9-8 東奔西走8
次に訪れたノースハイアの城の中も閑散としていたが、こちらには明確な理由があったので悠は特に気にせず案内の兵士に従って謁見の間では無く、応接室へと向かっていた。
ノースハイアは今まさに文官武官の再編に戦後処理、国土整理に忙しくのんびり歩いている文官など居ないし、武官は戦争に行っているか、冒険者とともに街や街道の警備で出払っているのである。
「陛下、冒険者のユウ様をお連れしました」
「入れ」
短い返答を聞いた兵士はドアを開け、悠が入室したのを見届けるとすぐに自分の持ち場へと帰って行った。
「兵の質が上がったな。以前より動きがいい」
「余も寝ている訳では無いのだ。いつまでも弱卒のまま捨て置けんわ」
ミルマイズを背後に控えさせ上座に掛けるカザエルは明らかに不機嫌そうに片手で頬杖をつき吐き捨てた。
「どうした? 勝ったというのに機嫌が悪そうだが?」
「貴様が原因だ。何故ギルドには報告したのにこちらには出向かん? 普通は王に報告するのが筋ではないか!」
「そんな事か……ちゃんとギルドから報告が来たのだろう? 誰が伝えても情報に代わりなど無いぞ?」
悠が城を訪れなかったのは正確な情報さえ伝わればいいと思っていたからだ。それはギルドから伝えて貰えばいい事で、わざわざ城に忍び込んでまで伝える必要は無いはずであった。
だが、カザエルは歯軋りして言葉を吐き出した。
「……忌々しい事だが、サリエルやシャルティエルは貴様を慕っておる。余は貴様が死ぬなどと露ほども思っておらんが、娘達は普通の人間だ。親しい者が戦争に行けば口では信頼を述べてもその身を心配もしよう。顔ぐらい見せてやれ」
案外まともな言葉を投げ掛けるカザエルだったが、その目はやはり不愉快だと言いたげであった。大切な娘に男は近寄らせたくない気持ちに偽りは無いが、会わせなければ娘達が哀しむので節を曲げざるを得ないという所か。
「それは済まん。忙しさにかまけて義理を欠いたか」
「……まぁいい、ミーノスの小僧共と先に会って来たのなら何か聞いて来たのではないか?」
悠が忙しいと知っているカザエルはそこで愚痴は切り上げ、悠がやって来た用件の方に話題を切り替えた。
「ああ、国交正常化と戦後処理の件で書類を預かっている」
「三国会議だな。…………ふん、よく纏まっておるわ」
丸まった書類を開き、ざっと目を通したカザエルは少しだけ感心したような声音でそう評した。
「我が国にもあやつの半分くらい頭の回る者が欲しいものだ。余が居なければ対抗出来る者が居らんのではおちおち死んでおられん」
「人材発掘は進んでおらんのか?」
「ようやくこれからだ。余は、少々悪評を高め過ぎた。気に入らん人間はすぐに粛清されるのではないかと思われるくらいにはな……。様子見をしておった者達がちらほらと売り込みにやって来たのは改革が本気だと知れ渡り始めたからだろう。ミーノスに倣い、近々登用試験を行うつもりだ。学校の建設も始まった」
書類を机に置き、カザエルは悠に視線を戻した。
「もう知っているだろうが、ベロウ・ノワール侯爵を公爵にする。ノースハイアの唯一の公爵家にするからには、将来的にはサリエルかシャルティのどちらかを娶らせる事になるかもしれん。ユウ、これから先もあやつを連れて行くつもりか?」
カザエルは言外にノースハイアにバローを返す気は無いかと尋ねて来たが、悠は首を振った。
「もう俺が決める事では無い。バローの道はバローが決める。今更俺が何か言っても、あいつは一人で行く道を行くだろうよ。物欲が強く子供の様な男だが、だからこそ夢には純粋だ。物や地位で引き留めようとしても従わんと思うがな」
「王にも手が届く幸運を捨てるか?」
「幸せは人それぞれだ。王になる事が万人の幸せではない」
