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9-7 東奔西走7

昼を過ぎ、日が傾く前に悠はノースハイアに到着した。街は伝えられた戦勝祝いに湧いており、道行く人々の顔は明るく笑顔が溢れている。


(随分人が多いわ。周りの町や村からも人が集まっているみたい)


(祭りに乗じて露店で稼ぐつもりなのだろう。じきに兵士達も帰ってくるし、その暖かくなった懐を狙っているのだ。特に今回の戦は勝つ可能性の方が高いという前評判だったし、目端の利く者は戦が始まる前にノースハイアを目指していたんだろうよ)


立ち並ぶ露店には武器や防具、装飾品に始まり、食料や地方の特産品、果ては冒険者が集めたであろう魔物モンスターの素材まで、所狭しと並べられていた。多少割高な気はするが、熱気に当てられた者達はあまり気にもせず雰囲気自体を楽しんでいるようだ。


数が纏まれば掘り出し物も出て来るもので、悠も幾つか目に付く物を買い込み、まずはギルドを目指した。


ギルドの中も人が大賑わい……なのかと思えばそんな事は無く、数人の冒険者が疲れ切った様子で食事をつついているだけであった。


「あ~ユウさんだ、お帰りです~」


ヒラヒラと手を振るのは同じく受け付けで疲れた様子のキャスリンだ。


「どうした、外とは違ってここは随分とくたびれているようだが……」


戦争終了直後に夜中に忍び込んだ時はレイシェンにしか会わなかったから気付かなかったのかもしれないが、何かギルド単位で仕事を受けているのは明白だった。


「街の警備に駆り出されてるんですよ……それと、地方からノースハイアを目指してる人が多くって、街道の警備もしてくれってお城からお達しがあって……兵士の人達だけじゃ手が足りないから……ふぁぁ……」


「誰と話してるのキャシー? ……あっ、ユウさん、お帰りなさい」


静かだった為か、執務室にいるレイシェンにも聞こえたらしく、レイシェンは再会した悠に笑顔で挨拶を述べた。


「ああ、ただいま。どうやら忙しさに拍車が掛かっているようだな」


「冒険者の査定と並行して進めていますからね。それに、季節的にもそろそろ魔物モンスターの活動が活発化して来る時期ですから。今年は例年より少し早いですが、ユウさんが活を入れてくれてましたから冒険者も休みボケしてなくて助かってます」


