9-3 東奔西走3
そもそも悠が何故こんな事を言い出したのかと言えば、蓬莱と連絡を取って美夜の事を知ったから……では無く、サイコの事を知ったからである。悠はサイコと話がしたいと思ったのだが、サイコは神出鬼没で何処に居るのかサッパリ分からず、悠はノースハイアのギルドでレイシェンと話し、それならば人探しを依頼として出すか、本部で詳しい情報を探ってはどうかと勧められたのだった。
サイコを探す依頼など危険過ぎて論外である。自分が捜索されているとサイコが知ればどんな行動に出るか分からず、秘密裏に接触した冒険者が死体に変わりかねない。ならばこの機会に聞いておけばいいと思ったのであった。
それが、どうも違う方向に話が転がり始めていた。
「元『六眼』のメンバーなら、統括かコロッサスかアイオーンが知っているのでは無いのか?」
「それがね……あの2人とは別れたっきりなのよ。コロッサスは知らないって言っていたし、アイオーンはそもそもそんな事に興味が無かったし……」
こめかみに人差し指を当ててグリグリと解しながらオルネッタは溜息と共に吐き出した。
「イライザは改名するほどシュレイザとは仲が良かったから、きっとシュレイザの面影のある私と一緒には居られなかったんだと思うわ。アルベルトが支えてくれなかったらどうなっていた事か……」
「しかし、今の世界で有為な人材を野に残したままというのは如何にも勿体無い話だ。イライザ殿やアルベルト殿ほどの名声の持ち主であればギルドであろうと国であろうと仕官も思いのままであろう。本人達はそれを望まないかもしれんが、時代が彼らを求めているのだ」
「アライアットで一からギルドを立ち上げるとなれば、冒険者として一流でなくては誰も従わないわ。その点でもイライザとアルベルトは最適なのよ」
代わる代わる語られる事情に、悠は頷いて再度問い掛けた。
「手掛かりは何も無いのか?」
「全然。だけど、多分人の多い街や冒険者ギルドがある場所には居ないんだと思うの。アルベルトは人間でも随一の狩人だし、人目を避けるのは得意だから。これまでも密かに情報を集めていたけど、目撃情報すら無いって事は、2人はどこかの山奥にでも隠れ住んでいるんじゃないかしら? 私やコロッサス達がギルドの幹部になっている事も知らないだろうし、この近くには居ないと思うわ」
「それについては続報があるぞ。どうやら2人はここから北東、ミーノスの山岳地帯に居るらしい。他の人探しの能力を持つ冒険者からの報告だ。実際に居るかどうかは不明だし、範囲が広過ぎて正確な場所も分からんが、当ても無く探すよりは見つかる可能性があろう」
(ユウ、シャロンを連れて虱潰しに飛び回れば見つかるんじゃ無いかしら?)
(そうだな……俺達よりも生きている相手を探すならシャロンの方が得意だろう。それに、この辺りはシャロンが住んでいた場所でもある)
ロンフォスの指し示す範囲にはアザリアの町とアザリア山脈一帯が含まれていた。
「分かった、ならば後は自分で探してみよう」
「それはありがたい! ……ところで、ユウ殿の探したい人物とは誰だ?」
ロンフォスがこう聞いたのは単なる興味本位ばかりでは無かった。現にロンフォスだけではなくオルネッタやリレイズも耳を傾けており、特に人事統括官であるリレイズは悠が会いたがるほどの人物ならギルドに有為な人物なら引き込もうと画策しているのである。
だが、悠の挙げた人物は彼らの範疇外であった。
「サイコと妹だ」
「「「サイコと妹!?」」」
オウム返しに異口同音で口を開いた3人だったが、オルネッタが代表して悠に問い掛けた。
「サイコはともかく、妹?」
「ああ、20年前に生き別れてな。今は生きているのか死んでいるのかも分からんのだ。せめて手掛かりの一つでもあればと思っている。サイコはちょっと話がしたい事があって探しているのだ」
「そう……」
悠の事情を知るオルネッタはこの世界の住人では無いはずの悠の妹がアーヴェルカインに居る理由が分からなかったが(その辺りの事情は省いていたからだ)、何らかの事情があるのだろうと頷いた。
「そんなの、ユウが大々的に呼び掛ければ、生きているなら申し出て来るんじゃないの? 世界一の冒険者で名声も栄華も思いのままのお兄さんが居たら普通はさぁ」