悠の言葉は王であるカザエルだからこそ納得せざるを得ない説得力があった。世間の9割は勘違いしているだろうが、王は義務を果たすからこそ権利を保証されているのであり、働かない王などその内地位を奪われて屍を晒す運命だ。そうでなくても貴族の反乱や他国の侵略、強力な魔物の来襲、飢饉に疫病に後継者問題と、王の憂慮は多種多様で深いのである。力が及ばなければやはり国は立ちゆかず、その責任は王に帰せられる。
「それに、今日明日にでも違う展開があるかもしれんぞ?」
「何だ、何処からか人材でも湧いてくると言うのか?」
心当たりの無いカザエルが鼻を鳴らしたが、悠の話はそんなカザエルの余裕を吹き飛ばした。
「アグニエルがバローの妹のレフィーリアに惚れたそうだ。戻り次第求婚するのだと息巻いていた。上手く行けばバローが居なくなってもノワール家は後継者には困らんのではないかな」
「な……!?」
予想外過ぎる展開にカザエルの頭が一瞬空白を生んだが、次の瞬間には怒声を放った。
「何をしておるのだあやつは!! ソリューシャには修行で行っているのでは無かったのか!?」
「実際アグニエルは強くなったぞ? 自分の生まれや権力では無く一人前の男として手柄を立てて帰ったのだ、王族としての権利を停止した本人としては褒めてやってもいいと思うが?」
「それでもアグニエルは王族だ!! ……チッ、ノワールに公爵号を与えてしまっている現状では釣り合いも取れてしまっている。謹慎はさせたが好き勝手に生きてもいいという意味では無いというのに……!」
アグニエルは長子かつ長男であり、王族の権利を停止されているといってもやはりノースハイア王家にとって貴重な男子である。婚姻するにしても他国の王家や公爵家という選択肢も視野にあったカザエルにしてみれば、恨み言の一つや二つも出て来ようというものだ。
「国内唯一の公爵家との繋がりを強められるのならば最善とは言わぬまでも次善ではあろう。許してやれ」
「……勝手にノースハイアを飛び出すよりマシ、か……」
悠の言う通り、確かに大きなメリットも存在する話ではあるので、カザエルは渋々ではあるがその意見を受け入れた。正直、いくら改心したからと言っても簒奪を企てたアグニエルがノースハイアの次の王になる可能性は元々低いのだ。
しかし、自分の思い通りにならない事ばかりでカザエルが苛立つのも当然の感情であった。
「はぁ……次から次へと問題ばかりが湧いて来よる……」
頬杖をついていた手で額を覆うカザエルは相応に参っているようだった。ルーファウスと違い、カザエルには文武におけるサポートを務められる者がおらず、その重圧はカザエルの両肩に深く圧し掛かっているのだ。本当の意味で信頼出来るのは王宮ではミルマイズとサリエル、シャルティエルくらいである。
悠はついでにサイコの事を聞いてみようかと思っていたが、その憔悴した様子を見て日を改めようと決めた。今カザエルに聞いても覚えていない可能性が高く、サイコ捜索に役立つとは思えなかったからだ。
代わりに、悠はレイシェン達にも渡した『龍水』を数本取り出してカザエルの前に置いた。
「疲労回復と体力増強に効果のある薬だ。それを飲んで乗り切るのだな」
「こんな物で誤魔化されんからな、それに薬は好かん」
「子供の様な駄々を捏ねるな。それに、薬だがそれは非常に美味だ。1日1本にしておけよ」
そこまで話して悠は最後で慎ましく沈黙を守るミルマイズに話し掛けた。
「ミルマイズ、王族の警護は厳重にやってくれ。今誰かに死なれるとせっかく手に入れた平和が手中から逃げかねん」
「心得ております。我が剣に誓って賊などに指一本触れさせるつもりは御座いません」
「頼んだぞ」
腰に帯びる白銀に光る剣の柄に手を添え、ミルマイズは頷いた。
「サリエルとシャルティは今頃部屋に居るだろう、顔だけ見せて早く帰れ。……む、本当に美味いなこれは……」
早速口を付けた『龍水』の味に驚くカザエルに一礼し、悠は王女2人に会う為に部屋を出た。
多分、カザエルが一番忙しいと思われます。全部自分で考えて判断しなければいけませんし、まだサリエルには荷が重いですね。
早くいい文官をつけてあげないとなぁ……。