ハキハキと答えるレイシェンにキャスリンが恨めしそうな声を上げた。


「何でレイシーはそんなに元気なの……?」


「『龍水ドラゴンウォーター』は役立っているようだな」


「あっ、ユウさん!?」


「『龍水』?」


聞き慣れない単語を聞いたキャスリンがバッとレイシェンを振り返ったが、レイシェンはサッと視線を外した。


「……レイシー、私に何か隠してるでしょ?」


「な、何の事かしら?」


「とぼけないで! 『龍水』って何? 言わないと言い触らしちゃうから!!」


「わ、分かったわよ!」


渋々とレイシェンはポケットから薄い紅色の液体の入った小瓶を取り出した。


「これは『龍水』って言って、疲労回復と体力増強に効果があるの。ユウさんがこの間くれたのよ」


「あの時レイシェンは疲労困憊していたからな。レイシェンが動けなければこのギルドは立ちゆかんだろう?」


レイシェンは生真面目な性格ゆえに過剰な仕事量でも無理にこなしてしまおうとする傾向にあり、前回訪れた時に悠が見かねて渡していたのだった。


それを聞いたキャスリンの反応は激烈であった。


「ず、ずるーーーっ!!! 何で私にも分けてくれないの!? 一口ちょうだい!!!」


「あ、だ、駄目よ!! もうこれしか無いんだから!!」


「くれないと元気になる薬を使ってユウさんと執務室でえっちな事してたって言い触らしてやるぅ!!!」


「ふ、ふざけんじゃないわよ!!! そもそもアンタ元気いっぱいじゃない!!!」


「あ~眠いわー、昨日一時間しか寝てないわーっ!!!」


「仕事中に寝てるでしょアンタは!!!」


服を乱しキャットファイトを始める2人の襟首を悠が掴んで持ち上げた。


「いい加減にせんか。いい歳をした女が裾を乱してやる事か」


「うっ……」


自分の醜態に思い至り、レイシェンはスカートを引っ張って足を隠して赤面したが、キャスリンは足を放り出したまましなを作って悠に向き直り涙目で訴えた。


「ユウさ~ん、私だって一生懸命働いてるんですよ!? 私にも分けてくれてもいいじゃないですかぁ~!!」


《長生きしそうね、この娘……》


「分かった分かった、お前達が忙しい原因の一端は俺にあるからな。それといい加減足を隠せ」


「わ~い!!! ……何ならちょっとくらい触ってもいいんですよ?」


「神聖な職場でナニするつもりよ!!!」


「エフッ!?」


キャスリンの首に割と手加減抜きのチョップを叩き込んだレイシェンはペコペコと悠に頭を下げた。


「重ね重ね申し訳ありません……」


「気にするな、冒険者上がりでも無い人間にはキツい仕事量だろう。くれぐれも体を壊さん程度に頑張ってくれ」


ノースハイアのギルドだけを特別扱いしている訳では無く、ミーノスにもサロメの分として悠はエリーに『龍水』を託していた。ミーノスで一番働くのがサロメだからだ。コロッサスの分はどうしてもサロメがコロッサスを徹夜で激しく働かせたい時の為に1回分だけ渡してあり、それが使われるかどうかはサロメ次第である。


「はい。……早く誰かいい人がこのギルドの正式なギルド長になってくれるといいのですが……」


「現状では難しいだろうな。本部も必死に探しているようだが、今はどこも人手不足だ。イライザやアルベルトが見つかってもまずはアライアットの新規冒険者ギルドに回される。逆に言えば、レイシェンの働きを本部は認めていて即座に替えなくてもいいと思っているという事だ。キャスリンを少しだけ見習って肩の力を抜く事だな」


「そんな、私はただの受付嬢でしたし!! ……でも、ユウさんほどの冒険者にそう言って頂けると、ちょっと報われます。今度Ⅹ(テンス)になられるんですよね?」


声を潜めるレイシェンに悠は頷いた。


「まだ内定したというだけだが、そういう事だそうだ。もう1、2日もすれば中位以上の冒険者も大方帰ってくるだろう。それまで辛抱してくれ」


そう言って悠は鞄から『龍水』を数本取り出し、レイシェンの前に置いた。


「キャスリンにも分けてやってくれ。毎回誘惑されても敵わん」


「ありがとうございます! ……でも、ドラゴンの血って不味いはずなのに、どうしてユウさんがくれるこの『龍水』はこんなに美味しいんですか?」


レイシェンの疑問はドラゴンの血を口にした事がある者には常識である。肉はこの上ない美味だが、ドラゴンの血単体では2口飲めば必ず吐くと言われるほどに不味いのだ。だからこそ疲労回復や体力増強に効果があると知られていても魔法の触媒にされる事の方が多いのである。


「これは家の者がベリッサのレシピを参考に特別に製作しているからな。『家事ハウスキーパー』か『料理クッキング』の才能が無い限りはこの味は出せんよ。俺も作った事があるが酷い味だった。錆びた鉄を汚水に溶かした味とでも言うべきか……」


料理に心得がある悠が作ってすらそんな味だったのだから、他の者の作った『龍水』は殆ど猛毒であった。疲労回復する前に胃の中身を全てぶちまけてしまうのではただの吐瀉剤である。


「ほんの一滴で味のバランスが壊れる。これの味を調整出来る者はこの世に10人と居るまい」


「だ、大事に使わせて頂きます……」


それでも生真面目なレイシェンが遠慮しなかったのは、その味と効果を知るがゆえだ。大変美味しく、疲れた体に活力が行き渡り、更に疲れにくくなる『龍水』は正直いくらでもストックしておきたい逸品であったが、まともに値段を付けてはレイシェンでは小瓶一本も買えるかどうかであろう。それに、金銭を支払おうとしても前回も悠は受け取ってくれなかったのだ。曰く、必要経費らしい。


だが、貰いっぱなしでいいはずがない。


「このお礼は必ずさせて頂きますからね?」


「前にも言ったが、物は要らんぞ? くれるなら情報がいいな」


「ユウさんが必要とされそうな情報を纏めておきますよ」


レイシェンと約束を交わした悠はそのまま王宮へと足を向けた。




……悠が去った後、レイシェンの一撃で気絶していたキャスリンが『龍水』の美味しさと効果に感激し、『龍水』欲しさにレイシェンとキャットファイト第二ラウンドを始めたのは言うまでも無い。

ノースハイアギルドを強化。このままだと一般人のレイシェンは倒れてしまいそうで。


キャスリンは大分開き直って悠を誘惑するようになってますね……。

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