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9-10 東奔西走10

悠がソリューシャに着いたのはそろそろ日が傾く夕方頃の事であった。その頃には連合軍もソリューシャに到着し、避難民用に作られた仮設の宿泊施設を借りて休んでいた。戦争が終わり、大多数の避難民がアライアットに帰国して場所は空いているのである。


「街を広げないと駄目だな。元々そんなにデカい街じゃねぇからよ」


「……」


隣に居たアグニエルに話し掛けたつもりだったのだが、アグニエルの顔は引きつっており、バローの声など届いていないようだ。


「おい、アグニエル、アグニエル!」


「……ん? あ、ああ、何の話だったか?」


「あのな……童貞って訳じゃねぇんだから今からそんなに緊張してんじゃねぇよ。今までに縁談の一つや二つはあっただろ?」


窘めるバローにアグニエルは固い表情のまま答えた。


「それはあったが……私が求めた物では無いし、こうして自分の意志で求婚するのは初めてだ、緊張くらいするだろう?」


「知らねーよ。俺は求婚した事なんざ無いんでな。男ならビッとしやがれ」


「他人事だと思って……」


「決めるのはレフィーだからな。俺は求婚を許しただけだぜ」


そこに悠も言葉を付け足した。


「カザエルも既にお前が求婚する事は知っているぞ。退路は無いのだ、堂々とするべきだな」


「ち、父上に言ったのか!?」


「ああ、言った。王国の行く末にも関わる事だ、隠してはおけん」


「……怒っていたか?」


「というよりは呆れていた。が、どこぞに出奔して行方知れずになるよりマシだろうと言ったら渋々頷いたぞ。詳しい事は自分で報告しろ。俺は仲人じゃない」


戦々恐々としていたアグニエルだったが、悠の言葉でホッと一息ついた。カザエルにどう切り出したものかというのもアグニエルの懸案事項の一つだったからだ。


「まぁ、レフィーに断られたら無駄な心配だけどな!」


酷い事を嬉々として告げるバローだったが、ノースハイアに帰れば自分にも厄介事が待ち構えているとは思わないのであった。当然悠は慎ましく沈黙を貫くのである。


肩を落とすアグニエルだったが、それもバローがアグニエルを認めているからこその軽口であって、義兄になるかもしれない者の特権であろう。そうでなければ求婚自体を許すはずも無い。


「まぁまぁ、あまりアグニエル殿を苛めては可哀想ですよ。それよりもと言っては語弊があるかもしれませんが、今日の内にユウ殿のドラゴンズクレイドル入りについて案を練らねばなりません」


ハリハリの言う通り、アグニエルの事情は個人的な事だが、悠のドラゴンズクレイドル行きは世界に影響を及ぼす行動だ。場合によっては人間とドラゴンは戦争状態に発展するかもしれず、しかもその可能性は低くはないのである。龍王との対話は容易に戦闘へと移行するだろうし、悠も平和的な手段だけで目的を達成出来ると考えるような夢想家では無い。軍人は最高の結果を現実的な手段を用いて突き詰める職業なのである。


アグニエルと別れ、軍に休息を告げたバローはマーヴィンに後事を託し、改めて悠の屋敷に集合した。




軽く食事を済ませれば、その後はすぐに作戦会議である。参加するのはドラゴンズクレイドルの内情を知るサイサリス、スフィーロを筆頭に樹里亜、ハリハリら頭脳派のメンバーである。バローも一応軍事経験ありという事で参加していた。


「ドラゴンズクレイドルは……」


サイサリスがペンでホワイトボードに上空から見たドラゴンズクレイドルと真横からの頭脳を描き込んでいった。


「大きな島の中央にある山の内部をくり抜いて巣として利用している。出入り口は多数あり、私も全てを把握している訳では無い。上空には昼夜問わず下級のドラゴンが飛び回っているし、侵入者は基本的に即座に排除される。例の女は貢ぎ物をする事で何を逃れたようだがな。ドラゴンは光り物を好むのだ。……それでも見張りの性格によってはやはり殺されて奪われるが……」


