9-9 東奔西走9
結論から言えばサリエルとシャルティエルにはほんの顔見せ程度にしか会う事が出来なかった。というのも2人は現在国の仕事をこなす為に毎日猛勉強しているのだ。悠の来訪時間はモロにその時間と被っていたのである。カザエルがやたらと顔見せだけと拘っていたのは単なる父親の嫉妬だけでは無く、娘達の邪魔をされたくなかったという理由も含まれていたのだろう。……嫉妬の方が強い事は明白だが。
悠の来訪を告げられたサリエルはそれまで冴えなかった表情を綻ばせたが――シャルティはその場で号泣した。
「ユウさ「ユウさまあああああああああああっ!!!!!」
サリエルなど眼中だけで無く意識からも弾き飛ばし、シャルティエルは悠の手を自分の手ではっしと包み抱いた。
「酷いですわユウ様!!! シャルティはユウ様がお怪我などしていないか気が気では御座いませんでしたのに顔も見せずに帰ってしまわれるなんて!!!」
「済まん、言い訳のしようもない。俺が悪かった」
別に怪我など無いし、していてもすぐに治せる悠なので、わざわざ忙しい王族の手を煩わす事は無かろうと思ってすぐに現地に戻ったのだが、理屈ではそうでも感情的には合理的に過ぎて温かみに欠けるかと悠は反省して謝罪した。
「……いえ、嘘です……私の我儘だと分かっています……ごめんなさい……」
シャルティエルも悠本人に感情をぶつけて頭が冷えたのか、すぐに自分の言葉を翻した。悠は冒険者隊を預かる身であり、優雅にシャルティエルと談笑などしている暇など無い事はシャルティエルにも分かっているのである。それが分かるようになった分、シャルティエルも成長したものである。
しばらく泣いて心が落ち着き始めたシャルティエルにハンカチを渡し、悠はタイミングを外されて居心地悪そうにしていたサリエルに向き直った。
「サリエルも済まなかった」
「いえ、常識的に考えてユウさんがどうにかなるとは思っていませんでしたよ。……でも、やはり戦争に赴かれていたのですから、少しくらいは顔を見せて下さい。信じている事と心配する事は別なのですから」
そういうサリエルの瞳も少し潤んでいるようで、軽く目元を拭った。家族が無く、周囲の仲間も軍人ばかりだった悠にとってこうして面と向かって心配されていると言われるのはあまり経験の無い事だが、蓬莱も含めこれまでも自分に対しそんな風に思ってくれた者達が居たのだと思い知った。
「心に刻んでおこう。これ以上邪魔しては悪いな、また近い内に会う事もあるだろう」
「その時はゆっくりお茶でも致しましょう。約束、ですよ?」
「ああ、約束する。ではな」
2人に敬礼し、悠はすぐにノースハイアを発つと、次はフォロスゼータにやって来た。まず悠は仮設されている食糧庫に出向き、ダイクの所で買った食糧を託すとそのまま王宮へと向かった。
今、フォロスゼータの街に入るのに魔法で守られた門を通る必要は無く、他の街と同様に兵士によるチェックがあるだけだ。既に誰でもどの門でも使う事が許されており、フォロスゼータに入りたい人間は空いている門から入るのが定着していた。
街に入って一番目を引くのは、やはり元大聖堂跡であろう。フォロスゼータで威容を誇った大聖堂は悠の魔法で消し飛び、円形の広い土地を提供していた。その際に悠が地下に掘った穴に溶岩が流れ込み、少し低くなってしまった土地の盛り土が行われている最中だ。
そこで働く人々の顔は明るい。自分達の街を作り直すという気概に満ちた彼らは、これからのアライアットの大いなる財産であろう。
そこに混じって働くオリビアの姿も見受けられたが、悠は声を掛けずに立ち去った。面倒だからという訳では無く、一心不乱に働くオリビアの邪魔をするべきでは無いと思ったからだ。この大聖堂跡地は住民や兵士の要望で静神教の教会が建つ事になっており、オリビアはその初代教主として内定しているのである。
