表情でプラムドを見た。


「……プラムド、私はここを動けん。だから、お前に全てを託す。何とかしてユウと繋ぎを付けてくれ。このままではドラゴンの歴史が終わってしまう!!」


「し、しかし、私は彼の者を知りません。それに、ウィスティリア様を疑う訳ではありませんが、やはりドラゴンズクレイドルそのものを相手取る事など不可能かと……」


「会えば分かる。スフィーロ殿やサイサリスほどの者が従っている理由もな……」


ウィスティリアは今でも信じていた。『竜騎士』に勝てる者など存在しないと。


「ユウはミーノスのフェルゼンという街の近くに住んでいる。お前は『変化メタモルフォーゼ』が使えたはず、上手く敵対せずに接触を図ってくれ。責任は全て私が取る」


「……私は反対です。事が露見すればただでは済みませんぞ?」


「覚悟の上だ。それに、慰み者になるくらいなら私は死を選ぶ。だが、危険を犯さねば未来を掴み取る事が出来ないならやるしかないのだ。お前以外にこんな大事は頼めん」


プラムドは難しい表情でしばしの間ウィスティリアと視線を交わしていたが、やがて諦めたように頷いた。


「……私などを買い被り過ぎですが、そこまで頼まれては断れません。非才ながらご助力仕ります。同胞を無駄に死なせるのは私も看過出来ませんから」


「助かる。では、数日を待って密かにここを抜け出しフェルゼンに向かうんだ。万一途中で見つかったら、私が牢で遠方の獲物が欲しいと駄々を捏ねたとでも言ってくれ」


「畏まりました。……ウィスティリア様、どうか希望をお捨てにならず辛抱して下さい」


プラムドの言葉にウィスティリアは笑った。


「フッ、もう恥など一生分掻いている。辛抱しろというならいくらでも辛抱するさ。私も、また生きてサイサリスに会いたいからな……」


そこで力尽きたようにウィスティリアは目を閉じ、再び微睡み始めたのだった。

虜囚の身となっているウィスティリア。そして重荷を背負わされるプラムドさん、初めてのお使いです(ドラゴンズクレイドルから離れた事が無いという意味で)

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