9-4 東奔西走4
「正規軍を一兵も損なう事無く勝つとは、これこそ完勝と言うべきかな?」
「全く、ユウにはいつも驚かされる。どうやって報いたらいいのか見当もつかないよ。何しろ君ときたら金も爵位も領土も望まないんだからね。単純な物欲があってくれる方がある意味王としては楽なんだよ?」
「それを望むなら俺は一人で戦ったさ。ルーファウスは王なのだから「よくやった」とでも言って済ませればいい。今回は正規軍の手柄を喧伝すべきだ。それに、俺は別にミーノスに雇われている訳では無いだろう?」
「この国から出立したんだから、ミーノスが出すべきなのさ。言葉だけで済ませては私の器量が疑われてしまうよ。少しは察して欲しいなぁ」
次の目的地であるミーノスに着いた悠はすぐに王宮を訪れ、その執務室でテーブルを囲むルーファウスは苦笑した。恩賞は目に見える形で無ければ納得しない人間が居るものなのである。
「武器や防具を贈ろうにも、ユウが持っている物の方がずっと上等だしねぇ……やはり名誉か金かな。ああ、困った困った」
《その辺にある剣でも装飾し直して「王家に代々伝わる有り難い伝説の武器」云々とでも言って渡したら? 元手も掛からないわよ?》
レイラの案にローランとルーファウスが吹き出した。
「アッハッハッハッハ!! 貰う側が提案する事じゃないね!!」
「だ、駄目だよ、その時になったらきっと私は吹き出してしまう!」
「そうだ、本当に代々伝わっている槍があっただろう? あれなんてどうだろうか?」
「あれは初代が使ったっていうだけで伝わっているただのボロ槍じゃないか!! あんなのを褒美として出したら反乱が起こるね!! 賭けてもいいよ!!」
実は激務で疲れているせいかテンションの高い2人はしばらく笑い転げたが、不意にローランが笑いを収めて悠を見返した。
「……しかし、これで我々が手伝える事は本格的に無くなってしまったね……。ユウ、本当に私達に望む事は無いのかい? 君が望むなら私は君にこの地位を譲っても後悔はしないんだよ?」
ローランは紛れも無く本音を語っており、それを察したルーファウスも表情を改めた。悠はといえば、黙ってローランの真意を覗き込む様に視線を合わせ、すぐに目を閉じペンダントを弄る。
《……はっはーん、読めたわよローラン。あなた、ドサクサに紛れて面倒な立場から気楽な立場に戻ろうとしているわね!? そうは行かないんだから!》
「……あらら、バレちゃった? アハハハハ、やっぱりレイラには敵わないなぁ!」
そう言ってまた楽しそうに笑い出すローランだったが、日常を共にするルーファウスには今のが冗句だとは思えなかった。……だが、それを指摘するのはきっと無粋な事なのだろうと、自分も笑って誤魔化した。時には道化となるのも友人同士の付き合いでは必要なはずだ。
「仕方ない、自分で働くしかないか。これからもっともっと忙しくなりそうだから代理を見つけておきたかったんだけどねぇ……あ、そうそう、近い内に三国の国交正常化の確認とそれを祝う為にそれぞれの国の王が集まって会議を開く予定なんだよ。場所は三者の中間であるノースハイアでという事でさ、全ての国々に平和になったという事をアピールしておこうと思ってね。ギルドが主導している『遠隔視聴』の設置にはまだ少し時間が掛かりそうだからさ」
「間違い無くこの世界の歴史に記される行事になるだろうと確信しているよ。そこに自分が立つと思うと今から緊張して眠れなくなりそうだけど……」
「それだけは余人をもって代えられんな。早く覚悟を決める事だ」
「……大体、私だけ他の王に比べてたら若僧どころか小僧もいい所じゃないか。そう簡単に貫禄が身に着くはずも無いとは分かってはいるんだけどね……」