もうフォロスゼータに抑圧された空気は感じ取れず、ようやく人の営みが再開されたのだという実感があった。下級市民という制度も廃止され、無意味に虐げられる人間は居なくなっていた。
悠の事を知る者は悠を見つけると恐縮して頭を下げたが、悠の顔を知らない者はかなり存在した。今回は『竜騎士』として行動していたタイミングも多く、悠=『竜騎士』の図式が成り立たない者が多いのである。彼らにとって悠は冒険者隊を率いていた冒険者という認識であり、アライアットでは冒険者が殆ど居ないので、Ⅸ(ナインス)の冒険者がどの程度のものか分からないのだった。
だが、悠としては畏れ敬われるよりは普通に流してくれる方が楽でいい。ミーノスなど、噂が噂を呼び、どこに行っても悠の顔は知られてしまっている。今度Ⅹ(テンス)にでもなればその喧騒は今以上になるだろう。
そんな事を考えている間に悠は王宮に辿り着き、門番の兵士に冒険者証を見せ来訪を告げた。
「失礼、冒険者の悠だが、バーナード陛下にお取次ぎ願いたい」
「はっ、少々お待ち下さい!」
そう言って2人居る門番の一人が中に入っていくと、もう一人の門番はチラチラと悠の事を気にしているようだったので、悠は声を掛けた。
「自分に何か?」
「あっ、い、いえ……ゆ、ユウ様は、高名な冒険者なのですよ、ね?」
「高名かどうかは分からんが、冒険者なのは合っているが」
「実は、俺……いや、私も冒険者というものに憧れておりまして、どうやったらなれるのかなぁと……」
見ればその兵士はまだ若く、パトリオと同じかそれ以下という年齢に見えた。まだ国で栄達するよりも未知なる世界に心を躍らせる年頃なのだろう。悠はその質問に自分の時を思い出しながら答えた。
「冒険者になるには冒険者ギルドで登録を行う必要がある。今この国にギルドは無いが、バーナード王は冒険者ギルド設置をお認めになっているし、近々建てられるだろう。そうしたらそこで登録を行えばいい。それまでに金を貯めて準備を調えるとよかろう」
「なるほどなるほど」
熱心に悠の説明に耳を傾ける兵士は自分の貯えを頭に思い浮かべ溜息を吐いた。
「……もうしばらくは兵士を続ける事になりそうです。カロン様の剣でも持っていれば箔が付くのでしょうが、私には手が届きそうにありません。精々ビューローかな」
「ビューロー?」
聞き慣れない人名に悠が聞き返した。
「ああ、ビューローっていうのはカロン様がこの国を逐われた時、後釜に収まった男ですよ。カロン工房謹製って触れ込みで安く大量に武器防具を売りさばいていましたが、品質は他の鍛冶屋より少しマシっていう程度です。それでもカロン様の弟子だっていうだけで圧倒的に売れてますから」
「ほう、ビューローか……」
カロンからその辺りの事情は少し聞いた事があるのを悠は思い出していた。カロンは自省の念から悠にその弟子の名を明かす事は無かったが、工房を奪った弟子の名はビューローと言うらしい。
悠が心の人名録にビューローの名を刻んだ所でもう一人の兵士が戻って来た。
「申し訳ありません、王は先ほどお休みになったばかりで……ここ何日か寝る間も惜しんで働かれておられましたので、もうしばらくお待ち願いたいのですが……」
やはりバーナードの忙しさは筆舌に尽くし難いようだ。ようやく休めた所を起こすのも酷かと思った悠はローランから預かった書類を取り出した。
「ならば陛下がお目覚めになったらこれを渡して頂きたい。ミーノスからの書状だ」
「畏まりました、お預かりさせて頂きます」
門番に書状を渡し、フォロスゼータの様子を確かめる事の出来た悠は本日最後の目的地であるソリューシャへと向かったのだった。
サリ&シャルはお勉強中。バーナードは仮眠中。こうなると、誰か怠惰を貪っているヤツが居ないか探したくなりますね。
そしてオリビアはフォロスゼータ一等地をゲトズサー。




