2-3 見渡す限りに屑ばかり3
「あまり人に会わんルートを選べよ。犠牲が増える事になるぞ」
「は、はいぃ・・・」
ベロウは一切の反論無くその言葉を受け取った。自分とクライスはこの国でもかなり上位に位置する強さを持っているのにこのザマなのだ。少々の人数で掛かっていったとしても、纏めて肉塊にされるのが落ちだと思えた。
クライスに至っては、ガチガチと歯を鳴り続けさせるだけで反抗心の欠片も無い。
歩きながら、悠はこの建物の構造を頭に入れつつ、ベロウにこの場所の説明を求めた。
「で、ここは一体どこだ?」
「こ、ここはノースハイア王国の城、ノースハイア城です」
「ノースハイアか・・・子供達はこの城のどこに居るんだ?」
「一部は地下に軟禁されています。あと、戦に駆り出されている者が5名ほど。怪我をして動けなくなったのも地下に転がして・・・いえ、休ませています」
悠の機嫌を損ねてはいけないと判断したベロウは即座に言い直し、更に説明を続けた。
「あと、従順で戦功をある程度上げた者はかなりの自由を認められています。城下町からは出られませんが、城の横に自分の部屋を持っている者も居ます」
「今もそこに居るのか?」
「いえ、戦にガキ・・・じゃなくて、子供達の監督官として行っています」
「そうか・・・ではまず地下だな。それと、俺の前に姉妹で連れてこられた者達が居るはずだが?」
「ああ、姉妹ですか?・・・姉の方が15ほどで妹はまだ幼い感じのでしょうか?」
「そうだ、地下に居るか?」
「はい。でも、その・・・」
悠の質問にベロウは言いにくそうに答えた。
「姉の方が、その、妹を守ろうと反抗しまして・・・く、クライスが少々・・・」
その密告にクライスの震えが更に大きくなった。
「何をした」
全く平坦な声で尋ねる悠の声に、逆に恐ろしい物を感じてベロウはすぐに吐いた。
「し、支配術式と拳で痛めつけました・・・今は安静にしているはずです・・・」
安静にしているのでは無く、失神していたのだが、そこまで正確に言えばこの場で殺されるかもしれないと感じたベロウは嘘で無い範囲で真実を語らなかった。
「祈るといい」
悠はぽつりと呟く様に二人に言った。
「もし、あの子が死んだり、心に大きな傷を負ったりしていたら。・・・その万倍以上の苦痛を貴様等に繰り返し与え続けてやる」
その宣言にクライスは耐え切れずに失った目から涙を流し始めた。血と混ざったそれは点々と床を汚していった。ベロウはかろうじて首を一度だけ縦に振るのが限界であった。
召喚の間とやらも同じく地下にあった様で、そこまで説明を聞いた所で目的地に到着した。
「こ、ここが軟禁場所です・・・この中から行ける隣の部屋に傷病者を休ませています」
悠は顎をしゃくって扉を開ける様に促した。
ベロウは右にクライスを担いだまま、使い慣れない左手で悪戦苦闘しながらも、何とか鍵を取り出し、扉の鍵を外して開いた。
部屋は20畳くらいの大部屋でずらりとベットが並べられている。
中には5名ほどの子供達がこちらに怯えた目を向けて蹲っていたが、いつも自分達を痛めつけるベロウとクライスが満身創痍なのを見て不審に思い、その隣に居る悠へと視線を集中させた。
悠は自分に視線が集まった事を感じ取り、子供達に向かって宣言した。
「自分は神崎 悠だ。君等を助けに来た」
その言葉に思わず喜びそうになりながらも信じ切れない子供達であったが、その中の一人ベットから立ち上がり、悠に飛びついて来た。
「ゆうおにいちゃーーーーん!!!」
それは行方不明になっていた小鳥遊家の次女、小鳥遊 明であった。
「おにいちゃん!おにいちゃん!!おにいちゃん!!!」
飛び込んで来た明を優しく抱き止め、悠は明を落ち着かせる為に背中をポンポンと叩いて宥めたが、明はすぐに離れて隣の部屋を指差した。