大国の王にして人間社会に覇を唱えんとしたカザエルと、忍耐に次ぐ忍耐で祖国を守り抜いたバーナードと並ぶ事を考えるとルーファウスが気が重くなるのも無理からぬ話であった。
「戦場で出会う事を考えれば大分マシと思う事だね。それに、君に貫禄が出て来る頃にはもう彼らはこの世には居ないよ。若さこそ我らの特権と思いたまえよ!!」
自信を持ってそうのたまうローランなら確かにあの2人を前にしても気後れはしないだろう。喜々として笑顔を浮かべ修辞の限りを用いて火花を散らすローランとカザエル、バーナードを思い浮かべ、それが非常に現実味を帯びていたのでルーファウスは考えるのをやめた。
「とにかく、その時は国の重鎮が勢揃いする予定なんだ。是非予定は開けておいて欲しいな」
「俺は別に国家の重鎮などでは無いが?」
「一体、どこの国が君が参加する事に異議を挟むと言うんだい?」
「冗談も大概にしてくれたまえよ、ユウ。誰が不参加でも君とバローには絶対に出て貰わなければ困るんだ。ミーノスで名を上げ、ノースハイアで改革を促し、冒険者ギルドで崇められ、アライアットを救った君達2人の名は遍く世界に鳴り響いているんだ。バローなんて本人はまだ知らないだろうけど、今度公爵に叙されるらしいよ? 侯爵の在位期間の短さではきっと今後も抜かれる事はないだろうね」
これは本人には秘密だが、バローが総大将として決定した時には既に決まっていた事柄であった。カザエルは悠達が負けるなどとは思っておらず、既に書類上はバローは公爵になっているのである。ノースハイアには現在公爵家は存在せず、バローは名実ともにノースハイア第一の貴族となりおおせたのであった。
「これでバローも私と同格だ。いやぁ、人前でイチイチ気兼ねしなくていいというのが一番嬉しいね! 第一、楽でいい!!」
「気兼ねしなくていいはずは無いけど、アライアット平定を成し遂げた功績は金銭では表せないから当然こうなるね。ウチもベルトルーゼとジェラルドはそれぞれ一つ爵位を上げるつもりだからさ。ジェラルドは良く軍を纏めてくれたそうだし、ベルトルーゼは『天使』とやらを討ち取ったと聞いたよ。勝ち戦で遺漏無く副将を務め上げた者を評価しない訳にはいかないから」
「……」
悠には一つ懸念というほどでも無いが、気掛かりはあった。もしベルトルーゼがジェラルドの求婚を受け入れれば、恐らく爵位が上のベルトルーゼの家にジェラルドが入り婿という話になるだろう。そうすると、ファーロード家の爵位を継ぐのはエクレアという事になるのかもしれない。いや、実際はどうなるかは分からないのだから、悠が口出しすべきでは無いだろう。そうなったらそうなったで、エクレアの人付き合いの良さはこれからの貴族社会では有効に活用し得る才能である。
「彼らには神鋼鉄の武器も渡してくれたようだし、恩賞はそれでいいだろう。兵士達には休暇と、全員に金貨でも配れば満足してくれる。ユウ、本当にご苦労様」
「今日は急ぐんだろう? カザエル王とバーナード王によろしく。多分あんまり無いだろうけど、困った事があったら何でも言ってくれよ? これは褒美とは関係の無い、友人としての言葉だよ」
話の終了の気配を察し、口々に悠を労う2人に悠は頷いた。
「俺は戦う以外は別に能の無い男だ、その時は遠慮なく頼らせて貰うさ」
「ああ、任せてくれ。何せ我々は戦う事には全く能が無いのでね。なぁローラン?」
「全く。私なんて野盗に殺されかけたしねぇ。我が息子が眩しいよ」
《とてもじゃ無いけど国民には聞かせられない話ねえ……》
レイラの突っ込みに、最後にもう一度笑い声が執務室に響いたのだった。
まずは王&宰相コンビ。次はギルドです。