「そうとも限らんだろう? ユウ殿の妹と言うならまだ当時は相当幼かったはずだ。覚えていないという可能性も考慮すべきだ」
「あ、そっか……そうよね……それに、下手に呼び掛けたりしたら偽物も一杯出て来そうだし……」
生きているか死んでいるが分からない人間を探すというのは存外大変なものである。現代日本でも毎年数万の人間が生きているか死んでいるか分からない行方不明者が発生しており、ある程度の期間が経過すると死亡したと見做されているのだ。移動に難のある世界では捜索は更に困難であろう事は想像に難くない。
「しかももう片方がサイコかぁ……旧五強なんてギルドに引き込めたものじゃないし……」
「旧五強?」
聞き慣れない単語に、今度は悠が聞き返した。
「知らないの? もう以前とは五強が入れ替わってるっていうのがこの辺の冒険者の常識よ? そもそも、あなたが全員倒しちゃったんじゃないの。ミロもサイコも行方不明だし、オリビアは不始末で冒険者資格を停止中でしょ、ヒストリアはユウが保護してて、バルバドスは死んだって聞いたし……」
聞いてみれば道理で、事実上五強は瓦解しているのだ。いつまでもそのままでいる方がおかしいと言える。
「新五強は殆ど新しい人と入れ替わったわ。『戦神』ユウ、『龍殺し』バロー、『双剣』シュルツ、『勇者の歌い手』ハリハリ、『奈落の申し子』ヒストリア。そこにミーノスの『不死身』ベルトルーゼ騎士団長や『剣聖』アグニエル王子なんかが追従する感じかしら? 他にも身の丈ほどの大剣を振るう謎の騎士とか、酒場に現れた絶世の美女剣士とか、鬼の面を被った義賊とか未確認情報も色々あるわね」
オール関係者である。むしろ、悠が重複している人物すら名が挙がっていた。もっと時間が経過すれば智樹もそこに加わるかもしれない。
「ゆー、ひーは唯一旧五強から居残ったぞ!」
「ああ、よくやったな」
とりあえず悠は得意がるヒストリアを褒めておく事にして言葉を続けた。
「だが、コロッサスやアイオーンは以前よりも強いぞ。現役から退いているという理由で外れているのだろうが、バローやシュルツと比べても遜色は無い。コロッサスはむしろ若干上回るだろう。フェルゼンのアランも未だ並ぶ者の居ない拳士だし、五強を外れたとはいえミロもバローを翻弄するほどの暗殺者だ。まだまだ世に出ていない強者も居よう。五強だけが評価の全てでは無いさ。その内アルトやリーン、ギャランも名を上げるに違いない。まだ剣士見習い程度だが、向上心過剰な小僧も居たな」
「も、もう少し詳しく教えてくれない? アランやリーンって誰よ!?」
悠が認める人物となれば並大抵の者では無かろうと、リレイズが聞き慣れない名に身を乗り出したが、悠は首を振った。
「アランの忠誠はフェルゼニアスに捧げられている。たとえ金銭を山ほど積んでも眉一つ動かさんよ。リーンもまだまだ人生経験が必要だ。人材を望むなら時間が掛かっても各国の学校と交渉した方がいいぞ?」
「とっくにやってるわよ!! でも即戦力が欲しいの即戦力が!!」
「ユウ殿に当たるなリレイズ。その為にノースハイアと折衝して来たのだ。今年一杯は人材探しと並行してやり繰りするしかあるまい」
人事統括としてリレイズが頭を悩ませていると知るロンフォスもその負担を軽減しようと各国を飛び回る日々である。しかし、どの国も改革の真っただ中で、有能で余っている人材など皆無なので来年以降の学校卒業者に唾を付けるのが精一杯なのだった。だからこそのイライザとアルベルト探しである。
「では、そろそろお暇する。箱の件と人探しの件は承った」
「よろしくね、ユウ。ヒストリア、本当はもっとゆっくりお話ししたいけど……」
「どちらも忙しい身の上なのだから仕方が無い。おるねー、ろんほー、りれーず、また来る」
オルネッタの手を握りそう言ったヒストリアは外見相応の幼さに見え、オルネッタは眦を下げて頷いた。そんな自分がまるで本当に母親のようで、内心で小さく苦笑する。
取り急ぎの用を終え、悠はダイクの店で用意して貰っていた食糧を詰め込むと、再び次の目的地へと飛び去ったのだった。
話がどんどん膨らむので駆け足進行。次はミーノス、ミーノス。