「ゆうおにいちゃん!おねえちゃんがたいへんなの!!たすけてあげて!!!」
それを聞いた悠はすぐさまベロウから鍵を奪い取り、ここから一歩も動かない様に殺気を放ちながらベロウとクライスに釘を刺し、二人が土気色の顔で承諾したのを見届けてから隣の部屋の鍵を開けて中へと入った。
――そこは常人には耐え難い状態であり、あるいはこう言っても良かった。
すなわち、『地獄』と。
「な、なんだぁ!?まだ交代の時間じゃねぇぞ!!」
その室内には異臭が立ち込めており、ベットで寝かされる何かが苦鳴を細く上げ続けている。全身に包帯を巻いた者、明らかに体の片方が足りない者、うつ伏せになって微動だにしない者は・・・あるいはもう死んでいるのかもしれない。その中の一つに小鳥遊 恵は寝かされていた。そしてその上に圧し掛かり、服の前をはだけさせている男がこれから恵に何をしようとしているのかは、それ以上何も聞かずとも誰の目にも明らかだ。
悠は無言でその男に歩み寄ると、有無を言わさず男の股間を龍鉄の靴で蹴り上げた。
「おげぇぇぇえぇえええ!!!!」
ぐちゃりと何かを潰す手ごたえ(足ごたえ?)と共に天井までぶっ飛ばされた男はそのまま天井に突き刺さり意識を失った。股間からポタポタと血と尿と精液の混じった液体が滴り落ちている。『豊穣』が効いているので、死んではいないはずだ。
「趣味の悪いオブジェだな。この城の人間の精神を疑うぞ」
自分で作成した物であるのに、悠はにべも無い。幸い、恵は気絶したままで、この顛末を見る事が無かったのは良い事だったであろう。
悠は恵のはだけた服から覗く肌を軽く検診し、頭に手を置いてレイラに精密な診断をさせた。
「俺の見た所、顔と体に打撲はあるが、重症では無いと思うが・・・レイラ、どうだ?」
《・・・そうね、骨には異常が無いわ。脳内出血も無いし、内臓も大丈夫。ただ、精神的な消耗が大きいわね。どこかで休ませてあげたいけど・・・》
「どこか広い場所で『虚数拠点』を展開して収容しよう。他の子達もな」
その時、恵がうっすらと意識を取り戻した。
「う、いたた・・・?え?悠、さん?え?ええ?ええええええ!!!」
当然の事だが、悠は今診察の為に恵に触れている。そして服も前を開き、隠す物が無い状態だ。恵は目まぐるしく変わる状況についていけず、思考回路がオーバーヒートしていた。
そんな恵を前にしても、悠はいつも通りの自然体だった。
「恵、恥ずかしいとは思うが、診察の為だ。すまんが堪えてくれ」
「あ、え・・・は、はいぃ・・・」
真っ赤になりながらも押し切られてしまうのが恵の良い所なのか悪い所なのかは判断に迷う所ではある。あるいは悠への信頼が羞恥心に勝ったのかもしれないが。
「明も無事だ。二人が消えた時にはどうなるかと思ったがな」
「え?あ!明、明はどこに!?」
「おねえちゃーん!こっちー!!」
入り口の所で恵を呼ぶ明が手を振っている。部屋の惨状を見た悠が、子供にはキツイと判断してそこで待たせていたのだ。
「もういいぞ、明の所に行ってやれ」
「あ、ありがとうございます、悠さん」
視線を悠から逸らしながら、恵は素早く服の前を閉じた。年頃の乙女としては、例え好感を抱いていたとしても、突然肌を見られるのには抵抗があるのは当然だった。滉の様な例外も居るが。
恵は明の元へ走り寄り、もう離れない様にしっかりと抱き締めた。
「良かった、明、良かったぁ・・・」
「うー、おねえちゃん、くるしい~」
余り強く抱き締めるので明がむずがったが、それでも恵は大切な妹を離そうとはしなかったのだった。
恵と明、それに城に居る子供達を確保しました。
その影でひっそりと男を終わらせている人も居ますけど、いいよね。