サイサリスは山の各部にスフィーロにも尋ねながら出入り口を記していく。山一つを丸々利用していると言うだけあり、その数は10箇所にも及んだ。


「こんな所だな」


《で、確かドラゴンは500は居ないって言ってたかしら?》


以前の会話を思い出して問うレイラにサイサリスは頷いた。


「ああ、精々400体ほどだ。その内2割強ほどは穏健派で侵略に乗り気ではないが、龍王とその取り巻き共が強硬派なので従っている。ドラゴンとて破壊衝動に身を委ねる者ばかりでは無いという事は知っていよう? そして強硬派では龍王は別格だが、その取り巻きも殆どが弟のダイダラスと同程度の力を持っていた。それでも穏健派が存続出来ていたのはスフィーロの力による所が大きいのだ。スフィーロはドラゴンズクレイドルで5本の指に入る存在だったからな」


《逆に言えば、龍王を抜かしても我と同程度の強さを持つ者があと3体居るという事だ。鍛練を積んだ今なら現身うつしみがあれば負けんがな》


「取り巻きの数は?」


「20体前後だろう。奴らと龍王だけで人間の王国一つなら滅ぼすのに手間取る事もあるまい」


仮に高位のドラゴン1体が兵1万に相当するとすれば、取り巻きだけで兵士20万人分に匹敵する戦力である。全ての国の兵士を集めても空を自在に飛び回るドラゴンの群れと戦えば全滅する可能性が非常に高い。そもそも有史以来、これだけの数のドラゴンと同時に戦った人間は居ないのだ。一度くらいはそんな事もあったかもしれないが、記していない事を考えれば全て殺されたと見るべきである。


「つまり、穏健派を抜かしても、300体ほどのドラゴンは敵対的だと考えられるのだな?」


「そうなるな。皆が皆龍王に心酔している訳では無いが、力あるドラゴンには従うのが我らの流儀だ」


サイサリスの言葉に悠が考え込む雰囲気になったのを見て、ハリハリが心配して悠に尋ねた。


「やはりそれだけのドラゴンを相手にするのはユウ殿でも厳しいですか?」


樹里亜も同じように心配する気配を滲ませていたが、悠が考えていたのは全く別の事であった。


「ん? ……ああ、そんな心配は要らんよ。俺が考えていたのは300全てを殺しては魔族に対する備えにならんという事だ。上手く龍王と一部の取り巻きだけを排除出来んかと思ってな」


蓬莱に実力で劣るアーヴェルカインのドラゴンなどを悠が恐れる理由は無い。精々Ⅴ(フィフス)ほどのドラゴンなら生身でも油断しなければ倒せるのだ。しかも限定空間なら囲まれる事は無いし、時間は掛かっても各個撃破は可能である。


悠の言葉を聞いたハリハリは一瞬表情の選択に困り、やがて苦笑して肩を竦めた。


「これはこれは……ワタクシもまだまだ常識に縛られていますね、ヤハハ」


「それに、穏健派が居るなら繋ぎをつけたいな。連絡の取れないウィスティリアも心配だ。殺されていなければいいが……」


悠が一番心配しているのはウィスティリアの安否である。龍王に意見した事で粛清されたのかもしれないし、そうでなくても竜気プラーナが届かない場所に捕らえられているのかもしれないのだ。


ウィスティリアの話が出るとサイサリスの顔が歪んだ。


「……ウィスティリアには大きな借りがある。それに、私の唯一と言っていい親友だ、何とか助けてやりたい。龍王の娘という立場ゆえ、そう易々と殺されたとは思えぬ」


「ならば尚更先に穏健派と接触する必要があるな。誰か信頼出来る者は居るか?」


悠の問いにサイサリスはすぐに頷いた。


「一人だけ居るぞ。プラムドというドラゴンはウィスティリアと懇意だし、性格的にも義理堅く穏やかだ。あやつと接触出来れば内情を詳しく知る事が出来よう」

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